上 下
62 / 62
王の取り計らい

しおりを挟む
こうして私達は、モルテザー王国の皇太子夫妻として、新たなスタートを切る事になった。

なになに?

じゃあ、医者の仕事はって?

それは……


「はい!診て貰いたい人、手を挙げて。」

「はーい!」

私は、手をチョコンと挙げた男の子の前に座った。

「具合が悪いのかな。ちょっとお姉ちゃんに、身体を見させてちょうだいね。」

肺の音を聞くと、かなりヒューヒューと言う音が聞こえる。


私は相変わらず、バスで1時間かけてこのサハルに来て、医者を続けている。

「ったく。未来の王妃が、へき地で医者をやっているなんて、日本人が聞いたら、腰を抜かすよ。」

「全くだ。」

皇太子妃になっても、仕事を辞めようとしない私に、土井先生と津田先生も呆れ顔だ。

「で?いつ式を挙げるんだ?」

「来月です。」

「来月!?アムジャドもさっさと式を挙げればいいものを。」

「皇太子の挙式となると、大掛かりな準備が必要なんですよ。」

「なんだか、他人事みたいだな。」

津田先生が、後ろから話しかけてきた。

「アムジャドの挙式と言う事は、千奈ちゃんの挙式でもあるんだろ。」

「まあ、そうですけど。」

他人事だと思えるのは、私の中にまだ皇太子妃と言う自覚がないから。

挙式をしたら、そんな自覚も芽生えてくるのかな。


「それにしても、千奈ちゃんとアムジャドが結婚か。」

津田先生が感慨深そうに、涙を拭う。

「千奈ちゃん、辛かったらいつでも、戻ってきていいんだよ。」

「はい。って言っても、ずっとここにいますけど。」

医者になった時は、こんな私でいいのかと悩んだ時もあったし、この治療方針でいいのか、土井先生ともぶつかり合った時もあった。

でも今では、そんな時間さえ愛おしいと思う。

「ところで、同じ皇太子妃候補だったジャミレトさんは、どうするんだ?」

「それが……」

国王が、私達の結婚を告げると、ジャミレトさんは意気消沈で、今にも倒れそうだった。

それもそうだ。

小さい頃から王妃になる事を、信じ込まされ、今になってなれませんなんて、これからどうすればいいか、分からなくなるよね。

「……皇太子の妾妃にもなれないんですよね。」

「ジャミレト。すまない。妃はチナだけだと誓っている。」

鼻をすするジャミレトさんは、そのまま部屋を去った。

あまりにも悲しい別れに、私が後を追いかけると、イマードさんがジャミレトさんの腕を掴んでいた。

「放して!」

「放さない。俺はずっと、あなたに恋焦がれていた。」

おっ!

私は柱の陰に隠れた。

「あなたが皇太子の花嫁にならなければ……ずっと、そう思っていた。」

「イマード。」

イマードさんは、ジャミレトさんを抱き寄せた。

「あなたを手に入れるのは、今しかないと思う。どうか俺の花嫁になってくれ。」

うそおおお!

イマードさんが、ジャミレトさんにプロポーズしている。

「今は考えられないわ。」

「そうか。」

うー。断られて、悲しい顔をしているよ。イマードさん。

「でも……これからは、有り得そうだけどね。」

「ジャミレト……」

もう二人の間に流れるラブラブな雰囲気に負けて、私は戻ってきてしまった。

「ジャミレトの様子はどうだった?」

「私達が心配する事はないみたい。」

私は両手を挙げて、参ったのポーズ。

「そうか。ジャミレトは意外に強いからなぁ。」

「そんな訳ないでしょ。好きな人に振られて。」

そう言うとこは鈍感なアムジャドに、教えてあげた。

「イマードさんが、ジャミレトさんにプロポーズしていた。」

「イマードが!?」

アムジャドはすごく驚いている。

「あいつ、上手く隙をついてやったな。」

「知っていたの?イマードさんが、ジャミレトさんを好きだって。」

「ああ、知っていたよ。あいつは不器用だからな。」

アムジャドは、そう言って笑っていた。

「イマードさんとジャミレトさん、結婚するのかな。」

「おいおい、まだ早いだろ。」

アムジャドが私の妄想を止める。

「早いって事はないわよ。女にとって、愛されている男の人と結婚するのは、幸せな事よ。」

するとアムジャドは、子供みたいに難しい顔をした。

「ジャミレトは、少し前まで僕の婚約者だったんだぞ。そう簡単に、他の男を好きになってたまるか。」

「はいはい。」

要するに、嫉妬なんだよね。

自分の所有物を取られたくない、子供の我が侭?

「チナは、そんな事ないな。」

「どうかな。」

「おい、チナ。」

「嘘だよ。」

私達は、顔を見合わせて笑った。

1カ月後。

私とアムジャドの挙式が催され、国民にみんなが私達の結婚を祝ってくれた。

「アムジャド皇太子!」

「チナ皇太子妃!」

快くこの国に受け入れられたのは、サハルの一件が、国中に伝わったからだと思う。

「今度の皇太子妃は、お医者様みたいよ。」

「しかも、皇太子妃になられても、サハルでお医者様を続けていらっしゃるんでしょ。」

集まってくれた人の視線が痛い。

みんな、私に期待しすぎだよ。


「チナ。僕は君に出会えた事、神様に感謝するよ。」

「私も。あの時、アムジャドに出会えてなければ、こんなにも素晴らしい人生は、待っていなかったわ。」


思えば、まだ医学生だった頃。

津田先生に、ふいに紹介されたアムジャド。

一目で恋に落ちた。

あの瞬間が、夢のよう。


「これからも、チナを愛し続けるよ。」

「私の方こそ。あなたを第一に想うわ。」


これから始まるシンデレラストーリー。

でも私は、敢えていう。

誰にでも訪れる、ラブストーリーだと。



ーEND-
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

処理中です...