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「昴銀子です、よろしゅう」
よく通る声で昴銀子と名乗った、その長身の少女は、ぺこりと勢いよく頭を下げた。狐色の、ちょっと癖のある長い髪が、頭の動きにつれて大きくなびく。
顔を上げたその少女は、これから一緒に過ごす学友に屈託のない笑顔を向けた。
初夏の日差しの中、白球が、宙を舞う。
「はーい、はいはいはいはい、はいっ!」
長身の少女が、元気な声と共にバレーボールをレシーブする。
大柄な体格、関西弁、生まれつきだという狐色の髪。加えて、新しい学校のブレザーの制服が間に合わず、とりあえず着ている転校前の学校のセーラー服。明らかに悪目立ちするだろうそれらの特徴も、その少女、昴銀子の人なつっこさと積極性が帳消しにしてしまったらしく、彼女は既にクラスの女子に溶け込みつつあった。
昼休みの、東京都中央区立第四中学校。通称「鳥かご」と呼ばれる、金網張りの屋上運動場。都心の狭い立地を有効活用すべく、屋上で球技をしてもボールが校外に落下しないよう設けられた防護柵のその中で、給食を採り終えた生徒が、男子も女子も三々五々くつろぎ、あるいは体を動かしている。銀子も、早くも気のあった数名の女生徒と一緒に、ありあまる若さと元気をはじけさせていた。
「……あれ?」
白球を追いかけながら、銀子はふと、階段室の壁際、日陰になる位置で読書をしている少女、遊びはおろか語らいの輪にも入らず、独りで佇むその少女に目に留める。
「なあ、あれ、ウチのクラスの人やんな?」
誰ともなく呟くように言った銀子の言葉に、側に居た少女が答える。
「あ、うん、八重垣さん?いっつもあんな感じだよ?」
何でもないことのように答えたその少女は、特に気に留める風もなく白球を追うことを続ける。
「ふうん……」
銀子も、それ以上の詮索はせず、バレーボールの輪に戻る。
脳裏の隅に、日陰でなお目立つ、白く輝くようなその孤独な少女の姿を残しながら。
やがて、午後の授業の予鈴が鳴る。生徒達はそれぞれ遊具を片づけ、あるいは小脇に抱えて屋上の階段室からそれぞれの教室に急ぐ。銀子も、新しい友達と共に語らいつつ、小走りに階段室に向かう。
その途上でふと、銀子は足を停め、読書をしていた少女に声をかける。
「……なあ、自分、ウチのクラスの人やろ?」
臆するより先に口が出る性格の銀子は、誰に対しても声をかけるのに躊躇が無い。
「一緒にバレーボールとか、せえへんの?」
声をかけられた少女は、少しだけ困ったような笑顔で、答えた。
「……うち、体、弱おすさかい、運動はよおしいひんのどす」
「あ……かんにんな、ウチ、余計な事言うてしもて」
咄嗟に失言を詫びる銀子に、その少女は軽くかぶりを横に振る。日陰でなお輝く白銀の髪が、さらさらと揺れる。
「よろしおす、声かけてくれはって、おおきに」
白銀の髪、白い肌。その少女はそう言って微笑み、銀子の少し先に立って階段を下り始める。
「……自分、京都の人なん?」
つい、銀子は聞いてしまう。それは、しゃべらずには居られない性格によるものか、それともやはり、関東に出てきた不安によるものか。
「へえ、十の時からこっちで暮らしてます。言葉、なかなか直らへんのどすけども」
その少女は、桜色の唇を緩ませ、白い肌にひときわ目立つ紅い瞳を細めて、答えた。
「そおか。ウチは……」
「昴銀子はん、さっき自己紹介しはりましたやろ?うちは八重垣環いいます、よろしゅう」
よく通る声で昴銀子と名乗った、その長身の少女は、ぺこりと勢いよく頭を下げた。狐色の、ちょっと癖のある長い髪が、頭の動きにつれて大きくなびく。
顔を上げたその少女は、これから一緒に過ごす学友に屈託のない笑顔を向けた。
初夏の日差しの中、白球が、宙を舞う。
「はーい、はいはいはいはい、はいっ!」
長身の少女が、元気な声と共にバレーボールをレシーブする。
大柄な体格、関西弁、生まれつきだという狐色の髪。加えて、新しい学校のブレザーの制服が間に合わず、とりあえず着ている転校前の学校のセーラー服。明らかに悪目立ちするだろうそれらの特徴も、その少女、昴銀子の人なつっこさと積極性が帳消しにしてしまったらしく、彼女は既にクラスの女子に溶け込みつつあった。
昼休みの、東京都中央区立第四中学校。通称「鳥かご」と呼ばれる、金網張りの屋上運動場。都心の狭い立地を有効活用すべく、屋上で球技をしてもボールが校外に落下しないよう設けられた防護柵のその中で、給食を採り終えた生徒が、男子も女子も三々五々くつろぎ、あるいは体を動かしている。銀子も、早くも気のあった数名の女生徒と一緒に、ありあまる若さと元気をはじけさせていた。
「……あれ?」
白球を追いかけながら、銀子はふと、階段室の壁際、日陰になる位置で読書をしている少女、遊びはおろか語らいの輪にも入らず、独りで佇むその少女に目に留める。
「なあ、あれ、ウチのクラスの人やんな?」
誰ともなく呟くように言った銀子の言葉に、側に居た少女が答える。
「あ、うん、八重垣さん?いっつもあんな感じだよ?」
何でもないことのように答えたその少女は、特に気に留める風もなく白球を追うことを続ける。
「ふうん……」
銀子も、それ以上の詮索はせず、バレーボールの輪に戻る。
脳裏の隅に、日陰でなお目立つ、白く輝くようなその孤独な少女の姿を残しながら。
やがて、午後の授業の予鈴が鳴る。生徒達はそれぞれ遊具を片づけ、あるいは小脇に抱えて屋上の階段室からそれぞれの教室に急ぐ。銀子も、新しい友達と共に語らいつつ、小走りに階段室に向かう。
その途上でふと、銀子は足を停め、読書をしていた少女に声をかける。
「……なあ、自分、ウチのクラスの人やろ?」
臆するより先に口が出る性格の銀子は、誰に対しても声をかけるのに躊躇が無い。
「一緒にバレーボールとか、せえへんの?」
声をかけられた少女は、少しだけ困ったような笑顔で、答えた。
「……うち、体、弱おすさかい、運動はよおしいひんのどす」
「あ……かんにんな、ウチ、余計な事言うてしもて」
咄嗟に失言を詫びる銀子に、その少女は軽くかぶりを横に振る。日陰でなお輝く白銀の髪が、さらさらと揺れる。
「よろしおす、声かけてくれはって、おおきに」
白銀の髪、白い肌。その少女はそう言って微笑み、銀子の少し先に立って階段を下り始める。
「……自分、京都の人なん?」
つい、銀子は聞いてしまう。それは、しゃべらずには居られない性格によるものか、それともやはり、関東に出てきた不安によるものか。
「へえ、十の時からこっちで暮らしてます。言葉、なかなか直らへんのどすけども」
その少女は、桜色の唇を緩ませ、白い肌にひときわ目立つ紅い瞳を細めて、答えた。
「そおか。ウチは……」
「昴銀子はん、さっき自己紹介しはりましたやろ?うちは八重垣環いいます、よろしゅう」
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