5 / 7
第2話 連絡先
①
しおりを挟む
それから、バイトの朝は、井出さんに会うようになった。
「おはよう、結野ちゃん。」
「おはようございます。」
井出さんは、窓のサッシとか拭いている時に声を掛けてくるので、どうしても仕事を中断してしまう。
「今日も頑張ってるね。」
「仕事ですから。」
井出さんは、なぜかオフィスの椅子に座って、私の仕事を見ている。
そんなに珍しいかな。
若い女が、掃除のバイトしているの。
「井出さん。」
「なに?」
「私の事、見過ぎです。仕事できません。」
「ははは。そうだね、ごめん。」
一応謝ってくれるんだけど、それでも私を見る事、止めないんだよね。
高級そうなスーツを着て、長い足を組んでいる。
そんな人とは、同じ世界にいられないと思っていたのに。
こんなに近くにいられると、誤解してしまう。
もしかしたら、井出さんと仲良くできるんじゃないかって。
「それで?その社長さんとは、どこまで行ってるの?」
「どこまでって……」
「デートしたとか、キスしたとかあるでしょ。」
斉藤さんに聞かれて、困ってしまった。
「……ただ一度、お寿司食べに行っただけです。」
「それって、デートじゃない?」
斉藤さんの目が、輝いている。
「デートでは、ないと思います。」
「どうして。」
「実は、仕事中に井出さんとぶつかった事があって。バケツの水に浸かった書類を、作り直した事があったんです。」
「へえ。」
斉藤さんは、興味深々だ。
「だから、そのお礼にご馳走してもらっただけで、デートじゃないです。」
その後も、誘われる事もなかったし。
やっぱり一般人と社長では、身分が違うんだ。
「連絡先は?」
「ああ、名刺をもらいましたけど、書いてあるのは会社の電話番号なので。」
「メアドだって、書いてるでしょ。」
「書いてますけど、会社のメアドですよ?」
仕事のメアドに連絡したって、井出さんが迷惑するだけだ。
「なんか、もどかしいね。」
「いいえ、元々住んでる世界が違うので。気にしないで下さい。」
すると斉藤さんは、はぁーっとため息をついた。
「結野ちゃん。いい出会いを無駄にしちゃあ、ダメだよ。」
「いい出会いって……相手は社長ですよ?」
「逆にこれ以上ないくらいの、出会いじゃないか。」
斉藤さんは、強きだ。
「私はね。他の人だったら、何もこんなに応援しないよ。」
「斉藤さん……」
「若いのに、弟を大学に行かせる為にWワークしてるなんて。健気じゃないか。そういう子がね、幸せになってほしいんだよ。」
健気か。
私は逆に、井出さんとの住む世界の違いを、見せつけられたような気がした。
私は、気軽にお寿司なんて、食べに行けない。
しかも回らないお寿司を、お任せで握れるなんて。
お金に余裕がある人じゃないと、できない事だと思う。
「そうだ。朝、その社長に会ってるんだろう?連絡先、聞きなよ。」
「ええ?」
「何も女から聞いたって、可笑しくないよ?」
斉藤さんは盛り上がっているけれど、私はそこまで思えなかった。
連絡先聞いたら、きっと井出さんに連絡してしまう。
そうなったら、返事も求めるだろうし。
でも、井出さんは私の事、頑張っている女の子としか思っていないから、きっと迷惑だと思う。
「頑張るんだよ、玉の輿。」
「へ?」
斉藤さんは上機嫌で、掃除を続けた。
12時を過ぎて、帰りに買い物。
家に帰って来たら、掃除、洗濯と大忙しだ。
「最近、疲れて寝てばっかりだから、気をつけないと。」
でも、眠くて欠伸はどんどん出る。
「今日の夕食、何にしよう。」
買ってきた食材を見て、シチューにしようと思った。
「青志は、また何か貰ってくるのかな。」
私は、青志の事だけが、心配なのだ。
毎日のようにバイトして、勉強時間は足りているのか。
希望の学部はどこなんだろう。
上手く大学に入学できればいいのだけど。
「ただいま。」
「お帰りなさ……」
家に帰って来た青志の顔に、青い痣があった。
「どうしたの?それ。」
「ああ、ちょっと転んで……」
急いで袋に氷を詰めて、痣を冷やした。
「でも、これって誰かに殴られたんじゃ……」
すると青志は、唇を噛み締めた。
「そうなの?」
「気にするなよ、姉ちゃん。」
もしかしたら、両親がいないって言うだけで、虐められているんだろうか。
それだけが心配。
「青志。何かあったら、お姉ちゃんに言ってね。」
すると青志は、私の手を握りしめた。
「姉ちゃんこそ、何かあったら俺に言って。」
青志は立ち上がると、私が捨てたはずの、井出さんの名刺を差し出した。
「いい人じゃないか。社長なんだろ?」
私は名刺を手に取ると、びりびりとそれを破いた。
「姉ちゃん。いい人に出会ったら、幸せになったっていいんだよ。」
「おはよう、結野ちゃん。」
「おはようございます。」
井出さんは、窓のサッシとか拭いている時に声を掛けてくるので、どうしても仕事を中断してしまう。
「今日も頑張ってるね。」
「仕事ですから。」
井出さんは、なぜかオフィスの椅子に座って、私の仕事を見ている。
そんなに珍しいかな。
若い女が、掃除のバイトしているの。
「井出さん。」
「なに?」
「私の事、見過ぎです。仕事できません。」
「ははは。そうだね、ごめん。」
一応謝ってくれるんだけど、それでも私を見る事、止めないんだよね。
高級そうなスーツを着て、長い足を組んでいる。
そんな人とは、同じ世界にいられないと思っていたのに。
こんなに近くにいられると、誤解してしまう。
もしかしたら、井出さんと仲良くできるんじゃないかって。
「それで?その社長さんとは、どこまで行ってるの?」
「どこまでって……」
「デートしたとか、キスしたとかあるでしょ。」
斉藤さんに聞かれて、困ってしまった。
「……ただ一度、お寿司食べに行っただけです。」
「それって、デートじゃない?」
斉藤さんの目が、輝いている。
「デートでは、ないと思います。」
「どうして。」
「実は、仕事中に井出さんとぶつかった事があって。バケツの水に浸かった書類を、作り直した事があったんです。」
「へえ。」
斉藤さんは、興味深々だ。
「だから、そのお礼にご馳走してもらっただけで、デートじゃないです。」
その後も、誘われる事もなかったし。
やっぱり一般人と社長では、身分が違うんだ。
「連絡先は?」
「ああ、名刺をもらいましたけど、書いてあるのは会社の電話番号なので。」
「メアドだって、書いてるでしょ。」
「書いてますけど、会社のメアドですよ?」
仕事のメアドに連絡したって、井出さんが迷惑するだけだ。
「なんか、もどかしいね。」
「いいえ、元々住んでる世界が違うので。気にしないで下さい。」
すると斉藤さんは、はぁーっとため息をついた。
「結野ちゃん。いい出会いを無駄にしちゃあ、ダメだよ。」
「いい出会いって……相手は社長ですよ?」
「逆にこれ以上ないくらいの、出会いじゃないか。」
斉藤さんは、強きだ。
「私はね。他の人だったら、何もこんなに応援しないよ。」
「斉藤さん……」
「若いのに、弟を大学に行かせる為にWワークしてるなんて。健気じゃないか。そういう子がね、幸せになってほしいんだよ。」
健気か。
私は逆に、井出さんとの住む世界の違いを、見せつけられたような気がした。
私は、気軽にお寿司なんて、食べに行けない。
しかも回らないお寿司を、お任せで握れるなんて。
お金に余裕がある人じゃないと、できない事だと思う。
「そうだ。朝、その社長に会ってるんだろう?連絡先、聞きなよ。」
「ええ?」
「何も女から聞いたって、可笑しくないよ?」
斉藤さんは盛り上がっているけれど、私はそこまで思えなかった。
連絡先聞いたら、きっと井出さんに連絡してしまう。
そうなったら、返事も求めるだろうし。
でも、井出さんは私の事、頑張っている女の子としか思っていないから、きっと迷惑だと思う。
「頑張るんだよ、玉の輿。」
「へ?」
斉藤さんは上機嫌で、掃除を続けた。
12時を過ぎて、帰りに買い物。
家に帰って来たら、掃除、洗濯と大忙しだ。
「最近、疲れて寝てばっかりだから、気をつけないと。」
でも、眠くて欠伸はどんどん出る。
「今日の夕食、何にしよう。」
買ってきた食材を見て、シチューにしようと思った。
「青志は、また何か貰ってくるのかな。」
私は、青志の事だけが、心配なのだ。
毎日のようにバイトして、勉強時間は足りているのか。
希望の学部はどこなんだろう。
上手く大学に入学できればいいのだけど。
「ただいま。」
「お帰りなさ……」
家に帰って来た青志の顔に、青い痣があった。
「どうしたの?それ。」
「ああ、ちょっと転んで……」
急いで袋に氷を詰めて、痣を冷やした。
「でも、これって誰かに殴られたんじゃ……」
すると青志は、唇を噛み締めた。
「そうなの?」
「気にするなよ、姉ちゃん。」
もしかしたら、両親がいないって言うだけで、虐められているんだろうか。
それだけが心配。
「青志。何かあったら、お姉ちゃんに言ってね。」
すると青志は、私の手を握りしめた。
「姉ちゃんこそ、何かあったら俺に言って。」
青志は立ち上がると、私が捨てたはずの、井出さんの名刺を差し出した。
「いい人じゃないか。社長なんだろ?」
私は名刺を手に取ると、びりびりとそれを破いた。
「姉ちゃん。いい人に出会ったら、幸せになったっていいんだよ。」
3
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる