アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚

日下奈緒

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第4章 もう決めた

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一言で言えば、手慣れている感じ。

部長達のセクハラも、障害物の一つにしか、思ってないのだろう。

「さっきの件ですが。」

内本さんは、3階へ昇るエレベーターの中で、さっきの答えをくれた。

「ああいう事は、はっきり言って、秘書には多いです。ですが、いちいち騒いでいては、仕事になりません。」

「はい……」

「水久保さんも、直ぐに慣れて下さい。」

半ば強制みたいに言われ、私は初日から落ち込み気味。

ヤダな。

今迄セクハラとか、パワハラとか、関係のない職場だったから。

そんな事を考えている間に、3階、4階と二人で駆け抜け、気づけば最上階まで、戻っていた。


「後は、このパソコンを使って、原稿を読み込みます。」

「えっ?会議って、もしかしてパソコンなんですか?」

「はい。」

ペーパーレスの時代だって言われているけれど、遂にここまで来たの!!

私、パソコンで資料、作れるのかな。

「今日は私がやりますので、少しずつ覚えていって下さい。」

「は……い……」

私の不安を読み取るように、内本さんはパソコンの前に座り、滑らかにキーボードを操る。

貰って来た資料が、パソコンの中で一つの冊子になっていく。

「これを会議で、お一人お一人に見て頂くのよ。」

「へ~。じゃあ、会議室には一人一人、パソコンが?」

内本さんは、黙って首を横に振った。

「タブレットをお持ちなのよ。」


タブレット。

一人一人、タブレット……

頭がついていけないのは、私が田舎者だから?


「そして、会議室の準備。」

スッと立ち上がった内本さんは、私に手招きしながら、また社長室を出た。

「会議室は、社長室の隣です。」

「はい。」

はっきり言って、内本さんに付いていくのが、精一杯です。

「コーヒーを準備して、椅子は曲がっていたらダメ。」

「はい、はい。」

とりあえず、内本さんの後ろだけは、キープした。

無事会議が始まって、私はソファーで一段落した。

「会議の準備だけでも、恐ろしい忙しさなんですね。」

はぁっとため息をつくと、後ろからカタカタと、スピード感溢れる音が聞こえてきた。

振り向くとそこには、パソコンに向かって、資料を作っている内本さんが!

おおっと!

先輩の内本さんが休んでいないのに、私が休める訳がない。


私は急いで立ち上がって、内本さんの元へ駆け寄った。

「私に、できる事はありませんか?」

「今はありません。休んでいてください。」

冷たい一言。

こ、これは、どういう意味なんだろうか。

「それともう一つ。」

「はい?」

内本さんはパソコンを見ながら、低い声を出した。


「水久保さんは、本当にこの仕事をする覚悟は、おありなんですか?」

そして響く、キーボードを打つ音。

「今日一日、あなたを見ていて、そう思いました。辞めるなら、今ですよ。」

私は、何も言えなかった。

仕事が終わって、私は会社のビルを出た。

ー 本当に、この仕事をする覚悟が、おありなんですか -


私は、ため息をついた。

会社を出てから、これで5回目。

いくら紹介された仕事とは言え、相手にそんな事を言われるなんて。

教えて貰っている人に対して、失礼だ。


「明日はもっと、頑張らなきゃ。」

自分で自分を励まし、いざ地下鉄の駅に、向かおうとした時だ。

あのリムジンが、私の横に停まった。

スーッと窓が開いて、顔を出したのは誰でもない、社長だった。


「送るよ。乗って。」

彼氏みたいに、フランクな言い方。

「さあ、遠慮せずに。」

開かれたドアの向こう側が、やけに違う世界に見えた。

「どうぞ。」

林さんにも促され、私はその異世界に、足を踏み入れた。


「今日一日、どうだった?」

社長に聞かれているんだから、何か答えなきゃ。

そう思う度に、口を開けては閉じ、開けては閉じた。

「内本君は、ハイペースだっただろう。」

折橋さんは、優しい口調で話し始めた。

「仕事はできるんだが、自分のペースで仕事を進める癖があってね。新人の子は、付いていけなくて皆、辞めてしまうんだ。」

私に気を遣っているのが、よくわかった。

「でも、この仕事には誇りを持っているんだ。それだけは、分かってあげてくれ。」


そう。

誇りを持っているからこそ、この仕事が決して派手ではなくて、地味な仕事の積み重ねだって事が、一番分かっている人。

私はそれに、追い付かなきゃいけないんだ。


「そうだ。今日、時間ある?」

「えっ?」

涙が出そうになるのを、押し殺して顔を上げた。

「いい場所に、連れて行ってあげるよ。その前に、ちょっと準備。」


リムジンは、高級な洋服店に着いた。

林さんがドアを開けると、私と折橋さんは、その店へと入って行く。

「何するんですか?」

「シンデレラの、ドレスを買うのさ。」

「シンデレラ?」

すると折橋さんは、私にウィンクをした。

「えっ?私?」

「そう言う事。」

お店には、カラフルな洋服が並ぶ。

「ドレスはどれかな。」

私が戸惑っている中、折橋さんはどんどん奥へと進む。


「あっ、これがいい。」

それは、青色のシンプルなドレスだった。

「よく……私の好きな色が、分かりましたね。」

そうなのだ。

ピンクとか、ベージュとか可愛い系の色よりも、青とか黒とかのシックな色が好きな私。

でも知らない店員さんだと、はりきって、ベージュ系とか勧めてくる。


「だって水久保って、言うくらいだからね。」

それを聞いて、私はフッと笑ってしまった。

私が青色を好きな事は、名字とは関係ない。

「じゃあ、このドレスに似合う靴やカバンも、チョイスして。あと、アクセサリーも。」

当然のように受け取る店員さんを、私は止めた。


「折橋さん、いけません。こんな……」

「こんな?何?」

折橋さんは、無表情で聞いてくる。

きっと、こうやって洋服を買ってあげたりするのは、折橋さんにとって珍しい事ではないのだろう。

「だって、こんな高級な洋服、買って頂く理由がありません。」

「理由?これから僕と一緒に、パーティーに出るって言うのは?」

「パ、パーティーですか!?」

私が驚いている間に、店員さんはアクセサリーや、バッグ、靴なども揃えてくれた。

「さあさあ。つむぎさん、着替えて。」

折橋さんに押されて、私は試着室の中に入れられた。


本当にこれ、着てもいいのかな。

私は、青いドレスを見ながら思った。

いくら何でも、申し訳なさすぎる。


私は着替えもせずに、試着室を出た。

「あれ?どうしたの?」

不思議がる折橋さんに、私は青いドレスを渡した。

「着れません。」

「どうして?」

「だって、パーティーって仕事関係の人が、来るんじゃないですか?だったら秘書の仕事ですし、社長にドレスを用意して貰うなんて、社員として有り得ないじゃないですか。」

確かに今の私には、こんな高級なドレス、買うお金はないけれど、仕事で着る服は、自分で用意したい。

「パーティーは、仕事関係じゃない。知人同士のフランクな物だよ。」

折橋さんの言葉に、言葉が詰まる。

いくら知人同士って言ったって、こんなスーツ姿じゃ一緒にいけないか。

「深く考えないで欲しいんだ。それをつむぎさんが着てくれたら、僕が喜ぶだけだから。」

「えっ……」

「ね。」

折橋さんに念を押され、私はもう一度、試着室のカーテンを閉じた。

スーツを脱ぎ棄てて、青いドレスに着替えた私は、自分ではないように見えた。


「どう?」

折橋さんに声を掛けられ、カーテンを開いた。

その瞬間、折橋さんの目が丸く見開いて行くのを、私は見逃さなかった。

「素敵だ……」

好きな人にそんな事を言われ、萎縮してしまう。

「お客様、どうですか?」

店員さんに声を掛けられ、折橋さんがハッとする。


「ああ、これにします。このまま着て行くので、このスーツを袋に入れて。」

「畏まりました。」

折橋さんに言われ、店員さんが私のスーツを持って、レジまで行ってしまった。

「よく、似合っているよ。」

私は恥ずかしさのあまり、顔を赤くして、下を向いてしまった。

「さあ、行こうか。」

伸ばされた折橋さんの手に、自分の手を重ね、エスコートされながら靴を履いた。

「こちらが、お召しになっていた物になります。」

「ありがとう。」

店員さんからスーツを受け取る時も、折橋さんは私の手を、放しはしなかった。


手を繋いだまま、私達はリムジンに乗り、そのまま車は走り続けた。

ずっと繋がれたままの、私達の手。

折橋さんは、放すタイミングを、失っただけ?

「あの……」

「ん?」

何も気にしていないように、こちらを向く折橋さん。

「……手、放した方がいいですか?」

「ううん。」

折橋さんは、笑顔で手をぎゅっと握った。

「このままがいい。」

その優しそうな笑顔に見入ってしまって、私は失礼ながらも、パーティ会場に着くまで、ずっと折橋さんを見つめてしまった。


「着いたよ、つむぎさん。」

会場に着いても、私達は手を放す事なく、そのまま中へ。

「おう、五貴じゃないか。」

折橋さんの友人らしき人が、近づいてくる。

「あれ?お手てなんか繋いじゃって。さては新しい彼女か。」

「いや。」

折橋さんに否定されて、私は胸がズキッとした。


なんで、自分で断り続けているのに。


「僕の次の奥さん。」

「ほう!」

驚いている友人をすり抜けて、私達はシャンパンを取りに行った。

「いいんですか?あんな事言って。」

「いいに決まってるじゃん。僕は、つむぎさんと結婚する気なんだから。」

シャンパンを飲む姿が、とてもカッコ良くて、ドキドキしてくる。


何を躊躇う必要があったんだろう。

好きな人に、結婚してほしいと言われて、断る女がどこにいるって言うの?

私はこんな素敵な人に、ドレスを買って貰って。

エスコートされて、手も繋いで貰っていると言うのに。


「……好きです。」

折橋さんの、シャンパンを持つ手が止まった。

「つむぎさん?」

「私、折橋さんの事が好きです。」

会場が賑やかさを保つ中で、私と折橋さんだけが、時計が止まったように、見つめ合った。


「今まで、黙っていてごめんなさい。」

好きな人に好きって言ったら、自然に涙が出てきた。

「ううん。嬉しいよ。」

手が離れたかと思うと、私は折橋さんの両腕の中にいた。


「僕の、奥さんになってくれるね。」

私は折橋さんの腕の中で、何度も何度も頷いた。
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