【R18】Gentle rain

日下奈緒

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心と体

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「なあ、美雨。」

「なあに?」

「美雨と一つになりたい。」

戸惑うように、美雨は小さく微笑んだ。

「ここで?」

「うん。」

「ここ、リビングだよ?」


そうだ。わかっている。

「ベッドまで待てないんだ。」

欲求に任せて、美雨の首筋にキスをしていく。

抵抗するでもなく、美雨はソファへと、自分の身体を寄せていく。

美雨の服を一枚一枚はがしていって、終いには自分の服を、一度に脱ぎ捨てた。

彼女の体が、俺の指に合わせて、ピクンピクンと動きだす。

美雨の声は、こっちまで溶けてしまいそうになるくらい甘い。


「愛してる、美雨。」

「私も……敦弥さん。」

その言葉がウソではない事を確かめるように、俺達は一つに繋がった。

「ああ、美雨……」

そのまま息もできないくらいに、ぎゅっと美雨を抱きしめた。

「このままでいい。このままずっと、美雨と繋がっていたい。」

「えっ?」

恍惚な瞳が、恥ずかしそうに目を潤ませる。

「そんなこと、できない……」

「うん……」

確かに一つになるには、限界がある。

我々は男と女であって、別々な個体。

いくら人間としての愛情があっても、生き物としての欲求が済めば、それは終わってしまう。

「離れたくないんだ。」

「敦弥さん?……」

「体と一緒に、心も求めてしまう。」


なんて切ないんだろう。

まるで胸が引き裂かれそうだ。


「美雨。君の体がほしい。でもそれ以上に、君の心がほしいんだ。」


今まで散々、他の女で身体だけを重ねてきた。

それでもよかった。

欲求が満たされれば、それで。


「私もよ、敦弥さん。」

美雨は俺の首に腕をまわした。

「私も敦弥さんの身体と一緒に心がほしいの。私の全てを焼き尽くすような熱い身体と、心が溶け合うような熱い心が。」

そして俺達は、貪るようなキスを交わした。


もう美雨は俺の一部で、俺は美雨の一部のような気が、その時したんだ。

次の日の朝、目が覚めると横に美雨が眠っていた。

スーッと寝息を立てて、俺の胸で安心しきったように、眠っている。

ああ、この寝顔を見ることができるのは、自分だけなのだと思うと、このまま時が止まればいいとさえ思う。


「ぅ…ん…」

目が覚めたのか、美雨は急に寝返りを打ち始めた。

よくみると、ソファとテーブルの間に、毛布を何枚も敷いてあった。

床に寝ても体が痛くならないように、美雨が持ってきてくれたのだろう。


「おはよう、美雨。」

虚ろな目で俺を見た俺は、毛布で顔を半分隠しながら、「おはよう。」と呟いた。

「今日は小林さん、来るの?」

「ううん…来ない。今日、日曜日だから。」

小林さんというのは、夏目家のお手伝いさんのことで、ほぼ毎日この家に通って来てくれると言っていたのだが……

「日曜日は来なくなったの?」

俺の質問に、美雨はクスクス笑い出す。

「だって兄さんも私も、もう大人よ?日曜日くらい自分でご飯を作るわよ。」

そう言って、俺の体にまとわりつきながら、また可愛い笑い声をあげた。

何も着ていない肌同士が、身体をくっ付き合うのは、ほんのり温かみを帯びて、心地がいいものだ。

俺の腕の中でじゃれついている美雨が、猫っぽく見える。

そっと美雨を抱き寄せて、耳元で囁いた。


「今、抱いてもいい?」

「えっ?朝から?」

目を丸くしてこっちを見ている美雨が可笑しくて、フッと笑った後に、また美雨の身体を愛おしそうに、撫でまわした。

滑らかで柔らかい肌。

聞こえてくる美雨の甘い吐息。

夜の暗闇では感じることができないものが、朝は視界から見ることができる。


そして一つの疑問が、生まれた。

美雨は、30も半ばを過ぎた俺の事を、どう思っているんだろう。

同じ大学には、もちろん美雨と同じ年代の男達がいるわけだから、肌艶や体つきだって、俺のものとは違うだろうに。


「敦弥さん?」

「あまり俺の体、見ないでくれる?」

「…どう……してぇ……?」

「美雨からしたら……俺、なんて…もうすぐおじさんだろ?」

俺の腕の中で、美雨は“ううん”と首を横に振った。

「今の、敦弥さん…が……いいの……」

そして恥ずかしそうに口元に当てていた腕を、俺の胸に当てた。

「ずっと年上の人でも…もうすぐ…おじさんになる人でも……敦弥さんじゃなきゃ…敦弥さんじゃなきゃ…いやなの…」

「美雨…」

俺にはもう美雨しかいないって、年甲斐もなく思っているのに。

これから先美雨には、俺以上の男が現れて、俺の知らない間に美雨を連れ去っていくかもしれない。

そんな事を考えたら、急に視界がぼやけてきた。


「…泣かないで。」

「泣いてなんか、いないよ。」

嘘がバレないように、美雨の白くて長い首元に、顔をうずめた。

「ねえ…敦弥さん……私の、お願いも、聞いて……」

「なあ…に……」

「もっと…激しく……抱いて………敦也さんの、全部が、ほしい……」



ああ、本当に俺は、美雨がいなければ、生きていけない事を、その時知ったんだ。

美雨の兄である太我が、家に帰ってきたのは、昼もすっかり過ぎていた頃だった。

「は?階堂?」

「よっ!太我!!」

「何が急に太我だよ。って言うかなんで階堂が、日曜日に俺の家にいるんだよ。」

出張に行っていたという太我は、大きな旅行カバンを肩に乗せ、リビングの入り口でボーっと立っていた。


「あら、兄さん。お帰りなさい。」

美雨がエプロン姿で、遅い昼食を用意してくれていた。

「なんだ、美雨。わざわざ階堂の為に、昼飯用意したのか?」

「兄さんのもあるわよ。」

そう言って美雨は、太我の席にも今作ったばかりのオムライスを置いた。

「やけに用意がいいな。」

「だって兄さん、出張に行った次の日はいつも、この時間に帰ってくるでしょ?」

「そうだけどさ…」

大我は腑に落ちないような表情で、カバンをソファにドサッと置いた。

ピシッとアイロンのきいたシャツの袖をまくって、自分の席にある椅子に、勢いよく座った。

「太我。」

「ん?」

「出張から帰ってきた割には、いいシャツを着ているな。」

「そうかな。」

少し疲れているせいなのか、それとも自分の自宅という事が、余計な力を抜かせているのか、彼は俺の知っている以上に、リラックスしている様子だった。

「兄さんにはね。甲斐甲斐しく世話をしてくれる人がいるのよ。」

「へえ。」

美雨が嬉しそうに、俺に報告する。

「へえって、階堂にもいるじゃないか。世話してくれる人が。」

「まあ…な。」

否定もしなかった俺に、疲れていた太我が急に身体を起こした。

「やっぱり噂は本当だったのか。」

「噂?」

太我はようやく、美雨の作ったオムライスを、頬張りだした。

「ああ、階堂と森川社長のお嬢様が、結婚するんじゃないかっていう噂。」

その途端、キッチンからガシャンッという音が聞こえた。

「おい!大丈夫か?美雨。」

大我に声を掛けられた美雨からは、返事がない。

「美雨?美雨!?」

噂に夢中の太我をそっちのけで、俺はキッチンにいる美雨の元へ向かった。

しゃがんで、割れた皿を拾う美雨が、そこにはいた。

俺は美雨の横に、同じようにしゃがんで、割れた皿の欠片を拾った。

「大丈夫か?」

「うん……」

その声があまりにも弱々しくて、俺は一気に皿の欠片を、片づけた。

無理もない。

二人で激しく愛し合ったのは、つい数時間前だ。

「階堂?」

ふいに太我の声が、低くなるのを感じた。

「おまえ、もしかして……」

急に太我の目が鋭くなる。

「美雨に、手を出したのか?」

立ち上がって、キッチンのカウンターの横に立った。

「太我。報告が遅くなってすまない。付き合っているんだ、美雨ちゃんと。」

その瞬間、俺の頬に痛みが走って、俺の体はキッチンの中にいた、美雨のいる場所まで飛ばされた。

「敦弥さん!!」

美雨は俺の前に座って、太我がそれ以上、俺に近づけないようにした。
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