アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚

日下奈緒

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第1章 突然の坂道

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「えっ?」

見ると、柳井さんはお弁当を食べ終わって、既に片付け始めている。

後ろの席の男性陣も、お弁当を食べ終わって、喫煙室に行こうとしている。

方や私は、お昼の時間になってから、15分も経つと言うのに、パン二口しか食べていない。


「ダイエットには、ゆっくり食べるのがいいって言うけれど、少々やりすぎじゃない?」

柳井さんに言われ、それから高速でパンを頬張った。

これからの生活は、会社では忘れよう。

うん。


「大変よね。」

柳井さんが、急に私を哀れんだ表情で見て来た。

「でも、大丈夫よ。水久保さんなら、直ぐにいい会社、見つかるわよ。」

「そう……ですかね。」

あまり哀れんで欲しくはないけれど、一応励ましてくれているのかなと、思いこんでみる。

「私がさ、正社員になれたのは、半分ダメだと思われてるから。」

「……えっ?」

デキる女代表の柳井さんが、会社から半分ダメだと思われてる?

断固ない!

と言っても、口に出して言える勇気もない私。


「私、もう40代だし。正社員の市場なんて、ほとんどないの。会社もそれが分かってるから、半分哀れんで正社員にならないかって、言ってくれてるのよ。」

「……そんな事、ないですよ。」

ああ、弱気で言っちゃった!

なんでもっと、強く否定しないの!

「本当よ。でも、水久保さんは違うわ。まだまだこれから、正社員になるチャンスなんて、たくさんある。それに仕事ができるから、こんな契約社員で埋まっているなんて、勿体ないわよ。」

「柳井さん……」

そんな風に思ってくれていたなんて。

「人事部の部長も同じ事、考えていたんだと思う。だから、水久保さんを、旅立たせた。絶対そうだよ。」

私は、柳井さんの温かい言葉に、涙が出そうになった。

「でも、私……半年前の就職活動では、全く正社員になれなかったし。」

「時期があるのよ、時期が。」

「自分が、仕事できる人間だなんて、思えないし。」

「自分で思ってる人なんて、大抵勘違い野郎よ。」

はははっと、柳井さんと一緒に笑った。


「あーあ、元気出ました。有難うございます、柳井さん。」

「ううん。頑張れ!」

「はい。」


話をしている間に、午後の始業まで、あと15分を切った。

その時間になると、市来さんがのんびり、外のランチから帰って来る。

「お帰りなさい。」

私が声を掛けると、市来さんはお財布を胸の前で持ちながら、目をパチパチさせていた。

「あれえ、水久保さん。ちょっと見ない間に、顔明るくなったぁ。」

「ちょっと見ない間で、ほんの40分ぐらいですよ。」

何を言い始めるんだと思ったら、柳井さんもクスクス笑いだした。

「ううん。ホント、顔色良くなった。」

二人からそう言われ、ちょっと愚痴ってみるって、こんなに必要なんだと思った。

「……ありがとう、二人共。」

私のお礼に、二人が笑う。

「何よ、改まって。」

「そうそう。」

私もいつの間にか、笑っていた。


そう言えば、ここ数日間。

笑う事も忘れていたかもしれない。


そうだよ。

くよくよしてたって、仕方ないもんね。

実家の母親にも、無職になる事、言ってみよう。

もしかしたら、少しくらいお金出してくれるかも。

なーんて、都合のいい話はないか。


「さあさあ、午後の仕事も頑張ろう。」

デキる女、柳井さんがパソコンを開く。

「あーあ。仕事始まっちゃった。」

可愛い女、市来さんは早速欠伸だ。

「あなたね、始業開始から欠伸って。」

「だって、ランチ食べた後で、眠いんだもん。」


私はこの二人のやりとりなんて、今まで気にした事ないけれど、正反対の性格で、なかなか面白い。

「大体ね、市来さんはいつも、たるんでるのよ。水久保さんを、少しは見習ったらどうなの?」


私を見習う!

柳井さん、さっきの言葉はウソじゃなかったんだ!

私は心の中で、手を合わせ嬉しで、胸がいっぱいになった。


「そんな事言ったって、真面目に仕事してればいいってもんじゃないないじゃない。現に水久保さん、契約切られ……」

「ちょっと!」

二人が私を見て、”しまった!”って顔をしている。

私の中で、嬉しさがだんだん、しぼんでいく。


真面目に仕事しているだけ。

それが、私の周りからの評価。

そうか。

だから、人事部の部長も、私の契約を切ったんだね。


「あの、水久保さん?」

市来さんが、私の顔を覗く。

「大丈夫?」

柳井さんも、私の顔を覗く。

私の顔はと言うと、鏡は見てないがたぶん、ものすごく引きつっていると思う。


「水久保さん、元気出して!真面目は長所だよ!」

「そうそう!真面目に仕事していれば、なんとかなるんだから!」

二人から、真面目真面目と連呼されると、私にはそれしかないと、刷り込まれているような気がする。

「う、うん。私、が、頑張るね。」

二人は、ようやくほっとした顔をして、自分達の仕事を始めた。


その時だった。

「水久保さん?」

課長に、ふいに呼ばれた。

「はい。」

やだなぁ。

この前の一件があってから、課長に呼ばれると、何かあったんじゃないかって、思っちゃう。

その勘は、思わず的中。


「ここ、間違ってるんだけど。」

「えっ!?」

「しかも、この表使ってるから、その下の計算、全部間違ってる。」

「ひぇっ!」

「全部やり直し。」

「す、すみませ~ん!」

がっかりしながら、午前中提出した資料を、もう一度受け取った。


「どうしたの?こんな凡ミス。真面目だけが取り柄なんだから、しっかりしろよ。」

「は……は、はい。」

ここでも、真面目だけが取り柄って言われた。

もう、立ち直れない。


私は、がっくり肩を落としながら、自分の席に戻った。

今まで自分が真面目だなんて、思った事なかった。

一生けん命に仕事をして、それが評価されてるだけだと思っていた。

それが、真面目”だけ”なんて、言われるなんて~!

無意識に、私は自分の机に、倒れ込んだ。


「ど、どうしたの?水久保さん!」

柳井さんが、私の体を揺らす。

「わっ!水久保さんが、倒れてる!」

市来さんも、隣で驚いている。

「放っておいてください。ちょっと、立ち直れません。」


目を瞑ると、今までの人生が、走馬灯のように流れて行く。

勉強を頑張ったのも、いい大学に入ったのも、なかなか就職が決まらなかったのも、ブラック企業で体を壊したのも、全部私が真面目だから?


真面目が憎い。

こんなにも、真面目と言う言葉が嫌いになった事は、なかった。

しばらくして、最後の給料日が出た。

これに、貯金を合わせて約2か月、なんとか過ごさなければいけない。

「ああ~。」

けれど、何度計算しても足りない。

いや、実際は固定支出だったら、何とか足りる。

残りの食費や、小遣いなどがなんとも、寂しい金額になってしまう。


「切り詰めるって言ったって、どこを切り詰めるって言うの?」

もうため息しか出て来ない。

こうなったら、やっぱり母親に頼るしかないか。


私はスマートフォンを持って、目を瞑りながら、電話のマークを押した。

『はい。』

思ったよりも早く出た母親に、スマートフォンを落としそうになる。

「あ、あの!お、お母さん?」

あっ、まずい。

緊張しすぎて、声、裏返った。


『そうですよ。あなたのお母さんですよ。』

「う、うん。よかった。」

何がよかったのか。

母親からも、「はあ?」という声が聞こえてくる。

いつの間にか、スマートフォンを持つ手が震えている。

『で?どうしたの?こんな夜に。』

「う、うん。あのね、お母さん。」

何から話したらいいのか、頭の中が混ぜこぜになってきた。

こんなの初めてだ。


『どうしたの?言いたい事があるなら、言いなさい。』

「うん……えーっと……」

これから無職になる事を言うって、こんなにも言いづらいなんて。

「実は……」

でも、言わなきゃ!

これからの、生活の為に!

「……仕事、クビになって、新年早々無職になるんだよね。」

『えっ!!』


静まり返った空気が、電話を通しても伝わってくる。

『どうして、そんな事になったの。』

「分からない。たぶん、会社の都合。」

電話の奥から、母親のため息が聞こえてくる。

ため息なら、こっちがつきたいくらいだわ!


『それで?就職活動はしてるの?』

「これから。」

『そう。なるべく正社員でお願いするわよ。』

「うっ…うん。」

いきなりハードル上げましたか。

『こんな事言うのも、なんだけど。今、派遣社員だとか、契約社員とか流行ってるでしょう?』

「うん。」

流行っていると言うか、時代の流れと言うか。

そして、私も今契約社員だ。


『あんたが正社員だって言ったら、すごいって言われてね。さすが有名大学を卒業した人は違うわって、お母さんちょっとした自慢だったのよ。』

「あ、ああ……そう、なんだ。」

勝手にそんな話、しないでほしい。

『だから、正社員じゃないって分かったら、お母さんも恥かくからね。気合いれて、就職活動しなさいよ。』

「……はぁ。」


電話はその後切れたけれど、代わりに相当なプレッシャーが、私の肩に圧し掛かった。

あーあ。

親の自慢の為に正社員になるって、私、何の為に働くんだろう。

そしてまた、私はため息をついた。

なんでこうなっちゃったんだろう。

母親にそんなプレッシャーをかけられ、私は次の日から、ハローワークに出向いた。

パソコンの前に座り、条件を片っ端から入れる。

検索をポチッと押して、愕然とした。

結果なし。

そう言うモノなのかと、条件を正社員だけにしてみた。

件数は、500件。

そんな件数、一つ一つ見ていけない。

やっぱり、条件は大切だ。


「えっと……時間は、就業時間9時から18時。残業なし。」

検索をポチッと押すと、あった。

10件。

「これって、残業なしでこれしか出てこないのかな。」


前の会社がブラックだっただけに、残業ありはなるべく避けたい。

興味本位で、”残業なし”の条件を、外してみた。

うん。

200件はある。


待って。

なんで残業ありのところが、こんなにもあるの?

恐ろしくて、応募できない。

私は、首を激しく横に振った。


とりあえず、残業なしの会社を、片っ端から応募しよう。

私はその”残業なし”の案件を、片っ端から印刷。

そして、それを職員の人の元へ持って行った。

開口一番言われた言葉は、私にとって衝撃的だった。

「この職種は、経験済みですか?」

「えっ!?」

私は、プリントアウトした求人票を、もう一度見直した。

どれも初めての職種だ。


「いいえ……」

「経験なしですね。」

職員の人は、冷静にメモをしていってる。

「あの……」

「何でしょう。」

メモに集中していて、こっちを見てもくれない職員の人に、質問するって、かなり勇気がいるけれど……

「経験があった方が、いいんですか?」

「そうですね。あった方が決まりやすいですけれど、まだ23歳ですからね。無くても面接はして貰えると思います。」

私は、息をゴクンと飲んだ。

経験?

そんなブラック企業の1年程の経験と、契約社員の半年程の経験で、経験と呼んでいいのか。

私は、唸るしかなかった。
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