【R18】Gentle rain

日下奈緒

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心と体

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頭のいい子だから、今俺が会っている人物が、森川社長のお嬢様だと言うことは知っているのだろうが。

「行きましょうか。」

俺は菜摘さんを連れて、部屋を出た。


調度昼食の時間らしく、会社の近くのお店は、どこも混んでいた。

「あの、どちらへ?」

しばらく歩いたせいか、菜摘さんは不安そうな顔をしていた。

「ああ、この先に、パスタのランチメニューを置いているお店があるんです。」

「パスタ!?」

「あれ?嫌いですか?パスタ。」

菜摘さんはしばらく黙った後、首を横に振った。

「期待していて下さいよ。会社の女の子が、美味しいって言ってましたから。」

「…はい。」

女性はパスタが好きという一方的な固定観念と、そこまで美味しいと言われているお店がどんなものなのかと言う好奇心が、菜摘さんを食事に誘う、いい意味でのきっかけになっていた。

「ここだ。」

お店の名前を確認して、中へと入る。

やはり繁盛店というだけあって、順番を待つOLさん達が、長椅子へと座っていた。

「どうぞ。」

とりあえず菜摘さんを椅子に座らせ、俺はその隣で立たされ坊主を決めていた。


「よくここには、いらっしゃるんですか?」

先ほどの仕事モードとは打って変わって、、あのパーティーで会った菜摘さんをその時見た。

「いえ。初めてです。噂にはよく聞くんですけどね。」

そんな会話をしていると、店員さんがメニュー表を持ってきてくれた。

「どうぞ。お決まりでしたら、お伺い致します。」

そう言って店員さんは、他の人にはグループに一つメニュー表を渡して行ったというのに、俺達には菜摘さんに一つ、俺に一つと別々にメニュー表を渡して行った。

お昼時で忙しいのか、店員さんはすぐに、お客さんの方へと消えてしまった。


「おひとり様だと、思われたんでしょうか。」

「いや。見るからに初めてだと言うことが、バレたんですよ。」

お互いに苦笑いをした。

「決まりました?」

先手を切ったのは、菜摘さんの方だった。


「そうですね。タラコにしようかな。」

無難なところで、収まろうとする自分。

「じゃあ、私はカルボナーラにしようかしら。」

菜摘さんもありきたりと言ったら、傷付くかな。

「なんだか定番ばかりですね。」

菜摘さんはメニュー表で、恥ずかしそうに口元を隠した。

「ははは!意外とこういうお店って、定番メニューが美味かったりしますから。」

これは、俺の持論。


「そうですね。」

そう言って菜摘さんは、たまたま通った店員さんに、声をかけた。

「すみません。タラコとカルボナーラを下さい。」

「ありがとうございます。」

店員さんが去って行った後、菜摘さんはウフフと、笑みを浮かべた。

その時、俺はなぜか自分に、罪悪感を持ってしまった。

「菜摘さん。」

「はい。」

目をクリクリさせて、俺の質問を待っている。

「パーティーの後……」

そう。

あのパーティーで、俺と菜摘さんは、暗闇の中キスを交わした。

「メールをしたのに……」

少なくてもあのメールの時点では、お互いの未来に期待していたはずだ。


「その後、全く……」

「いいんです。」

俺の気持ちとは裏腹に、菜摘さんは何も気にしていない様子だった。

「さっきも言ったでしょう?社交辞令だと思っていたって。」

「ああ。」

確かにそうだけれども、キスを交わした相手が、社交辞令で食事に誘うと、本気で思っているのか?

「いや、あれは……」

「ほら、席空きましたよ。」


店員さんに呼ばれて、俺達二人は、お店の奥のテーブルの席に通された。

「あの、菜摘さん。」

タイミングがいいのか悪いのか、注文したパスタが、席に座ってすぐに出てきた。

「ご注文はお揃いでしょうか。」

「はい。」

「ごゆっくりどうぞ。」

店員さんが席からいなくなると、菜摘さんは嬉しそうに、スプーンとフォークを手に取った。

「はい、どうぞ。」

菜摘さんに手渡されたその二つを、俺は無言で受け取った。

「……どうも。」

受け取ったスプーンとフォークを手元に置き、俺は添えてあったレモンをパスタの上に絞った。


「いいんです。忘れて頂いて。」

菜摘さんは、陽気に話し始めた。

「別にキスしたからって、付き合っているとは限らない。」

清純な菜摘さんから、想像もできない言葉。

「お互い、30代半ばになれば、そういうこともありますよ。」


菜摘さんは、俺が思うよりも、大人の女性なのかもしれない。

「そんな簡単に、割りきれますか?」

「割りきれませんでしたよ。」

あっさりとそう答えた菜摘さん。

「でも、思ったんです。あのキスで、階堂さんの心を掴めなかったのは、仕方がないって。」

「はあ……すみません。」

「アハッ!どうして謝るんですか?」

そう言って菜摘さんは、急にクスクス笑い出した。

「なんか、不思議ですよね。」

「不思議?」

「はい。歳を重ねる事に、身体の相性よりも、心の相性を求めてしまう気がしませんか?」

俺はすぐにはいとは、返事ができなかった。

「何でもないキスを交わした時でさえ、心が打ち震えるような情熱を求めてしまう。」

「でも、私たちは何も感じなかった。ただそれだけの事でしょう?」

肯定も否定もできない。

肯定すれば、菜摘さんを傷つけ、否定すれば美雨を裏切ったような気がするからだ。


「うん。このカルボナーラ、美味しい!そちらはいかがですか?」

「ああ……やっぱり美味しいですよ。クリーミーなのに、さっぱりしていて。」

今までの神妙な話がウソのように、菜摘さんはふふふっと笑った。

「ここ、お店の雰囲気もいいし。また来ようかな。」

「ええ、ぜひ。また来ましょう。」

そして菜摘さんは、つきさっきの俺と同じように、返事をしない。


大人というのは、白黒はっきりさせない時がある。


子供の頃は、相手に期待させてしまうと、純粋な年代なだけに、いつまでもその期待を消えなくさせてしまう。

じゃあ、大人はどうなんだろう。


経験から、その期待はしぼんでいくのではないだろうか。

だから敢えて、その期待をむやみに消さないのかもしれない。


菜摘さんと別れて、会社に一人戻ろうとした時だった。

「階堂さん?」

どこかで聞いた覚えのある声に、少しだけ身体を横に向かせた。

「ああ、やはり階堂さんだ。」

自分に近づいてきたスーツ姿の男性。

やはりどこかで会った気がした。


「覚えていますか?」

「……森川社長のパーティーに来ていた方ですよね。」

名前までは覚えていないが。

「はい。三科です。」

「ああ、そうだ。三科君だ。」

そう言えば、菜摘さんはあまりタイプじゃないと、言いきった男だ。

「こんな場所で会うとは、驚きました。階堂さんの会社、もう少し先ですよね。」

「……よく知ってるね。君の会社はこの周辺?」

「いえ。ここからは、2ブロック先です。歩けば20分ぐらいかかります。」

普通は人の会社の場所なんて、自分の会社の近くじゃなければ、知らないだろ。

「こっちには仕事で来たの?」

「いえ。昼飯を食べに。」


可笑しな事に、彼の一言一言が、手が止まる程常識外の返事だった。

「昼飯って、時間大丈夫なの?歩いて20分もかかるんでしょ?」

「ああ、自分は特に時間の制限はないので。」

「……あっ、そうなんだ。」

まだ20代半ば程だというのに、なぜか高待遇を受けている彼は、中身も少しの事では動じない、肝の据わった目をしていた。

「実は俺も、知り合いと昼飯食べに来たんだよ。」

「知っています。俺も同じ店にいたんで。」

「あっ、いたんだ。声、掛けてくれればよかったのに。」

これにもさすがの三科君も、嬉しそうに笑った。


「そうだ。またこの辺まで昼飯食べに来るなら、俺に連絡して。時間が合えば、昼飯一緒に食べよう。」

「いいですね。階堂さんと昼飯って。」

俺はポケットから携帯を取り出した。

「俺の連絡先教えるよ。」

今の携帯は振るだけで、連絡先を交換できるから便利だ。

「ありがとうございます。」


三科君の連絡先が、俺の携帯に映った。

「一緒にいたお知り合いの方って、森川社長のお嬢様ですよね。」

ちらっと彼を見ると、携帯ではなく俺を見ていた。

「ああ、そうだよ。」

知っているのなら、隠す必要もない。

「付き合っているんですか?」

「いや……」

「気をつけた方がいいですよ。あの女には。」


何を知っている?

思えばこの男、最初から俺を知っていたし、俺の会社の場所まで知っていた。

今度は何を俺に吹き込もうとしているんだ?
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