宮花物語

日下奈緒

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第2話 真夜中の恋人

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「明日も来るよ。」

信志は、黄杏にそう告げた。

「明日も、月明かりが綺麗だといいね。」

「えっ……」

そう言って信志は、大広間へ続く廊下へ。


「王、どちらに。」

心配した忠仁が、駆け寄って来た。

「心配するな。子供でもあるまいし。」

「しかし、王に何かあっては、私は国民に顔を合わせる事ができません。」

「はははっ!」

「笑い事ではありません!」

信志が振り返ると、忠仁は真顔でこっちを見ている。


「分かった。危ない事はしない。」

「当たり前です。この前のように、池に落ちるような事は、なさらないように。」

信志は、子供みたいに心配されている自分に、呆れてきた。


ふと台所の方を見ると、遠くに黄杏の姿が見えた。

「あの者達にも会って、お礼を言いたいものだ。」

「それならば、私から伝えておきます。妃になれない者には、近づかぬように願います。」

信志は、ぎゅっと拳を握りしめた。


台所にいる黄杏はと言うと、今日も配膳の準備だ。

「終わり!美麗、お願い!」

「はーい。今日もお疲れさま。」

美麗が王のお膳を持って行くと、台所には一息つく時間ができる。


「はぁーあ。」

慌ただしく配膳の用意をした黄杏も、床に腰を降ろした。

「そう言えば黄杏。最近、客人と逢い引きしてるんだって?」

「えー!うっそー!!」

黄杏の周りに、女達が集まってくる。

「どんな人?」

「うん。王様の家来みたい。」

黄杏は、恥ずかしそうに答えた。

「いいなぁ。上手くいけば玉の輿じゃん。」

女達は、途端にお腹を空かせた動物のような顔になる。


「王様の妃にはなれないけど、中央の役人の愛人にでもなれないかね。」

「愛人……」

黄杏は、女達の変わりように、呆れる。

「だってさ。見た?あの男達。村の男とは違って、むさ苦しくないし。何より高貴な顔立ちしてるじゃない!」

黄杏は、信志の顔を思い浮かべた。

端正な顔立ち、いい香りがしそうな雰囲気。

何より物腰が、柔らかい。


「そうね。」

「でしょう!黄杏、頑張りなさいよ!」

女の一人は、黄杏の背中を叩いて、励ました。

するともう一人、近くにいた女が、黄杏の耳元で囁いた。

「まだ、身体を許すんじゃないよ。」

「えっ?」

驚く黄杏に、女は話を続けた。

「散々体だけ弄んで、帰る時には知らない顔って言うのも、多く聞くからね。ちゃんと、連れて行って貰ってから、関係を結ぶんだよ。」

突然黄杏に振ってわいた、男と女の事情。

そんな事を信志が、するようには見えないけれど。

黄杏の胸の中では、ざわざわと何かが、うごめく。

信志の気持ちを、確かめた訳でもないのに。


ー 明日も、月が綺麗だといいね ー


黄杏は、明日が満月だと言う事を、思い出した。

その次の日の夜。

宴が終わるのも、明日で終わりだ。

もしかしたら、信志に会えるのは、今夜が最後かもしれない。

そんな事を思ったら、黄杏は泣けてきた。


「どうして、泣いているの?」

月明かりの下に現れたのは、信志だった。

「ううん。何でもない。」

涙を拭った黄杏を、信志は抱き締めた。

「信志?」

「黄杏。何でも話してほしい。君の事、もっと知りたいんだ。」

黄杏は信志の手を、そっと握った。

「私もです。私も信志の事、もっと知りたい。」

「黄杏……」

信志の腕の中で、見つめ合う二人。

月明かりが雲に隠れたのを見計らって、二人は唇を重ねた。

「このまま、時が止まってしまえばいいのに……」

「悲しそうに言うね。」

「だって、時が流れてしまえば、宴もやがて終わってしまって、信志は都に帰ってしまうもの。」

俯いた黄杏の顎を指で上げ、信志は黄杏と見つめ合う。

「あなたが、都に帰ってしまうのは、悲しくて堪りません……」

信志は、また流れ落ちる黄杏の涙を、指で拭った。

「私も、同じ気持ちだ。都に帰りたくない……そなたと毎晩、こうして会っていたい……」

「信志……」

「黄杏……」

二人は、お互いの名を呼び合うと、また熱く唇を重ねた。

何度も何度も、唇を重ねる度に、信志は黄杏を、きつく抱き締める。

「もう、我慢できないよ、黄杏。」

黄杏を抱き締めながら、庭先に通じる廊下の戸を、右手で開ける信志。

「信志?」

「気持ちを確かめ合ったんだ。君を抱いてもいいだろう?」

すると黄杏は、廊下を通り越して、側にある部屋の中に押し倒された。


月夜に照らされた信志の、熱に帯びた顔が、浮かび上がる。

その男らしさに、黄杏の心臓も早くなる。

「黄杏。私のものになってくれ。一生、大切にするから。」

掬われた手の甲に、信志の舌が当たる。

その柔らかな舌の動きに、思わず声が漏れた。

「甘い声だ。もっと聞きたいよ。」

すると信志の荒い息使いが、今度は耳元で聞こえる。

「待って……」

「えっ?」

信志は、そっと黄杏の顔を見た。


「こんな事聞くのは、無粋だって分かっているんだけど……」

「黄杏?」

「私は……あなたの妻に、なれるの?」

胸を射ぬかれたような信志は、身体を起き上がらせた。

「ごめんなさい、違うの。」

黄杏も身体を起こして、信志にしがみついた。

「周りの人に恋しい人がいるって言ったら、体だけは許すなって……」

「えっ?」

「その人が都に帰る時に、連れて行ってもらえなかったら、ただ身体を弄ばれるだけだって!私、私!そんな事、嫌なの!あなたと離れたくない!」

黄杏が叫ぶと、信志は再び、黄杏をきつく抱き締めた。


「信じてほしい。」

「信志……」

「私は何があっても、君を離さない。」

信志は身体を離すと、黄杏の頬を両手で覆った。

「私は、そなたを妻に迎えたい。そなたは?」

「私も、あなたの妻になりたい……」

「黄杏。約束できる?何があっても、私から離れないと。」

「はい。何があっても、信志を離さない。」

そして二人は、ゆっくりと唇を合わせた。


後ろに身体を倒しながら、着ている服を、一枚一枚脱いでいく信志と黄杏。

「君の肌は、白くて綺麗だな。」

「あまり見ないで、恥ずかしいから。」

黄杏が顔を覆うと、信志はその手を顔の脇に、持って行った。

信志の顔も、ほんのり赤く染まっている。

「信志?」

「不思議だな。こんなにも、心を通わせる相手が、いるなんて。今まで知らなかった。」

そして黄杏と信志の体は、ゆっくりと繋がった。

「信志……私、もうダメみたい……」

「私もだ……心も体も、一緒に溶けていく気がするよ。」


こうして、黄杏と信志の蜜月は、密やかに甘く始まりを迎えたのだった。
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