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生きたい
④
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ベッドに寝かせられると、私の息は荒くなった。
「どうしたと言うんだ。風邪じゃなかったのか。」
私はアムジャドの腕を掴んだ。
「アムジャド。私を置いて、今直ぐ部屋を出て。」
「なに?」
「これは、サハルで流行っている風土病よ。周りに移ったら大変な事になる。」
「分かった……」
アムジャドは、サヘルをはじめ女中達に、部屋から出て行くように指示をした。
「薬は、サハルにあるんだな。」
「うん。」
はぁはぁと荒く呼吸をしながら、私は目を瞑った。
あの子達、こんな苦しい思いをしていたなんて。
その上、お母さん達とも離れ離れにされて、悲しい思いをしただろうに。
もっと側に寄り添ってあげればよかった。
「チナ!しっかりしろ!」
アムジャドの声が、遠くに聞こえる。
「今直ぐに、サハルから薬を持って帰ります!」
イマードさんが、大きな声をあげた。
「イマード。頼む。」
「はい!」
その時だった。
「アムジャド皇太子、大変です!」
「どうした!」
「サハルへ行く道路の一部が、土砂崩れで封鎖されました。明日のサヘル行きは難しいかと。」
辺りがシーンとなる。
「……そんな馬鹿な。」
アムジャドが、私の手を握る。
「ああ、どうしたらいいんだ。」
「アムジャド?」
「薬が……手に入らない。」
「えっ?」
「土砂崩れで、道が封鎖されてしまった。」
私は、アムジャドの手を強く握った。
「大丈夫。子供達だって、血液検査の結果が出るまで、点滴で頑張ったんだもの。私も頑張るわ。」
「チナ……」
「さあ、アムジャドも部屋から出て。移ったりしたら、仕事に差し障るもの。」
私はアムジャドの手を放した。
「いや、僕はチナの側にいる。」
放した手を、アムジャドは握り返した。
「ダメよ。あなたまで病気になったら。」
「僕は病気にならない。」
目を開けて、アムジャドの真っすぐな瞳を見た。
「チナ、今夜はゆっくりお休み。明日、病院の医師を連れて来て、点滴をさせよう。」
「うん。」
私は目を閉じると、スーッと夢の世界へと落ちた。
「チナ。愛している。」
その言葉と共に。
しばらくすると、私は真っ白な世界を歩いていた。
「ここはどこだろう。」
歩いても歩いても、白い世界。
すると、遥か向こうに人が歩いていた。
「おーい!」
呼んでもその人は、こちらを振り返らない。
「ねえ!聞こえる?」
私はその人の後を追いかけるように、走った。
「待ってよ!」
振り向いたその人は、肺炎で命を落としたあの男の子だった。
「えっ!」
「何を驚いているの?」
男の子は、真っすぐ私を見つめている。
「僕、死んじゃったんだ。」
「う、ん……」
すると男の子は、私の腕を掴んだ。
「お姉ちゃんも、こっちの世界においでよ。」
目の前を見ると、白い世界に、ぽっかり黒い渦が浮かび上がっていた。
「きゃあああ!」
私は腕を振り払って、黒い渦とは反対の方向に、走って逃げた。
走って走って、逃げて逃げると、白い靄の中から数人の子供達が現れた。
その子供達には、見覚えがあった。
風土病で苦しんで、診療所のベッドで横になっていたあの子供達だ。
中には、涙目で私に訴えていた、あの子供もいる。
「お姉ちゃん。僕達、助からなかったよ。」
「えっ?」
「私達、死んじゃったんだ。」
「嘘!」
どうして!?
薬は届いて、皆に注射したって言うのに。
「ねえ、お姉ちゃん。僕達、今からあの黒い渦の中に、吸い込まれるんだ。」
身体が震えた。
「一緒に行こう。」
「いやああ!」
また別な方向に逃げようとすると、あの涙目で訴えていたあの子供が、私の腕を掴んだ。
「お姉ちゃんだけ助かろうなんて、虫が良すぎるよ。」
その目は、涙目ではなく憎悪に満ちたものだった。
「やめてええええ!」
「チナ!チナ!!」
アムジャドの、私を呼ぶ声が聞こえた。
「アムジャド!」
気づけば、私の目からは涙が出ていた。
「大丈夫か?チナ。」
「アムジャド……何でここに?」
「チナが心配で、ずっとここにいたんだ。」
私の目からは、また涙が出た。
死ねない。
アムジャドを置いて、死ぬ事なんてできない。
「サハルの診療所の子供達、何人か死んでいる?」
「分からない。道が塞がれていて、そういう情報も一切入ってこない。」
でも分かる。
あの子達は、命を落とした子達だ。
「アムジャド……私、まだ生きたい。」
「当たり前だ。死なせてたまるか。」
アムジャドが私の手の甲に、キスをした。
「今、イマードが現場に行って、道を通そうとしている。薬さえ手に入れば、チナも助かるはずだ。」
「でも、助からない子供もいた。」
「チナは助かる。僕が保証する。」
「アムジャド……」
まだ生きたい。
アムジャドと一緒に生きていきたい。
神様、お願い。
この祈りを叶えさせて。
「どうしたと言うんだ。風邪じゃなかったのか。」
私はアムジャドの腕を掴んだ。
「アムジャド。私を置いて、今直ぐ部屋を出て。」
「なに?」
「これは、サハルで流行っている風土病よ。周りに移ったら大変な事になる。」
「分かった……」
アムジャドは、サヘルをはじめ女中達に、部屋から出て行くように指示をした。
「薬は、サハルにあるんだな。」
「うん。」
はぁはぁと荒く呼吸をしながら、私は目を瞑った。
あの子達、こんな苦しい思いをしていたなんて。
その上、お母さん達とも離れ離れにされて、悲しい思いをしただろうに。
もっと側に寄り添ってあげればよかった。
「チナ!しっかりしろ!」
アムジャドの声が、遠くに聞こえる。
「今直ぐに、サハルから薬を持って帰ります!」
イマードさんが、大きな声をあげた。
「イマード。頼む。」
「はい!」
その時だった。
「アムジャド皇太子、大変です!」
「どうした!」
「サハルへ行く道路の一部が、土砂崩れで封鎖されました。明日のサヘル行きは難しいかと。」
辺りがシーンとなる。
「……そんな馬鹿な。」
アムジャドが、私の手を握る。
「ああ、どうしたらいいんだ。」
「アムジャド?」
「薬が……手に入らない。」
「えっ?」
「土砂崩れで、道が封鎖されてしまった。」
私は、アムジャドの手を強く握った。
「大丈夫。子供達だって、血液検査の結果が出るまで、点滴で頑張ったんだもの。私も頑張るわ。」
「チナ……」
「さあ、アムジャドも部屋から出て。移ったりしたら、仕事に差し障るもの。」
私はアムジャドの手を放した。
「いや、僕はチナの側にいる。」
放した手を、アムジャドは握り返した。
「ダメよ。あなたまで病気になったら。」
「僕は病気にならない。」
目を開けて、アムジャドの真っすぐな瞳を見た。
「チナ、今夜はゆっくりお休み。明日、病院の医師を連れて来て、点滴をさせよう。」
「うん。」
私は目を閉じると、スーッと夢の世界へと落ちた。
「チナ。愛している。」
その言葉と共に。
しばらくすると、私は真っ白な世界を歩いていた。
「ここはどこだろう。」
歩いても歩いても、白い世界。
すると、遥か向こうに人が歩いていた。
「おーい!」
呼んでもその人は、こちらを振り返らない。
「ねえ!聞こえる?」
私はその人の後を追いかけるように、走った。
「待ってよ!」
振り向いたその人は、肺炎で命を落としたあの男の子だった。
「えっ!」
「何を驚いているの?」
男の子は、真っすぐ私を見つめている。
「僕、死んじゃったんだ。」
「う、ん……」
すると男の子は、私の腕を掴んだ。
「お姉ちゃんも、こっちの世界においでよ。」
目の前を見ると、白い世界に、ぽっかり黒い渦が浮かび上がっていた。
「きゃあああ!」
私は腕を振り払って、黒い渦とは反対の方向に、走って逃げた。
走って走って、逃げて逃げると、白い靄の中から数人の子供達が現れた。
その子供達には、見覚えがあった。
風土病で苦しんで、診療所のベッドで横になっていたあの子供達だ。
中には、涙目で私に訴えていた、あの子供もいる。
「お姉ちゃん。僕達、助からなかったよ。」
「えっ?」
「私達、死んじゃったんだ。」
「嘘!」
どうして!?
薬は届いて、皆に注射したって言うのに。
「ねえ、お姉ちゃん。僕達、今からあの黒い渦の中に、吸い込まれるんだ。」
身体が震えた。
「一緒に行こう。」
「いやああ!」
また別な方向に逃げようとすると、あの涙目で訴えていたあの子供が、私の腕を掴んだ。
「お姉ちゃんだけ助かろうなんて、虫が良すぎるよ。」
その目は、涙目ではなく憎悪に満ちたものだった。
「やめてええええ!」
「チナ!チナ!!」
アムジャドの、私を呼ぶ声が聞こえた。
「アムジャド!」
気づけば、私の目からは涙が出ていた。
「大丈夫か?チナ。」
「アムジャド……何でここに?」
「チナが心配で、ずっとここにいたんだ。」
私の目からは、また涙が出た。
死ねない。
アムジャドを置いて、死ぬ事なんてできない。
「サハルの診療所の子供達、何人か死んでいる?」
「分からない。道が塞がれていて、そういう情報も一切入ってこない。」
でも分かる。
あの子達は、命を落とした子達だ。
「アムジャド……私、まだ生きたい。」
「当たり前だ。死なせてたまるか。」
アムジャドが私の手の甲に、キスをした。
「今、イマードが現場に行って、道を通そうとしている。薬さえ手に入れば、チナも助かるはずだ。」
「でも、助からない子供もいた。」
「チナは助かる。僕が保証する。」
「アムジャド……」
まだ生きたい。
アムジャドと一緒に生きていきたい。
神様、お願い。
この祈りを叶えさせて。
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