憧憬坂~薄紅の頃~

日下奈緒

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第1話 お兄ちゃん

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その日。

女学校の授業が終わり、美和子(ミワコ)は、学校の前で兄を待っていた。

「そろそろ、兄(アニ)さんが来る頃だわ。」

キョロキョロと、兄を探していると、美和子の元へ、友達の佐樹子(サキコ)がやってきた。

「美和子さ~ん。」

校舎から走ってきたせいか、大分息が上がっている。


「美和子さん、そこで何なさってるの?」

「兄(アニ)さんを、待っているのよ。」

「お兄さんを?」

「ええ、そうよ。」


佐樹子はひどく、驚いていた。

学校の帰りに、お兄さんを待つなんて。

どれほど、お兄さんの事を好きなんだろう。

佐樹子は思った。


「美和子さんは、お兄さんと仲がいいのね。」

「ええ。」

美和子は、当然というふうに返事をする。


美和子の兄・一ノ瀬征太郎(イチノセ セイタロウ)は、母親違いの兄妹で、年も8歳程離れていたが、誰もがうらやむ仲のいい兄妹だった。


そして美和子は、遠くに兄の姿を見つけた。

「あっ、兄さ~ん。」

美和子は、兄に向かって手を振った。

「美和子。」

征太郎も、手を振っている。

そして横にいる佐樹子は、兄・征太郎の姿を見て、興奮する。

「ええっ!美和子さんのお兄さん、とても素敵な方じゃない。」

「でしょう?」

美和子にとって、征太郎はちょっとした自慢だった。


「美和子、待ったか?」

「いいえ。ちっとも待っていないわ。」

「そうか。」

そう言って征太郎は、太陽のように笑った。

横に立っている佐樹子は、征太郎の笑顔を見て、頬を赤くしている。

征太郎はそれを、見逃さなかった。


「美和子、お友達か?」

「ええ、佐樹子さんよ。」

美和子は、隣にいる佐樹子を紹介した。

「楠木佐樹子です。」

佐樹子は緊張のせいか、声が少し上ずっていた。

「一ノ瀬征太郎です。いつも妹が、お世話になってます。」

征太郎は、丁寧に頭を下げた。

「いいえ、こちらこそ!」

佐樹子も慌てて、頭を下げた。

美和子は兄を紹介する時、尚一層、兄を自慢したくなる。

征太郎を紹介すると、みんなは決まって、兄の笑顔にやられるからだ。


「もう~、こんなにかっこいいお兄さんなら、美和子さんが兄さん兄さん言うのも、無理ないわね。」

「ふふふ…」

美和子は、否定しない。

そんな時 征太郎は時計を見て言った。

「じゃあ、美和子。そろそろ行こうか。」

「はい。」

美和子は改めて、征太郎の隣に付く。


「ごきげんよう。美和子さん。」

「さようなら。佐樹子さん。」

その時、歩きだそうとする美和子の腕を、佐樹子は突然引っ張った。

「美和子さん、」

「なあに?佐樹子さん。」

「またお兄さんと会わせてね。」

「…ええ。」

「約束よ、美和子さん。」

念を押して佐樹子は、美和子達と反対方向へ、歩いて行った。


「う~ん…」

「どうした?美和子?」

征太郎は心配そうに、美和子の顔を覗く。


兄がモテるのは嬉しいが、あまり他の女の子に、優しくしてもらいたくない。

それが、美和子の本音だった。

「なんでもな~い。」

美和子はそう言うと、家に向かって歩き出した。

「美和子。」

振り向いた美和子に、征太郎は優しく微笑む。

「俺を置いて行くなよ。」

そして美和子と征太郎は、二人で並んで歩き始めた。

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