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第4章 もう決めた
③
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一言で言えば、手慣れている感じ。
部長達のセクハラも、障害物の一つにしか、思ってないのだろう。
「さっきの件ですが。」
内本さんは、3階へ昇るエレベーターの中で、さっきの答えをくれた。
「ああいう事は、はっきり言って、秘書には多いです。ですが、いちいち騒いでいては、仕事になりません。」
「はい……」
「水久保さんも、直ぐに慣れて下さい。」
半ば強制みたいに言われ、私は初日から落ち込み気味。
ヤダな。
今迄セクハラとか、パワハラとか、関係のない職場だったから。
そんな事を考えている間に、3階、4階と二人で駆け抜け、気づけば最上階まで、戻っていた。
「後は、このパソコンを使って、原稿を読み込みます。」
「えっ?会議って、もしかしてパソコンなんですか?」
「はい。」
ペーパーレスの時代だって言われているけれど、遂にここまで来たの!!
私、パソコンで資料、作れるのかな。
「今日は私がやりますので、少しずつ覚えていって下さい。」
「は……い……」
私の不安を読み取るように、内本さんはパソコンの前に座り、滑らかにキーボードを操る。
貰って来た資料が、パソコンの中で一つの冊子になっていく。
「これを会議で、お一人お一人に見て頂くのよ。」
「へ~。じゃあ、会議室には一人一人、パソコンが?」
内本さんは、黙って首を横に振った。
「タブレットをお持ちなのよ。」
タブレット。
一人一人、タブレット……
頭がついていけないのは、私が田舎者だから?
「そして、会議室の準備。」
スッと立ち上がった内本さんは、私に手招きしながら、また社長室を出た。
「会議室は、社長室の隣です。」
「はい。」
はっきり言って、内本さんに付いていくのが、精一杯です。
「コーヒーを準備して、椅子は曲がっていたらダメ。」
「はい、はい。」
とりあえず、内本さんの後ろだけは、キープした。
無事会議が始まって、私はソファーで一段落した。
「会議の準備だけでも、恐ろしい忙しさなんですね。」
はぁっとため息をつくと、後ろからカタカタと、スピード感溢れる音が聞こえてきた。
振り向くとそこには、パソコンに向かって、資料を作っている内本さんが!
おおっと!
先輩の内本さんが休んでいないのに、私が休める訳がない。
私は急いで立ち上がって、内本さんの元へ駆け寄った。
「私に、できる事はありませんか?」
「今はありません。休んでいてください。」
冷たい一言。
こ、これは、どういう意味なんだろうか。
「それともう一つ。」
「はい?」
内本さんはパソコンを見ながら、低い声を出した。
「水久保さんは、本当にこの仕事をする覚悟は、おありなんですか?」
そして響く、キーボードを打つ音。
「今日一日、あなたを見ていて、そう思いました。辞めるなら、今ですよ。」
私は、何も言えなかった。
仕事が終わって、私は会社のビルを出た。
ー 本当に、この仕事をする覚悟が、おありなんですか -
私は、ため息をついた。
会社を出てから、これで5回目。
いくら紹介された仕事とは言え、相手にそんな事を言われるなんて。
教えて貰っている人に対して、失礼だ。
「明日はもっと、頑張らなきゃ。」
自分で自分を励まし、いざ地下鉄の駅に、向かおうとした時だ。
あのリムジンが、私の横に停まった。
スーッと窓が開いて、顔を出したのは誰でもない、社長だった。
「送るよ。乗って。」
彼氏みたいに、フランクな言い方。
「さあ、遠慮せずに。」
開かれたドアの向こう側が、やけに違う世界に見えた。
「どうぞ。」
林さんにも促され、私はその異世界に、足を踏み入れた。
「今日一日、どうだった?」
社長に聞かれているんだから、何か答えなきゃ。
そう思う度に、口を開けては閉じ、開けては閉じた。
「内本君は、ハイペースだっただろう。」
折橋さんは、優しい口調で話し始めた。
「仕事はできるんだが、自分のペースで仕事を進める癖があってね。新人の子は、付いていけなくて皆、辞めてしまうんだ。」
私に気を遣っているのが、よくわかった。
「でも、この仕事には誇りを持っているんだ。それだけは、分かってあげてくれ。」
そう。
誇りを持っているからこそ、この仕事が決して派手ではなくて、地味な仕事の積み重ねだって事が、一番分かっている人。
私はそれに、追い付かなきゃいけないんだ。
「そうだ。今日、時間ある?」
「えっ?」
涙が出そうになるのを、押し殺して顔を上げた。
「いい場所に、連れて行ってあげるよ。その前に、ちょっと準備。」
リムジンは、高級な洋服店に着いた。
林さんがドアを開けると、私と折橋さんは、その店へと入って行く。
「何するんですか?」
「シンデレラの、ドレスを買うのさ。」
「シンデレラ?」
すると折橋さんは、私にウィンクをした。
「えっ?私?」
「そう言う事。」
お店には、カラフルな洋服が並ぶ。
「ドレスはどれかな。」
私が戸惑っている中、折橋さんはどんどん奥へと進む。
「あっ、これがいい。」
それは、青色のシンプルなドレスだった。
「よく……私の好きな色が、分かりましたね。」
そうなのだ。
ピンクとか、ベージュとか可愛い系の色よりも、青とか黒とかのシックな色が好きな私。
でも知らない店員さんだと、はりきって、ベージュ系とか勧めてくる。
「だって水久保って、言うくらいだからね。」
それを聞いて、私はフッと笑ってしまった。
私が青色を好きな事は、名字とは関係ない。
「じゃあ、このドレスに似合う靴やカバンも、チョイスして。あと、アクセサリーも。」
当然のように受け取る店員さんを、私は止めた。
「折橋さん、いけません。こんな……」
「こんな?何?」
折橋さんは、無表情で聞いてくる。
きっと、こうやって洋服を買ってあげたりするのは、折橋さんにとって珍しい事ではないのだろう。
「だって、こんな高級な洋服、買って頂く理由がありません。」
「理由?これから僕と一緒に、パーティーに出るって言うのは?」
「パ、パーティーですか!?」
私が驚いている間に、店員さんはアクセサリーや、バッグ、靴なども揃えてくれた。
「さあさあ。つむぎさん、着替えて。」
折橋さんに押されて、私は試着室の中に入れられた。
本当にこれ、着てもいいのかな。
私は、青いドレスを見ながら思った。
いくら何でも、申し訳なさすぎる。
私は着替えもせずに、試着室を出た。
「あれ?どうしたの?」
不思議がる折橋さんに、私は青いドレスを渡した。
「着れません。」
「どうして?」
「だって、パーティーって仕事関係の人が、来るんじゃないですか?だったら秘書の仕事ですし、社長にドレスを用意して貰うなんて、社員として有り得ないじゃないですか。」
確かに今の私には、こんな高級なドレス、買うお金はないけれど、仕事で着る服は、自分で用意したい。
「パーティーは、仕事関係じゃない。知人同士のフランクな物だよ。」
折橋さんの言葉に、言葉が詰まる。
いくら知人同士って言ったって、こんなスーツ姿じゃ一緒にいけないか。
「深く考えないで欲しいんだ。それをつむぎさんが着てくれたら、僕が喜ぶだけだから。」
「えっ……」
「ね。」
折橋さんに念を押され、私はもう一度、試着室のカーテンを閉じた。
スーツを脱ぎ棄てて、青いドレスに着替えた私は、自分ではないように見えた。
「どう?」
折橋さんに声を掛けられ、カーテンを開いた。
その瞬間、折橋さんの目が丸く見開いて行くのを、私は見逃さなかった。
「素敵だ……」
好きな人にそんな事を言われ、萎縮してしまう。
「お客様、どうですか?」
店員さんに声を掛けられ、折橋さんがハッとする。
「ああ、これにします。このまま着て行くので、このスーツを袋に入れて。」
「畏まりました。」
折橋さんに言われ、店員さんが私のスーツを持って、レジまで行ってしまった。
「よく、似合っているよ。」
私は恥ずかしさのあまり、顔を赤くして、下を向いてしまった。
「さあ、行こうか。」
伸ばされた折橋さんの手に、自分の手を重ね、エスコートされながら靴を履いた。
「こちらが、お召しになっていた物になります。」
「ありがとう。」
店員さんからスーツを受け取る時も、折橋さんは私の手を、放しはしなかった。
手を繋いだまま、私達はリムジンに乗り、そのまま車は走り続けた。
ずっと繋がれたままの、私達の手。
折橋さんは、放すタイミングを、失っただけ?
「あの……」
「ん?」
何も気にしていないように、こちらを向く折橋さん。
「……手、放した方がいいですか?」
「ううん。」
折橋さんは、笑顔で手をぎゅっと握った。
「このままがいい。」
その優しそうな笑顔に見入ってしまって、私は失礼ながらも、パーティ会場に着くまで、ずっと折橋さんを見つめてしまった。
「着いたよ、つむぎさん。」
会場に着いても、私達は手を放す事なく、そのまま中へ。
「おう、五貴じゃないか。」
折橋さんの友人らしき人が、近づいてくる。
「あれ?お手てなんか繋いじゃって。さては新しい彼女か。」
「いや。」
折橋さんに否定されて、私は胸がズキッとした。
なんで、自分で断り続けているのに。
「僕の次の奥さん。」
「ほう!」
驚いている友人をすり抜けて、私達はシャンパンを取りに行った。
「いいんですか?あんな事言って。」
「いいに決まってるじゃん。僕は、つむぎさんと結婚する気なんだから。」
シャンパンを飲む姿が、とてもカッコ良くて、ドキドキしてくる。
何を躊躇う必要があったんだろう。
好きな人に、結婚してほしいと言われて、断る女がどこにいるって言うの?
私はこんな素敵な人に、ドレスを買って貰って。
エスコートされて、手も繋いで貰っていると言うのに。
「……好きです。」
折橋さんの、シャンパンを持つ手が止まった。
「つむぎさん?」
「私、折橋さんの事が好きです。」
会場が賑やかさを保つ中で、私と折橋さんだけが、時計が止まったように、見つめ合った。
「今まで、黙っていてごめんなさい。」
好きな人に好きって言ったら、自然に涙が出てきた。
「ううん。嬉しいよ。」
手が離れたかと思うと、私は折橋さんの両腕の中にいた。
「僕の、奥さんになってくれるね。」
私は折橋さんの腕の中で、何度も何度も頷いた。
部長達のセクハラも、障害物の一つにしか、思ってないのだろう。
「さっきの件ですが。」
内本さんは、3階へ昇るエレベーターの中で、さっきの答えをくれた。
「ああいう事は、はっきり言って、秘書には多いです。ですが、いちいち騒いでいては、仕事になりません。」
「はい……」
「水久保さんも、直ぐに慣れて下さい。」
半ば強制みたいに言われ、私は初日から落ち込み気味。
ヤダな。
今迄セクハラとか、パワハラとか、関係のない職場だったから。
そんな事を考えている間に、3階、4階と二人で駆け抜け、気づけば最上階まで、戻っていた。
「後は、このパソコンを使って、原稿を読み込みます。」
「えっ?会議って、もしかしてパソコンなんですか?」
「はい。」
ペーパーレスの時代だって言われているけれど、遂にここまで来たの!!
私、パソコンで資料、作れるのかな。
「今日は私がやりますので、少しずつ覚えていって下さい。」
「は……い……」
私の不安を読み取るように、内本さんはパソコンの前に座り、滑らかにキーボードを操る。
貰って来た資料が、パソコンの中で一つの冊子になっていく。
「これを会議で、お一人お一人に見て頂くのよ。」
「へ~。じゃあ、会議室には一人一人、パソコンが?」
内本さんは、黙って首を横に振った。
「タブレットをお持ちなのよ。」
タブレット。
一人一人、タブレット……
頭がついていけないのは、私が田舎者だから?
「そして、会議室の準備。」
スッと立ち上がった内本さんは、私に手招きしながら、また社長室を出た。
「会議室は、社長室の隣です。」
「はい。」
はっきり言って、内本さんに付いていくのが、精一杯です。
「コーヒーを準備して、椅子は曲がっていたらダメ。」
「はい、はい。」
とりあえず、内本さんの後ろだけは、キープした。
無事会議が始まって、私はソファーで一段落した。
「会議の準備だけでも、恐ろしい忙しさなんですね。」
はぁっとため息をつくと、後ろからカタカタと、スピード感溢れる音が聞こえてきた。
振り向くとそこには、パソコンに向かって、資料を作っている内本さんが!
おおっと!
先輩の内本さんが休んでいないのに、私が休める訳がない。
私は急いで立ち上がって、内本さんの元へ駆け寄った。
「私に、できる事はありませんか?」
「今はありません。休んでいてください。」
冷たい一言。
こ、これは、どういう意味なんだろうか。
「それともう一つ。」
「はい?」
内本さんはパソコンを見ながら、低い声を出した。
「水久保さんは、本当にこの仕事をする覚悟は、おありなんですか?」
そして響く、キーボードを打つ音。
「今日一日、あなたを見ていて、そう思いました。辞めるなら、今ですよ。」
私は、何も言えなかった。
仕事が終わって、私は会社のビルを出た。
ー 本当に、この仕事をする覚悟が、おありなんですか -
私は、ため息をついた。
会社を出てから、これで5回目。
いくら紹介された仕事とは言え、相手にそんな事を言われるなんて。
教えて貰っている人に対して、失礼だ。
「明日はもっと、頑張らなきゃ。」
自分で自分を励まし、いざ地下鉄の駅に、向かおうとした時だ。
あのリムジンが、私の横に停まった。
スーッと窓が開いて、顔を出したのは誰でもない、社長だった。
「送るよ。乗って。」
彼氏みたいに、フランクな言い方。
「さあ、遠慮せずに。」
開かれたドアの向こう側が、やけに違う世界に見えた。
「どうぞ。」
林さんにも促され、私はその異世界に、足を踏み入れた。
「今日一日、どうだった?」
社長に聞かれているんだから、何か答えなきゃ。
そう思う度に、口を開けては閉じ、開けては閉じた。
「内本君は、ハイペースだっただろう。」
折橋さんは、優しい口調で話し始めた。
「仕事はできるんだが、自分のペースで仕事を進める癖があってね。新人の子は、付いていけなくて皆、辞めてしまうんだ。」
私に気を遣っているのが、よくわかった。
「でも、この仕事には誇りを持っているんだ。それだけは、分かってあげてくれ。」
そう。
誇りを持っているからこそ、この仕事が決して派手ではなくて、地味な仕事の積み重ねだって事が、一番分かっている人。
私はそれに、追い付かなきゃいけないんだ。
「そうだ。今日、時間ある?」
「えっ?」
涙が出そうになるのを、押し殺して顔を上げた。
「いい場所に、連れて行ってあげるよ。その前に、ちょっと準備。」
リムジンは、高級な洋服店に着いた。
林さんがドアを開けると、私と折橋さんは、その店へと入って行く。
「何するんですか?」
「シンデレラの、ドレスを買うのさ。」
「シンデレラ?」
すると折橋さんは、私にウィンクをした。
「えっ?私?」
「そう言う事。」
お店には、カラフルな洋服が並ぶ。
「ドレスはどれかな。」
私が戸惑っている中、折橋さんはどんどん奥へと進む。
「あっ、これがいい。」
それは、青色のシンプルなドレスだった。
「よく……私の好きな色が、分かりましたね。」
そうなのだ。
ピンクとか、ベージュとか可愛い系の色よりも、青とか黒とかのシックな色が好きな私。
でも知らない店員さんだと、はりきって、ベージュ系とか勧めてくる。
「だって水久保って、言うくらいだからね。」
それを聞いて、私はフッと笑ってしまった。
私が青色を好きな事は、名字とは関係ない。
「じゃあ、このドレスに似合う靴やカバンも、チョイスして。あと、アクセサリーも。」
当然のように受け取る店員さんを、私は止めた。
「折橋さん、いけません。こんな……」
「こんな?何?」
折橋さんは、無表情で聞いてくる。
きっと、こうやって洋服を買ってあげたりするのは、折橋さんにとって珍しい事ではないのだろう。
「だって、こんな高級な洋服、買って頂く理由がありません。」
「理由?これから僕と一緒に、パーティーに出るって言うのは?」
「パ、パーティーですか!?」
私が驚いている間に、店員さんはアクセサリーや、バッグ、靴なども揃えてくれた。
「さあさあ。つむぎさん、着替えて。」
折橋さんに押されて、私は試着室の中に入れられた。
本当にこれ、着てもいいのかな。
私は、青いドレスを見ながら思った。
いくら何でも、申し訳なさすぎる。
私は着替えもせずに、試着室を出た。
「あれ?どうしたの?」
不思議がる折橋さんに、私は青いドレスを渡した。
「着れません。」
「どうして?」
「だって、パーティーって仕事関係の人が、来るんじゃないですか?だったら秘書の仕事ですし、社長にドレスを用意して貰うなんて、社員として有り得ないじゃないですか。」
確かに今の私には、こんな高級なドレス、買うお金はないけれど、仕事で着る服は、自分で用意したい。
「パーティーは、仕事関係じゃない。知人同士のフランクな物だよ。」
折橋さんの言葉に、言葉が詰まる。
いくら知人同士って言ったって、こんなスーツ姿じゃ一緒にいけないか。
「深く考えないで欲しいんだ。それをつむぎさんが着てくれたら、僕が喜ぶだけだから。」
「えっ……」
「ね。」
折橋さんに念を押され、私はもう一度、試着室のカーテンを閉じた。
スーツを脱ぎ棄てて、青いドレスに着替えた私は、自分ではないように見えた。
「どう?」
折橋さんに声を掛けられ、カーテンを開いた。
その瞬間、折橋さんの目が丸く見開いて行くのを、私は見逃さなかった。
「素敵だ……」
好きな人にそんな事を言われ、萎縮してしまう。
「お客様、どうですか?」
店員さんに声を掛けられ、折橋さんがハッとする。
「ああ、これにします。このまま着て行くので、このスーツを袋に入れて。」
「畏まりました。」
折橋さんに言われ、店員さんが私のスーツを持って、レジまで行ってしまった。
「よく、似合っているよ。」
私は恥ずかしさのあまり、顔を赤くして、下を向いてしまった。
「さあ、行こうか。」
伸ばされた折橋さんの手に、自分の手を重ね、エスコートされながら靴を履いた。
「こちらが、お召しになっていた物になります。」
「ありがとう。」
店員さんからスーツを受け取る時も、折橋さんは私の手を、放しはしなかった。
手を繋いだまま、私達はリムジンに乗り、そのまま車は走り続けた。
ずっと繋がれたままの、私達の手。
折橋さんは、放すタイミングを、失っただけ?
「あの……」
「ん?」
何も気にしていないように、こちらを向く折橋さん。
「……手、放した方がいいですか?」
「ううん。」
折橋さんは、笑顔で手をぎゅっと握った。
「このままがいい。」
その優しそうな笑顔に見入ってしまって、私は失礼ながらも、パーティ会場に着くまで、ずっと折橋さんを見つめてしまった。
「着いたよ、つむぎさん。」
会場に着いても、私達は手を放す事なく、そのまま中へ。
「おう、五貴じゃないか。」
折橋さんの友人らしき人が、近づいてくる。
「あれ?お手てなんか繋いじゃって。さては新しい彼女か。」
「いや。」
折橋さんに否定されて、私は胸がズキッとした。
なんで、自分で断り続けているのに。
「僕の次の奥さん。」
「ほう!」
驚いている友人をすり抜けて、私達はシャンパンを取りに行った。
「いいんですか?あんな事言って。」
「いいに決まってるじゃん。僕は、つむぎさんと結婚する気なんだから。」
シャンパンを飲む姿が、とてもカッコ良くて、ドキドキしてくる。
何を躊躇う必要があったんだろう。
好きな人に、結婚してほしいと言われて、断る女がどこにいるって言うの?
私はこんな素敵な人に、ドレスを買って貰って。
エスコートされて、手も繋いで貰っていると言うのに。
「……好きです。」
折橋さんの、シャンパンを持つ手が止まった。
「つむぎさん?」
「私、折橋さんの事が好きです。」
会場が賑やかさを保つ中で、私と折橋さんだけが、時計が止まったように、見つめ合った。
「今まで、黙っていてごめんなさい。」
好きな人に好きって言ったら、自然に涙が出てきた。
「ううん。嬉しいよ。」
手が離れたかと思うと、私は折橋さんの両腕の中にいた。
「僕の、奥さんになってくれるね。」
私は折橋さんの腕の中で、何度も何度も頷いた。
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