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第12話 王宮の守人
①
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それから将拓は、忠仁の屋敷で静養し、自由に動けるようになるまで、体は回復した。
その間、兄の将拓が、忠仁の屋敷にいる事は、黄杏に伏せられた。
知れば、左目の事も分かってしまうからだ。
忠仁の屋敷は、王宮のすぐ目の前にあったが、近ければ近い程、存在に気づかぬもの。
将拓は、黄杏にはもちろん白蓮にも、存在を気づかれず傷を癒す事ができた。
そんなある日。
「将拓殿。」
珍しく昼間に家に戻ってきた忠仁は、将拓を呼び寄せた。
「お帰りなさいませ。」
主人の帰りに、将拓は膝を着き、出迎えた。
すると忠仁は、わざと将拓の斜め向かいに、胡坐をかいて座った。
「傷の方は、如何かな。」
「はい。大分治りました。」
将拓は、左目を失ったというのに、晴れやかな顔をしていた。
「それはよかった。屋敷での暮らしは、不自由してないか?」
「はい。お陰様にて、何不自由なく暮らしております。」
忠仁の屋敷では、将拓に女人達が付き、左目の見えない将拓を支えた。
「忠仁様。そこで、お話があるのですが。」
「何であろう。」
「傷も大分癒えた事でございますし、私はそろそろ家に帰らせて頂こうと、思っているのです。」
そう言えば怪我を負っていた将拓が、『傷が治り次第、出て行きます。』と紅梅に言っていたことを、忠仁は思い出した。
忠仁は、腕を組んだ。
「……もう少し、ゆっくりしていかぬか?」
「有難いお話ではありますが、家には妻も子供もおります故。」
そこで忠仁は、将拓に妻子がいる事を知った。
「そうか……黄杏様は、お会いした事があるのか?」
「会うも何も、妻と妹は幼馴染みですから。」
将拓は、少し笑顔を見せた。
「幼馴染み……と言う事は、同じ村の出身か。」
「はい。」
「私は、見た事があるかな?」
「有りますとも。妻は、王のお妃候補筆頭でしたから。」
忠仁は、信寧王の一番近くで、世話をしていた娘を思い出した。
「ああ、あの娘か……確か名は、美麗殿と言ったか。」
「はい。」
「ははは!村一番の美女を、妻に娶ったのか。」
「そう……なりますかね。」
将拓は、少しだけ照れ笑いを浮かべた。
「……妻子の元へ戻ったら、また商売を始めるのか?」
「はい。まずは、この目の事を話して、今までと同じようにはいかない事を納得してもらう方が、先になると思います。」
王宮に出店できる事を、楽しみに夫を送り出す妻子の姿と、戻って来た時の変わり果てた夫を見る妻子の姿。
忠仁には、その両方が見えた。
「これは……一つの提案なのだが……」
「はい。」
忠仁は一息ついてから、口を開いた。
「この私の、養子にならないか?」
「えっ!!」
将拓は目を見開く程、驚いた。
「私には、子は娘一人だ。その娘も、今は王の妃に差し出した。誰も私の仕事を継ぐ者はいない。」
「忠仁様の……お仕事?」
「ああ。私はね、将拓。今は王の側近として、相談役を務めているのだ。」
「今はと言う事は、以前は別なお仕事を?」
忠仁は、将拓の頭の良さに、思わず微笑んでしまった。」
「そうだ。若い頃は、護衛長を務めていてね。幼い信寧王に武芸を教えていた事もあった。お陰で、家来筆頭として、この国の政治にも参加していた。」
忠仁は、部屋から見える庭に、昔の自分を写しているようだった。
「だが白蓮様には、お子が生まれる兆候がなく、とうとう第2の妃を迎える事になってしまった。家来筆頭として、同盟を結んでいる隣国にまで、王に相応しい娘がいないか、探し回った。だが、なかなかいなくてね。」
「はい……」
「そんな時だった。紅梅が、王を慕っている事に気づいた。娘に好いた男がいるのなら、添わせてやりたいと思うにが父親だが、何せ相手が相手だしな。」
「そうですね。」
将拓も、黄杏と信寧王が恋人同士であると、知った夜の事を思い出した。
「その上、紅梅を差し出せば、私は妃の父親として、もう政治に参加する事はできなくなる。」
忠仁は、そっと将拓を見つめた。
「そなたと、同じ気持ちだった。私は、娘を妃に差し出す代わりに、政治の表舞台から、身を引いた。その代り王の側にいて、生涯その御身を支えようと、決めたのだ。」
「忠仁様……」
忠仁は将拓の正面に、座りなおした。
「そなたが田舎で、妹君の為なら、命を差し出してもいいと言った時、私は他人事には思えなかった。今回の事もそうだ。自分の命が危ないと言う時に、黄杏様の事を一番に考えていた。それが、王の側近として、一番大事な要素なのだと、私は思う。」
「王の……側近?……」
将拓は、ゴクンと息を飲んだ。
「その目では、商売もなかなか難しいだろう。そなたは、政治としての才能もあるようだが、白蓮様の思惑通りになってしまった。」
将拓は、グッと唇を噛み締めた。
「だがな、将拓。そんなお前でも、王の側近として雑務をこなす事なら、できるのではないか?」
だが将拓は、頭を横に振った。
「私には到底、無理なお勤めかと……」
「焦って答えを出すな。明日からやれと言う訳ではない。私がいる間は、補佐役として徐々に覚えていけばいいのだ。」
将拓は、肩に重い物が乗った気がした。
「そうは言っても、妻子がいる身では、己一人では決められぬ事であろう。一旦家族の元へ戻り、事情を話して、妻子と共に戻ってくればいいだろう。」
「はい……」
将拓は、ゆっくりと頭を下げた。
役人の仕事を、嫌だと思った事はなかった。
だが同じように、商人も嫌だと思った事はなかった。
おそらく王を身近でお支えする仕事も、嫌だと思う事はないだろう。
しかし、その重責を自分が、担う事ができるんだろうか。
それが、心配だった。
実の兄が、そのような事になっていると、微塵も知らない黄杏は、無事に美麗の元へ、帰っているものだと信じていた。
「お子か……一度、会ってみたいものだわ。」
黄杏は、兄の将拓と幼馴染みの美麗の、幸せそうな家庭を、頭の中で想像した。
自分も、王と出会っていなければ、村の誰かと結婚し子を産み、家庭を築いていたかもしれない。
そう思うと、胸がチクッと痛んだ。
その時、屋敷の入り口の扉が開いた。
「黄杏。」
「信志様。」
時間が経つのも早いもので、今日も信志が、お妃の屋敷を訪れる時間になっていた。
このところ、夜はめっきり黄杏の元しか、通わなくなった信志。
まるで本当の夫婦は、どちらなのか、分からなくなる程だ。
「ところで黄杏。最近、紅梅と話をしたか?」
「紅梅さんと?いいえ。何かありましたか?」
「ああ。最近紅梅が、神殿に籠っているようなんだ。」
王宮の中には、神を祀る神殿があり、一日に一度、王と妃は祈りを捧げるのが、日課だった。
だがその神殿に籠っていると言う事は、何か重要なお祈りでも、捧げているのだろうか。
「私が聞いても、答えをはぐらかせてね。あそこは空気も冷たいし、籠りっぱなしでは、体に応えると思うのだ。」
「信志様は、紅梅さんのお体が、心配なのですね。」
信志は、頷いた。
「分かりました。私が、紅梅さんの元を訪ねて、それとなく伺ってみますわ。」
「ありがとう、黄杏。」
信志は、黄杏をそっと抱きしめた。
黄杏の優しさに触れると、どんなに大変な政務も、頑張ろうと思えるし、何より心が緊張から解かれるのだった。
「ああ……黄杏……」
信志は、黄杏を寝台に寝かせた。
「そなたとは、身も心も、繋がっていたいと思う。」
「私もです……信志様……」
自分と同じ気持ちで、愛してくれる。
それが黄杏を、一日も離せないでいる理由だった。
そして第3王妃の紅梅は、毎日午後になると、宮殿の中にある祭壇に祈りを捧げていた。
黄杏の兄が、妹の為に自分の人生を捨てたように、紅梅の父・忠仁も自分が王の妃になる為に、自分の出世の道を捨てたのだ。
だからこそ、何としてでも、王のお子を産まなければならない。
そうしなければ、父が可哀そう過ぎる。
そこへ、信寧王の命を受けた黄杏がやってきた。
「あら、黄杏さん。」
「紅梅さん。お元気そうね。」
黄杏は、紅梅の横に座った。
「最近、お祈りに力を入れているそうだけど。」
率直に、紅梅に尋ねる黄杏。
「ええ、そうよ。何としてでも、王のお子を産まなければならないのよ。」
紅梅は必死になって、神に祈っていた。
「……そこまで祈る理由って、何かあるの?」
紅梅は、黄杏を睨んだ。
「ただ知りたいだけよ。他意はないわ。」
黄杏は、真っすぐ紅梅を見つめた。
すると紅梅は、フッと鼻で笑った。
「あなたって、本当お目出度い人ね。」
「えっ?」
紅梅は、じっと黄杏を見つめた。
「あなた……お兄様がいるんですって?」
黄杏の目が、大きく見開いた。
「それをどこで!」
「この前、怪我をしたお兄様が、私の屋敷に運び込まれたわ。」
「怪我?兄上が!?どうして?」
「さあ。何だか誰かに襲われたって、父上は言ってたけれど?」
途端に黄杏の顔色が、悪くなる。
「今、どこにいるの?」
「さあ……」
本当は自分の実家、忠仁の屋敷にいるのだが、そこまで教えたら、紅梅自身が怒られる。
「お願い……兄上は、私の為に……」
黄杏の目から、涙がボロッと零れた。
紅梅はそれを見て、真っすぐ前を向き直す。
「知ってどうするの?あなたが行っても、どうにもならないじゃない。」
「血を別けた兄妹なのよ?心配して駆けつけるのが、本当だわ。」
「これだからお馬鹿さんは、困るわ。」
その間、兄の将拓が、忠仁の屋敷にいる事は、黄杏に伏せられた。
知れば、左目の事も分かってしまうからだ。
忠仁の屋敷は、王宮のすぐ目の前にあったが、近ければ近い程、存在に気づかぬもの。
将拓は、黄杏にはもちろん白蓮にも、存在を気づかれず傷を癒す事ができた。
そんなある日。
「将拓殿。」
珍しく昼間に家に戻ってきた忠仁は、将拓を呼び寄せた。
「お帰りなさいませ。」
主人の帰りに、将拓は膝を着き、出迎えた。
すると忠仁は、わざと将拓の斜め向かいに、胡坐をかいて座った。
「傷の方は、如何かな。」
「はい。大分治りました。」
将拓は、左目を失ったというのに、晴れやかな顔をしていた。
「それはよかった。屋敷での暮らしは、不自由してないか?」
「はい。お陰様にて、何不自由なく暮らしております。」
忠仁の屋敷では、将拓に女人達が付き、左目の見えない将拓を支えた。
「忠仁様。そこで、お話があるのですが。」
「何であろう。」
「傷も大分癒えた事でございますし、私はそろそろ家に帰らせて頂こうと、思っているのです。」
そう言えば怪我を負っていた将拓が、『傷が治り次第、出て行きます。』と紅梅に言っていたことを、忠仁は思い出した。
忠仁は、腕を組んだ。
「……もう少し、ゆっくりしていかぬか?」
「有難いお話ではありますが、家には妻も子供もおります故。」
そこで忠仁は、将拓に妻子がいる事を知った。
「そうか……黄杏様は、お会いした事があるのか?」
「会うも何も、妻と妹は幼馴染みですから。」
将拓は、少し笑顔を見せた。
「幼馴染み……と言う事は、同じ村の出身か。」
「はい。」
「私は、見た事があるかな?」
「有りますとも。妻は、王のお妃候補筆頭でしたから。」
忠仁は、信寧王の一番近くで、世話をしていた娘を思い出した。
「ああ、あの娘か……確か名は、美麗殿と言ったか。」
「はい。」
「ははは!村一番の美女を、妻に娶ったのか。」
「そう……なりますかね。」
将拓は、少しだけ照れ笑いを浮かべた。
「……妻子の元へ戻ったら、また商売を始めるのか?」
「はい。まずは、この目の事を話して、今までと同じようにはいかない事を納得してもらう方が、先になると思います。」
王宮に出店できる事を、楽しみに夫を送り出す妻子の姿と、戻って来た時の変わり果てた夫を見る妻子の姿。
忠仁には、その両方が見えた。
「これは……一つの提案なのだが……」
「はい。」
忠仁は一息ついてから、口を開いた。
「この私の、養子にならないか?」
「えっ!!」
将拓は目を見開く程、驚いた。
「私には、子は娘一人だ。その娘も、今は王の妃に差し出した。誰も私の仕事を継ぐ者はいない。」
「忠仁様の……お仕事?」
「ああ。私はね、将拓。今は王の側近として、相談役を務めているのだ。」
「今はと言う事は、以前は別なお仕事を?」
忠仁は、将拓の頭の良さに、思わず微笑んでしまった。」
「そうだ。若い頃は、護衛長を務めていてね。幼い信寧王に武芸を教えていた事もあった。お陰で、家来筆頭として、この国の政治にも参加していた。」
忠仁は、部屋から見える庭に、昔の自分を写しているようだった。
「だが白蓮様には、お子が生まれる兆候がなく、とうとう第2の妃を迎える事になってしまった。家来筆頭として、同盟を結んでいる隣国にまで、王に相応しい娘がいないか、探し回った。だが、なかなかいなくてね。」
「はい……」
「そんな時だった。紅梅が、王を慕っている事に気づいた。娘に好いた男がいるのなら、添わせてやりたいと思うにが父親だが、何せ相手が相手だしな。」
「そうですね。」
将拓も、黄杏と信寧王が恋人同士であると、知った夜の事を思い出した。
「その上、紅梅を差し出せば、私は妃の父親として、もう政治に参加する事はできなくなる。」
忠仁は、そっと将拓を見つめた。
「そなたと、同じ気持ちだった。私は、娘を妃に差し出す代わりに、政治の表舞台から、身を引いた。その代り王の側にいて、生涯その御身を支えようと、決めたのだ。」
「忠仁様……」
忠仁は将拓の正面に、座りなおした。
「そなたが田舎で、妹君の為なら、命を差し出してもいいと言った時、私は他人事には思えなかった。今回の事もそうだ。自分の命が危ないと言う時に、黄杏様の事を一番に考えていた。それが、王の側近として、一番大事な要素なのだと、私は思う。」
「王の……側近?……」
将拓は、ゴクンと息を飲んだ。
「その目では、商売もなかなか難しいだろう。そなたは、政治としての才能もあるようだが、白蓮様の思惑通りになってしまった。」
将拓は、グッと唇を噛み締めた。
「だがな、将拓。そんなお前でも、王の側近として雑務をこなす事なら、できるのではないか?」
だが将拓は、頭を横に振った。
「私には到底、無理なお勤めかと……」
「焦って答えを出すな。明日からやれと言う訳ではない。私がいる間は、補佐役として徐々に覚えていけばいいのだ。」
将拓は、肩に重い物が乗った気がした。
「そうは言っても、妻子がいる身では、己一人では決められぬ事であろう。一旦家族の元へ戻り、事情を話して、妻子と共に戻ってくればいいだろう。」
「はい……」
将拓は、ゆっくりと頭を下げた。
役人の仕事を、嫌だと思った事はなかった。
だが同じように、商人も嫌だと思った事はなかった。
おそらく王を身近でお支えする仕事も、嫌だと思う事はないだろう。
しかし、その重責を自分が、担う事ができるんだろうか。
それが、心配だった。
実の兄が、そのような事になっていると、微塵も知らない黄杏は、無事に美麗の元へ、帰っているものだと信じていた。
「お子か……一度、会ってみたいものだわ。」
黄杏は、兄の将拓と幼馴染みの美麗の、幸せそうな家庭を、頭の中で想像した。
自分も、王と出会っていなければ、村の誰かと結婚し子を産み、家庭を築いていたかもしれない。
そう思うと、胸がチクッと痛んだ。
その時、屋敷の入り口の扉が開いた。
「黄杏。」
「信志様。」
時間が経つのも早いもので、今日も信志が、お妃の屋敷を訪れる時間になっていた。
このところ、夜はめっきり黄杏の元しか、通わなくなった信志。
まるで本当の夫婦は、どちらなのか、分からなくなる程だ。
「ところで黄杏。最近、紅梅と話をしたか?」
「紅梅さんと?いいえ。何かありましたか?」
「ああ。最近紅梅が、神殿に籠っているようなんだ。」
王宮の中には、神を祀る神殿があり、一日に一度、王と妃は祈りを捧げるのが、日課だった。
だがその神殿に籠っていると言う事は、何か重要なお祈りでも、捧げているのだろうか。
「私が聞いても、答えをはぐらかせてね。あそこは空気も冷たいし、籠りっぱなしでは、体に応えると思うのだ。」
「信志様は、紅梅さんのお体が、心配なのですね。」
信志は、頷いた。
「分かりました。私が、紅梅さんの元を訪ねて、それとなく伺ってみますわ。」
「ありがとう、黄杏。」
信志は、黄杏をそっと抱きしめた。
黄杏の優しさに触れると、どんなに大変な政務も、頑張ろうと思えるし、何より心が緊張から解かれるのだった。
「ああ……黄杏……」
信志は、黄杏を寝台に寝かせた。
「そなたとは、身も心も、繋がっていたいと思う。」
「私もです……信志様……」
自分と同じ気持ちで、愛してくれる。
それが黄杏を、一日も離せないでいる理由だった。
そして第3王妃の紅梅は、毎日午後になると、宮殿の中にある祭壇に祈りを捧げていた。
黄杏の兄が、妹の為に自分の人生を捨てたように、紅梅の父・忠仁も自分が王の妃になる為に、自分の出世の道を捨てたのだ。
だからこそ、何としてでも、王のお子を産まなければならない。
そうしなければ、父が可哀そう過ぎる。
そこへ、信寧王の命を受けた黄杏がやってきた。
「あら、黄杏さん。」
「紅梅さん。お元気そうね。」
黄杏は、紅梅の横に座った。
「最近、お祈りに力を入れているそうだけど。」
率直に、紅梅に尋ねる黄杏。
「ええ、そうよ。何としてでも、王のお子を産まなければならないのよ。」
紅梅は必死になって、神に祈っていた。
「……そこまで祈る理由って、何かあるの?」
紅梅は、黄杏を睨んだ。
「ただ知りたいだけよ。他意はないわ。」
黄杏は、真っすぐ紅梅を見つめた。
すると紅梅は、フッと鼻で笑った。
「あなたって、本当お目出度い人ね。」
「えっ?」
紅梅は、じっと黄杏を見つめた。
「あなた……お兄様がいるんですって?」
黄杏の目が、大きく見開いた。
「それをどこで!」
「この前、怪我をしたお兄様が、私の屋敷に運び込まれたわ。」
「怪我?兄上が!?どうして?」
「さあ。何だか誰かに襲われたって、父上は言ってたけれど?」
途端に黄杏の顔色が、悪くなる。
「今、どこにいるの?」
「さあ……」
本当は自分の実家、忠仁の屋敷にいるのだが、そこまで教えたら、紅梅自身が怒られる。
「お願い……兄上は、私の為に……」
黄杏の目から、涙がボロッと零れた。
紅梅はそれを見て、真っすぐ前を向き直す。
「知ってどうするの?あなたが行っても、どうにもならないじゃない。」
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