その廊下の角を曲がったら

日下奈緒

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友達①

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友達からの頼まれ事と言うのは、いつも唐突だ。

その日も放課後に突然、美奈子は同じクラスの、絵美と恵に席を囲まれた。


「ねえ、美奈子。お願いがあるの。野球部の今林君、いるでしょう?恵と仲良くしてくれるよう、美奈子から頼んで欲しいの。」

「え?」

「だから、恵は今林君の事が、好きなのよ。」

そんな話は絵美からも、もちろん恵からも、聞いた事がない。

「美奈子、今林君と仲いいじゃない?恵に協力してあげて。」

「うん……」

「私達、友達だもんね。」

「うん。」

「じゃあ、頼んだからね。」


絵美と恵はそう言うと、自分の席へと戻って行った。

内気な自分に、そんな事できないって、分かっているのに、頼んでくるんだから。

美奈子は周りに知られないように、そっと息を吐いた。


チャイムが鳴り、担任の勝村が、教室に入ってきた。

「ホームルーム、始めるぞ~」

その一言で、生徒はおしゃべりを止める。

いつもの教室。

いつもの担任。

いつものクラスメイト。

だが美奈子は、いつもよりも気が重かった。

元々、活発な性格ではなかった。


友達も少なかった。

クラスで話をするのは、さっきの絵美と恵くらいなものだった。


いや。

もう一人いると言っても、いいだろうか、

何かあると、いつも助けに来てくれる。

唯一、男子生徒で話す人。

それが恵が好きだという、今林亮だった。


「最近、日が長くなってきたからって、寄り道せずに真っ直ぐ帰るんだぞ。」

勝村のいつもの優しい声。

それだけが、気の重い美奈子の心を、落ち着かせていた。


「今日は以上だ。」

「起立、礼。」

「先生、さようなら~」

クラスの女子生徒が、勝村に挨拶をする。

「さようなら。気をつけて帰るんだぞ。」

「先生もね~」

「ありがと。」

勝村は、とりわけモテるようなタイプではなかったが、男子生徒にも、女子生徒にも人気はあった。


いいなぁ。

先生と話せて。

そんな事を思った時、美奈子は勝村と視線があった。

「高月は、これから部活か?」

「はい。」

勝村は、出席簿を肩に乗せていた。

その仕草に、カッコ良さを感じて、美奈子は思わずカバンの取手を、ギュッと握った。

「今日は何を作る予定?」

「今日は確か、パウンドケーキだったような……」

「パウンドケーキ!俺、大好物なんだよな。」

そのクシャッとした笑顔が、美奈子の胸をドキンとさせる。

「じゃあ、私……」

美奈子は、断られるのを覚悟で言った。

「…先生の分も、作ってもってきます。」


そんな事、気にしなくてもいいんだよ。

そういう言葉が出てくると思っていた


「それは楽しみだな。」

美奈子は、確かめるように顔を上げた。

「腹空かせて、待ってるからな。」

「はい。」

美奈子は笑顔で、返事をした。


カチャカチャ。

調理室に、お菓子を作る音が鳴り響く。

「美奈子、後は焼くだけだね。」

「うん。」

部活の仲間と一緒に、パウンドケーキをオーブンに入れる。


調理室の外に目を移すと、野球部のメンバーが、校舎の周りを走っていた。

いつもの光景。

その列の真ん中辺りに、いつも今林亮はいた。


亮は、調理室の窓に美奈子を見つけると、大きく手を振った。

美奈子はそれに答えるように、小さく手を振った。


― あのね、恵は今林君のことが好きなんだよ ―


恵は、野球部のマネージャーをしていた。

自分の力を借りなくても、亮とは仲良くできると思うのに……

「でも、せっかくできた友達なんだから、協力してあげなきゃ……」

しばらくして、パウンドケーキが出来上がり、甘い匂いが調理室を包んだ。

オーブンから、焼き上がったケーキを取り出す。

「うわあ、よく焼けてる。」

「成功だね、美奈子。」

「うん。」

みんなそれぞれ、自分の食べる分を切り分けた。

美奈子はその中の二つを、ラップに包む。

「え~、珍しい。美奈子がお持ち帰りするなんて。」

「今林君の分だったらあるよ、美奈子。」

同じ調理部の女子生徒が、気を使ってラップに包んだケーキを、美奈子の側に置いた。

「あ……これは家族の分の……」

美奈子はごまかしながら、包んだケーキをカバンの中に入れた。


「高月!」

窓の外から、亮がひょいと、顔を出した。

「来た来た。美奈子、今林君だよ。」

部活の仲間にからかわれながら、美奈子は亮の元へ行った。


「今日も俺の分ある?」

「うん。」

美奈子は亮に、今出来立てのケーキを渡した。

「美味そう!」

亮はそう言うと、一枚のケーキを、二口で食べた。

「よく毎日食べに来るね。好きなの?ケーキ。」

「ん?ああ、そうそう。ケーキがね…」

そう言って亮は、美奈子を見た。

美奈子はその真っ直ぐな視線に気付いて、すぐに別な場所を見た。

「今林君さあ……」

「なに?」

「……今、好きな人とかいる?」

亮からの返事はない。

「今林君?」

美奈子が亮の顔を覗くと、亮は少し赤い顔をしていた。

「今は、いないよ。」

「よかったあ……」

美奈子の笑顔に、亮もつられて笑顔になった。


続けて美奈子は、あの話を切り出す。

「今林君さぁ……同じクラスの恵、知ってるでしょ?」

「ああ、マネージャー?」

「今林君の事が好きなんだって。お願い。恵の事、考えてあげてくれない?」

亮は唖然としていた。

「どうして……高月がそんな事言うの?」

「どうしてって、恵と友達だから……」

亮はクルッと振り返ると、何も言わずに行こうとした。


「今林君。」

美奈子の声に立ち止まった亮は、少しだけ口を開いた。

「そういうのって、友達じゃないと思う。」

「えっ…」

「今の話、聞かなかった事にするから。」

そう言って亮は、グランドに走り去って行った。


ー そういうの、友達じゃないと思う ー

部活が終わって調理室を出た後も、亮の言葉が美奈子の頭から離れなかった。

「高月、高月?」

「えっ?」

美奈子が後ろを振り返ると、担任の勝村が立っていた。

「先生……」

「どうした?こんな時間に、こんな場所で。」

もうすっかり日は暮れて、廊下には誰もいなかった。

「ああ、俺にお菓子持ってきてくれたんだ!」

「あ……」

先生は覚えていてくれた。

美奈子はカバンに入れた、ケーキを取り出した。


「美味そうだな、食べていいか?」

「はい。」

勝村と美奈子は、よく勝村が居座っている、化学準備室に入り、丸い椅子に座った。

勝村は早速、美奈子に貰ったケーキを、口の中に入れた。

「美味いなぁ。コツとかあるのか?」

「一応……粉を混ぜる時に、空気を含ませるようにするんです。」

「この中に入ってるフルーツは、よく均一に散らばってるけど。」

「それは、型に入れる直前に混ぜれば……」

勝村との楽しい時間のはずなのに、美奈子は心が晴れない。

「浮かない顔だな。」

「え?」

美奈子は、顔を上げた。

「俺でよかったら、話聞くよ。」

「話って……」

「悩んでるんだろう?誰かに話してみれば、気も楽になるんじゃないかな。」


勝村は美奈子から見ても、何でも頼れそうな、お兄さんという感じだった。

「先生…」

「なに?」

「私、友達に頼まれたことがあって。」

「へえ。何を頼まれた?」

「……友達の好きな男の子と、私よく話すから、協力してくれって。」

「ふうん。」

「そうしたら、相手の男の子に、そんなのは本当の友達じゃないって……不機嫌にさせてしまって…」

美奈子の目には、涙がたまり始めた。

「高月は……何に泣いてるのかな?」

「何に?」

「友達に、協力できなかった事?本当の友達じゃないって言われた事?それとも、その男の子を不機嫌にさせちゃった事?」
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