【R18】Gentle rain

日下奈緒

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偶然

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あの雨の日の後、大学からの帰り道に見つけた雑貨屋さんで、偶然アルバイト募集の、張り紙を見つけた。

すぐに電話をした甲斐があってか、すぐに採用が決まった私は、念願の“雑貨屋で働く”という夢の一歩を踏み出した。


仕事を始めて2週間。

覚える事はたくさんあり過ぎて大変だけど、仕事は順調だと思う。


「うん。大分店員さんらしくなってきたわね。」

店長の工藤さんが、何回も頷きながら褒めてくれた。

「ありがとうございます。」

バイトも初めての私に、工藤さんは接客を、一から教えてくれた先生みたいな人。

そんな人に褒められるなんて、ヘトヘトになりながらも、この2週間頑張ってきてよかった。


「すみませ~ん。」

お店の奥で、お客様が叫んでいる。

「はい。ただ今。」

私は急いで、その場に行く。

「このお皿のセット、プレゼント用に包んで下さい。」

「かしこまりました。お待ちくださいませ。」

棚から品番を見つけ、メモ紙に書きとめると、裏の倉庫へ行き、在庫がないか確認する。

「あった。」

壊さないように、倉庫から出して、お客様が待つレジの前へと置いた。

「こちらでお間違いないでしょうか。」


お客様の返事を聞いて、また箱の蓋を閉じると、店長は目くばせで、私にレジに入るように指示をした。

“えっ?私でいいの?”と一瞬思ったけれど、せっかく新しい仕事を覚えるチャンスだし、私はドキドキしながらレジの前に立った。

スキャナーでバーコードを読み込んで、小計のボタンを押す。

「お会計、3,650円になります。」

お客様がトレーの中に、お金を入れる。

千円札が3枚、100玉が7枚。

「3,700円お預かり致します。」

レジに3,700と数字を打って、現計のボタンを押す。

レジの中に、お金を入れる時も、また千円札が3枚あることと、100円玉が7枚あることを確かめながら入れる。

お金を入れた後は、お釣りが50円だから、レシートと50円玉を取り出して、トレーの中へ。

「50円のお釣りでございます。お確かめ下さい。」

お客様がお釣りを中に入れると、今度は店長の出番だ。


「ラッピングが済みましたら、お持ち致します。それまで店内をご覧になって、お待ち下さいませ。」

“はい。”と小さく返事をすると、お客様はまた奥の棚の方へと行ってしまった。

「はあ。緊張しました。」

私がそう言うと、店長はすぐに口元へ指を持って行った。

「シッ!まだお客様は店内にいらっしゃるのよ。お客様は夏目さんが新人だって知らないんだから、自分が緊張させた誤解しちゃうわよ。」


「すみません。」

叱られた後、チラッとお客様を見ると、私の声は聞こえていなかったらしく、のんびりとまた商品を見ていた。


とりあえずほっとする。

すると店長が私の耳元で、

「これでレジもバッチリね。」

と、お墨付きをくれた。

少しずつ、少しずつだけど”自分のお店を持つ”という夢に近づいているような気がして、私は日を追うごとにここでのアルバイトの仕事が好きになっていった。

「さあ、これで出来上がり。」

ラッピングを終えた工藤さんは、仕上げに小さなリボンを添えた。

「さすが……」

工藤さんのラッピングは、シンプルだけど華やかだ。

しかも早い。

「そう?有難う。」

こんな短時間で、人目をひく包装をするのだから、お客さんが笑顔にならないわけがない。


「私も早く、工藤さんみたいなラッピング、できるようになりたいです。」

「お客様、お待たせ致しました。」

私が袋を差し出すと、先ほどのお客様はパアッと笑顔になった。


「焦らない、焦らない。」

工藤さんはそう言って、お店の袋にラッピングした商品を入れた。

「小さなことから、コツコツとね。」

工藤さんの口癖だ。

でもこの言葉、私は好き。

「お客様に渡してきます。」

「そう。お願ね、夏目さん。」

「はい。」

私は返事をすると、お店の袋を持って、先ほどのお客様の元へ向かった。

“この仕事をやっていてよかった”そう思える瞬間だ。

「ありがとうございました。」

頭を下げて、お客様を見送る。

気に入ったら、また来てほしいな。

そんな思いでいっぱいだった。


満足感たっぷりで、身体をお店に向けると、工藤さんが店の奥から大声で叫ぶ。

「夏目さん、在庫チェックお願いできる?」

「はあ~い!!」

私も大声で叫ぶと、大きく手を振った。


意外と、在庫チェックは好き。

お店の中にある雑貨を、全て見て回れるから。

毎日同じ物を見ていても、飽きない。

私の至福の時間。

な~んて、本当は足りなくなったものは、発注しなきゃいけないから、油断はできないんだけどね。

少し楽しみながら、そして真面目に仕事をしながら、私は一つ一つ、数を確かめていた。


その時だ。

「すみません。」

男性の声がして、私は真後ろを振り返った。

「あれ?」


そこには、懐かしい姿。

忘れもしない。

あの、雨の日に、兄さんが連れて来てくれた人……


「階堂さん。」

「覚えてくれていたんだ。君は夏目の妹の……」

「はい。美雨です。」

優しく笑ってくれた階堂さんは、あの人同じで、眼鏡の奥の瞳に、吸い込まれそうだった。


「驚いた。美雨ちゃん、こんなところで何をしてるの?買い物?」

あまりにも自然に聞かれたから、思わず“はい”って言いそうになっちゃった。

「あの……」

「ん?」


階堂さんはずるい。

その目で見つめられると、何も言えなくなってしまう。


「もしかして、ここで働いているの?」

階堂さんに、先に答えられてしまって、私は仕方なく『はい。』と返事を返した。

「そうなんだ。いつから?」

「……2週間前からです。」

「へえ。もう仕事は慣れた?」

「はい。」


ありきたりの会話。

今はそれだけでも嬉しい。


「そうだ。知人の誕生日のプレゼント探しているんだけど、美雨ちゃん、何かいい物ないかな。」

「誕生日……プレゼントでございますか?」

あっ、今の言い方、店員として失格だわ。

私は慌てて口に手を当てた。

「いいんだ。俺みたいないい歳した大人が、雑貨屋にいるなんて可笑しいよな。」

そう言った途端に階堂さんは、周りをキョロキョロと見渡し始めた。

「いいえ……お洒落なプレゼントをお選びになられる方だと思います。」

「え?」

偶然だけど、階堂さんと目が合った。

そしてそのまま……

私と階堂さんは、時間が止まったように、二人で見つめ合ってしまった。


「ごめんなさいね。」

ハッとして後ろを見ると、他のお客様が私の横を通り過ぎた。

「申し訳ございません。」

頭を下げて、また階堂さんを見ると、もう違う方向を向いていた。


もしかして、私と目が合った事、本当は嫌だったのかしら。

少し胸がズキっとしたけれど、階堂さんは今はお客様。

余計な感情を持つ事は、いけない事だ。


「階堂さん。」

振り返った階堂さんは、少し赤い顔をしていた。
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