その廊下の角を曲がったら

日下奈緒

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友達②

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何に?

何にと言われても、美奈子にはどれも選べなかった。


「全部のような……気がします……」

少なくても、友達だと思っていたみんな。

その中の一人も、失いたくなかった。

「友達って難しいよな。」

「はい……」

「ただ、友達の思いに応えられなくて悩んだり、相手を不機嫌にさせてしまうくらいのケンカをしながら、友達って本当の友達になっていくんだと、俺は思うな。」

「先生……」

勝村の言葉が温かくて、美奈子の目から、涙が溢れた。

「まだまだこれから。本当の友達になりたいのなら、ここで諦めないで、相手に分かってもらえるまで、話すことだな。」

勝村は、美奈子の頭に手を乗せた。

「高月ならできるさ。おまえは、素直でいい子だからな。」

「はい。」

美奈子は、自分と正面から向き合って話てくれる勝村が、とても好きだった。

でもあくまで先生として。

担任の先生としてだった。


その日の夜。

「美奈子。テレビ観てないで、早くお風呂入りなさい。」

台所から母親の声がする。

「美奈子!」

「はい?」

美奈子からの返事がない事に腹を立てたのか、母親は台所から大きな声を出してきた。

「何ぼーっとしてんの?お風呂!」

「は~い。」

美奈子が仕方なしにお風呂場へ向かうと、そのタイミングを見計らったかのように、母親はあの男の隣に座った。


母親があの男と再婚したのは、美奈子が中学生の時だった。

それ以来4年もの間、一緒に暮らしてきたが、美奈子はどうもあの男は好きになれなかった。

あの男もあの男で、美奈子には常々、

「何年経っても、なつかねえガキだな。」

と言っていた。


そして最近、あの男を好きになれない理由が、一つ増えた。

それはあの男の、絡み付くような視線。

高校生の美奈子には、その視線がたまらなく気持ち悪いものに感じていた。


「あ~あ。早く家出たいなぁ。」

湯船の中で、美奈子の声がリフレインする。

県外の大学に進学しようか。

美奈子はいつも、そんな事を考えていた。


『高月の成績なら、志望校に行けるよ。』


美奈子は、先生の言葉を思い出して、赤くなった。

いつも自分の味方になってくれる先生。

勝村は知らない間に、美奈子の心の支えになっていた。


「明日、絵美と恵にうまく言えるかな……それとも、今林君に謝って、もう一度頼んでみようかな。」

美奈子は明日の事で、頭がいっぱいだった。


きっと分かってくれる。

だってみんないい人だもの。

美奈子は心の中でそうつぶやくと、湯船からあがった。


「お風呂からあがったよ~」

美奈子が髪を拭きながら、茶の間に行くと、そこにはあの男だけしかいなかった。

「お母さんは?」

「たばこ買いに行った。」

「ふうん。」


どうせあんたが、買いに行かせたんでしょ。

そう思いながら、美奈子は冷蔵庫からジュースを出した。

「美奈子、こっち来いよ。一緒にテレビ観ようぜ。」

あの男は、再婚相手の子供と、どうにか仲良くしようと、たまに父親ふうに言ってくる事があった。

だがそれも、母親へのアピールの為。

決して自分と、親子になろうとなんてしていない。

美奈子には、あの男の腹の中が分かっていた。

それでもあの男の誘いを下手に断れば、美奈子自身、母親との関係も悪くなる。

「うん。」

何気無いふりして、あの男から遠い場所に座った。

今日は暑かったせいか、湯上がりの後も汗がひかない。

Tシャツに、ホットパンツを履いてもまだ暑かった。


ふと、美奈子は妙な視線を感じた。

あの男の視線だった。

「なに?」

あの男はニヤっとした。

「おまえもだんだん、色気が出てきたな。」

美奈子は少しうつむくと、Tシャツで足を隠した。


翌朝、美奈子は学校の昇降口で亮に会った。

「おはよう、高月。」

「おはよう。」

亮はいつもどおりの挨拶をしてくれた。

「今日は、雨降るみたいだぜ。傘持ってきた?」

「うん。」

美奈子は、少し安心した。

亮は昨日の事など、気にしてないようだ。


靴を履き替え、美奈子と亮は、一緒に教室へ向かった。

「今林君、朝からごめん。」

「急になんだよ。」

「昨日の……恵の事なんだけど。」

亮は急に、立ち止まった。

「私、友達の恋を応援したいの。恵の事、もう一度考えてくれないかなあ。」

亮からの返事はない。

美奈子は今回もダメだったのかと、がっかりした。


その時だった。

亮が歩き始めた。

「分かった。」

「え?」

「付き合うかどうかは分からないけど、マネージャーとも仲良くするよ。」

「ほんと?…」

美奈子はやっと、胸のつかえが取れたようだった。


美奈子と亮が教室へ入ると、ちょうど絵美と恵がいた。

「おはよう、美奈子。」

「おはよう。」

二人とも、美奈子からの話を待っている様子だった。

「おはよう、絵美、恵。」

美奈子はカバンを、椅子にかけた。


「おはよう、神津マネージャー。」

亮からの突然の挨拶に、恵は顔が赤くなった。

「お、おはよう。今林君。」

恵が挨拶を返すと、亮は少し微笑んで、自分の席へと向かって行った。


二人とも美奈子からの返事を待たなくても、美奈子が恵のことを上手く話してくれたんだと、分かった

「よかったじゃん、恵。」

「う…ん。」

美奈子はやっと、友達の役に立てたんだと喜んだ。


昼休みの時間、美奈子は担任の勝村の頼みで、資料を整理していた。

「悪いな、高月。手伝わせて。」

「いいえ。どうせ、何もやることなくて、暇ですから。」

勝村は資料を、テーブルの上に置いた。

「高月は休み時間、友達と遊んだり、話したりしないのか?」

美奈子は首を横に振った。


「そうか…」

美奈子は、勝村がテーブルに置いた資料に、手を伸ばすと、また整理し始めた。

「そういえば、この前言ってたやつどうなった?」

勝村は美奈子の隣に立った。

「ああ……仲直りできました。友達にも協力できたし。」

「よかったじゃないか。」

「はい。」

「その意気、その意気。」

勝村はそう言って、美奈子に微笑んだ。


同じ男の人でも、あの男とは違う。

優しくて爽やかで、いつも自分を励ましてくれる人。

美奈子の視線は資料にあったが、身体の神経は全て勝村に向いているような気がした。

「高月はいつも、どんなテレビ見てる?」

「私ですか?私は、お笑いとか。」

「じゃあさ、昨日のテレビ見たか?」

「見ました。」

勝村が身を乗り出した。

「面白いよなあ。」

「はい!」

美奈子はこんな時間が好きだった。

煩わしい人間関係など、全て忘れられた。


「あれ、これはなんだったかな。」

勝村が後ろにある本棚に手を伸ばした。

勝村は美奈子がいるのに、自分の事に没頭しているようだった。

「終わった?」

勝村は本を見ながら、美奈子に話しかけた。

「はい。」

「少しそこで待ってて。」

美奈子はドキンとした。

「……私、ここにいていいんですか?」

勝村は本を見たまま、返事をした。

「うん。高月は気を使わないから、一緒にいても楽だしな。」

そう言って勝村は、また手にした本をめくった。

気を使わない。

でも実際は、教室へ帰っても結局一人になる美奈子に、先生は気を使ってくれたのかもしれない。

美奈子は胸がいっぱいになった。

そして二人の間には、一切の言葉は生まれず、ただ周りの景色の音だけが聞こえてきた。


それは勝村と美奈子を優しく包み込み、無言の雰囲気でさえ、二人の時間を温かいものにした。

ふと美奈子はあることを思った。

それはとても叶いそうにない願い。


この時間が、永遠に続きますように、と。
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