桜の下で会いましょう

日下奈緒

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第11章 側の仇

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女房と言うのは、使用人達の事だ。

だからその務めは、女主人、ここで言う桜子の身の回りの世話をする。


着替えの準備から、食事の配膳。

その他の雑用などもした。

仲には乳母をしたり、家庭教師をしたりする者もいた。


「和歌の君。藤壺の女御様が、お呼びです。」

女房の一人が、依楼葉を呼びに来た。

「はい。」

依楼葉が目の前に来ると、藤壺の女御・桜子はウキウキと楽し気にしていた。

「和歌。そなた、私に漢詩を教えてはくれぬか?」

「私がでございますか?」

「そなたは、漢詩も得意なのであろう?私も簡単な漢詩は、分かるようになりたいのじゃ。」

すると依楼葉は、難しい顔をした。

「どうした?和歌の君。」

「正直申し上げますと、女御様が漢詩を学ばれるのは、あまりお勧めいたしません。」

すると周りの女房達は、ざわつき始めた。

「和歌の君。女御様にお言葉を返すとは、失礼であろう!」

だが、桜子はその女房を止めた。

「よい。なぜか、申してみよ。」

「はい。」

微笑みながら尋ねてきた桜子に、依楼葉は答えた。

「女が漢字を読むのは、男にとって面白くない事。ましてや、漢詩を読めるなど、生意気とも受け止められません。」

依楼葉は、ありのままの現状を伝えた。

「だが、そなたは漢詩が読めるのであろう?」

依楼葉は、手をぎゅっと握った。


依楼葉が漢詩を読んだのは、咲哉に扮した時のみ。

それは、男だったからだ。


「私は、漢詩は読めますが、男の方の前では、読めぬ振りを致しております。」

「まあ!」

実際は、そんな機会はないのだが、もしあったらならば、読めない振りをするだろう。

「あの時はあくまで、藤壺の女御様の、お力になればと思っただけでございます。」

出仕そうそう、お怒りをくらうような事をしてしまったと、依楼葉は心の中で、父に謝った。

「申し訳ございません。」

だが、桜子は怒るどころか、微笑んでいる。

「よくぞ、申してくれた。」

「藤壺の女御様?」

周りにいる女房達は、不思議そうに顔を見合わせる。

「もう少しで、帝に愛想をつかされるところであった。和歌よ、有難う。」

「いいえ。お力になれて、何よりでございます。」

すると周りからは、さすがは和歌の姫君と、賞賛の声があがった。


「藤壺の女御様。やはり和歌の姫君をお招きして、正しかったですわね。」

綾子も、和歌の味方だ。

「そうね、綾子。」

藤壺の女御・桜子も、満足そうな表情を浮かべる。


「だけどそうなると、和歌の姫君様は、何のお勤めをすればよいのでしょう。」

綾子が気を利かせて、桜子に尋ねた。

「そうですわね。漢詩の家庭教師になればと、思っていたのですが……」

他の女房も、どうしましょうと言った雰囲気だ。

「よいよい。和歌は、私の身の回りにいてくれれば、それでよい。」

あまりの桜子の気に入りように、周りは驚いたが、相手は関白左大臣家の姫君。

自分達とは、格が違う。

「そ、そうですわね。」

一瞬、女房達がざわつき始めた事を、依楼葉は見逃さなかった。


「藤壺の女御様。」

「どうしました?和歌。」

「私の事を、そこまでお気に召して頂いて、有難うございます。ですが、出仕したばかりの私では、女御様の御話し相手にもなりません。まずは、身の回りのお世話などさせて頂ければと思います。」

「それがいいわ。」

一番最初に反応したのは、綾子だった。

もし依楼葉が、桜子の身の回りの世話をすれば、一緒にお勤めできると思ったのだ。

「そうよのう。皆も、そう思うかのう。」

桜子の質問に、他の女房もうんうんと、頷いた。

依楼葉は、ようやくほっと、一安心した。


「では、和歌の姫君。早速、参りましょうか。」

「はい、綾子様。」

綾子と依楼葉は、頭を下げると、桜子の元を離れた。

危ないところだった。

あのまま、女御様の側にいる事になれば、他の女房達の妬みを買い、隼也を支える事も、難しくなるところだった。

依楼葉は、思わずはぁーと、ため息をついた。


「お疲れになられました?」

綾子は、そんな依楼葉を気遣った。

「いいえ。」

依楼葉は、笑顔で答える。」

「最初は、あのようなものよ。そのうち皆、気心知れてくるわ。」

「はい。」

そう言えば綾子も、右大臣家の姫だった。

もしかしたら、自分と同じ気疲れをしていたのかもしれない。


「そうだ。私、綾子様に聞こうと思っていた事があるの。」

「なあに?和歌の姫君。」

「どうして綾子様は、お名前で呼ばれているの?」

依楼葉を和歌の君と呼ぶように、通称で呼ぶのが普通だった。

「だって織姫って、あまり好きではないのよね。」

「そうなの?」

「一年に一度しか会えないし、機織りだって縫物だって、した事がないんですもの。」
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