【R18】Gentle rain

日下奈緒

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雨あがり

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「私はあなたが好きよ。」

聞こえてきたのは、優しい声だった。

「誕生日の時。あなたからプレゼントを貰って。どんなに嬉しかったかわかる?」

菜摘さんの抱きしめる腕の力が強くなる。

「私の父に一言だけ言って。私と結婚するって……そうすれば楽になるわ。」

「楽になる?」

「ええ。仕事も今までと同じようにできるになるわ。」


机の上の山積みの書類が、俺の目から離れない。


「美雨さんを忘れられないというなら、それでもいいわ。私は平気よ。あなたが毎日、私のいる場所に帰ってきてくれるなら、それでいいから……」


美雨を想ったままでいい?

自分のやりたい仕事をして、菜摘さんと子供たちの待つ家に帰って……

そんな毎日を暮らす。


「ねえ。いいでしょう?そんな暮らしも。」




人は一体何を望んで生きているのだろう。

やりがいのある仕事?

愛してる人との暮らし?

それとも………?


「菜摘さん。俺もあなたの気持ちは嬉しい。」

俺は菜摘さんの腕を掴んだ。

「階堂さん。」

その腕を少し手前に引いて、菜摘さんを俺の横に座らせた。


「菜摘さんと結婚すれば、俺は平凡な幸せを手に入れることができると思う。」

「じゃあ、私と……」

「でも、それは俺の望む人生じゃないんだ。」

菜摘さんの笑顔は、一瞬で消えた。


「今の仕事ができなくなってしまうのは、俺の実力が足りなかったせいだ。誰かのせいじゃない。平凡な幸せを手に入れることも諦めるしかない。」

「どうして!?」

菜摘さんは俺の両肩に、手を添えた。

「今まで成功する為に頑張ってきたのに!どうしてあんな若い女の為に人生を諦めなきゃいけないの!?」


俺を責める菜摘さんを、真っ直ぐに見つめた。

「出会ってしまったから。」

「えっ?」

「欠けた自分の半分を埋めてくれる人に、俺は出会ってしまったから。」

菜摘さんは、そっと俺から離れた。


「私じゃあ、ダメなのね。」

「そうじゃないよ。俺が…美雨じゃないとダメなんだ。」

しばらくの沈黙後、菜摘さんは部屋を出て行った。

後から残ったのは、虚しさとただただ残る美雨への想いだけだった。


俺は床に敷いてる絨毯の上に、大の字になって寝そべった。

いい歳をした男が、一人の女の子を恋しく思って涙をこぼしているなんて。

誰が聞いても情けない話なんだ。


そんな自分が可笑しくなって、自分で自分を笑った。

笑い転げた後に、目に飛び込んできたのは、真っ暗な部屋の窓に映る雨。

激しく振るわけでもなく、霧雨のように体に纏わりつくでもない。


こんな雨の中。

美雨は、どんな気持ちで俺の元から去ったんだろう。


少しでも俺の事を愛してくれていたのなら。

もしこの別れが、彼女の心を激しく痛めるのだったら……




この柔らかく振る雨が

彼女の心の痛みを

少しでも和らげてくれればと

願わずにはいられなかった


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