不誠実なカラダ 【R18】

日下奈緒

文字の大きさ
上 下
7 / 12
第3章 嫉妬じゃない、悔しいのよ

しおりを挟む
「でもね。尚太は、そんな私の事、分かってくれている。だから、尚太の為にも、前を向いて歩かなきゃって、思うんだ。」

「頑張れ、環奈。」

心は、そんな私を励ましてくれた。

「うん、ありがとう。心。」

やがて朝礼が始まって、私は自分の席に戻った。


私は、尚太の事が好きで、尚太には好きな人がいる。

部長は心が好きで、心には彼氏がいる。

そして、私と部長を繋ぎとめるモノは……


私はため息をついて、考えるのを止めた。

子供じゃあるまいし、そんな時もあると自分に言い聞かせた。

言い聞かせた反動で、私は尚太に会いたくなった。

私にだって、気持ちで繋がっている人がいると、思いたかったのだろう。


「尚太、久しぶり。」

私を見た尚太は、全身固まっていた。

さしずめ、いつでも来ていいよと言ったのが、また来たのかよと言う感じなんだろうか。

「カウンター、いい?」

「……ああ。」

私はいつだって、尚太の前が好き。

そこに座ると、気持ちが落ち着く。

「今日は何にする?」

「尚太が決めて。」

尚太は、大きく深呼吸すると、こう答えた。

「じゃあ、ジンライムは?」

「いいわね。」

尚太は、私の前でジンライムを作り始めた。


尚太が決めたカクテルを、そのまま飲み干すが好き。

体の中を、その人でいっぱいにするようだからだ。


「はい。」

「ありがとう、尚太。」

尚太にとっては、私はお客の一人であって、作るカクテルは、何百種類の中の、一つかもしれない。

でも、それがいい。

それが、私の心を満たしてくれる。

案の定、飲みやすい口当たり。

私は、ジンライムを飲み干すと、目を瞑ってしばらく、”尚太が決めてくれたカクテル”を、楽しんだ。


その時だった。

奥のドアから、よく知った顔が、出てきた。

「えっ?心?」

私の疑問を聞いた尚太は、ハッとして私の視界を遮った。

「気のせいだよ。」

「そんな訳ないじゃない。私が心を見間違える事ない。」

尚太の左右を、交互に見て、やっぱり心だと確信した。

「心!」

私は、思い切って心に声を掛けた。

「環奈……」

心は私に気づいたのに、後ろへ下がっていく。


えっ? 何で?

何か、私に見つかってまずい事でもあるの?


「どうしたの?心。一人で来たの?」

「う、うん……」

心は動揺しているのか、目が泳いでいる。

私はそれがなぜだか、分からなかった。

「こっち来て、一緒に飲もうよ。」

私は、手招きをした。

そして、心はゆっくりとこっちに来た。


不思議な事に、近くに来ても、ただぼうっと立っているだけだ。

「隣に座ったら?」

「うん。じゃあ、お言葉に甘えて……」

心は、私の横に座った。

「どうしたの?今日。心、この店来た事ないって、言ってなかった?」

私は、心の顔を覗いた。

「心?」

もう一度呼びかけると、心は頷いた。

なんだか、いつもの心とは違うような気がする。

心は大人しいけれど、言う事は言う子なのに。


「ああ、一度部長に連れて来て貰った事があって……」

やっと口を開いたけれど、そんなに大した事ない言葉。

「そうなんだ。このバーテンは、知ってる?」

私は尚太を指さすと、心は尚太をちらっと見た。

「うん……宮島……尚太君でしょ?」

「そう。」


なんだ、知ってるんじゃん。

私の好きだった人、この人なんだよね。

無意識に、舌をペロッと出した。


「イイ男でしょ?」

「……うん。」

なんだか優越感。

彼氏ではないけれど、こんな素敵な人に、恋をしていた自分?が誇らしかった。

「と、言っても惚れちゃダメだよ。ねえ、尚太。」

尚太は、好きな人がいるんだもの。

心が尚太を好きになったって、振り向くはずがないもんね。

でも、尚太は黙ったままだ。

いつもだったら、受け流すのに。


「えっ?何?心はいいの?」

私は胸騒ぎがして、二人を交互に見た。

「どういう事?尚太。」

何?この同じ空気流れてます的な、この雰囲気。


そして尚太が、何かを言おうとした時だ。

「待って、尚太君。」

心が、尚太を止めた。

「私が、直接言うから。」

そして大きく息を吸った心は、私の方を向いた。

「なに?」

何、これ?

私はこれから起こる事に、少しだけ体を引いた。


「実は私達、付き合ってるんだ。」

「えっ……」

「黙っていて、ごめん。」

気づいたら、目の前にあったカクテルを、心の頭の上にかけていた。

「何やってんだよ!」

尚太に叫ぶと、心の為にタオルを持って来て、心の頭を拭いてあげている。

「大丈夫?心。」

怒りが、こみ上げてきて、私はカクテルグラスを、勢いよくカウンターに置いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした

日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。 若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。 40歳までには結婚したい! 婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。 今更あいつに口説かれても……

優しい紳士はもう牙を隠さない

なかな悠桃
恋愛
密かに想いを寄せていた同僚の先輩にある出来事がきっかけで襲われてしまうヒロインの話です。

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

処理中です...