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第六章-朔日-
第6章 第88話
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「……え?」
「ちょ、え?」
疑問の言葉と共に詰め寄ろうとするユモと雪風を手で制し、モーセス・グースは話しを続ける。
「まず、ここから理解していただかないといけないでしょう。この『都』を訪れる者は、きっかけは様々ですが、最終的な目的は『真理の探究』、これに集束します。そして、先に説明しましたとおり、この『都』には、『造物主』たる『古の支配者』と『ユゴスキノコ』、その双方の英智が秘められています」
モーセスは、ユモと雪風から視線をオーガストに移す。
「さて、オーガストさん。あなたにうかがいます。もし、深淵の英智、宇宙的神秘に触れることが出来たとして、生身の人間は、これに耐えられるでしょうか?」
「無理ですね」
聞かれて、オーガストは即答する。
「私自身、深淵や真理とは程遠い周辺に触れただけ、『イタクァ』に一昼夜ほど連れ回されただけですが、それですらこの有様ですから」
苦笑して、オーガストは肩をすくめる。
「然り」
モーセスは、頷く。
「寡聞にして、拙僧はその『イタクァ』なるものをよく存じませんが、オーガストさんは非常に幸運であったのではないかと思います。なにしろ、五体満足で、こうしてここにいらっしゃるのですから」
「そうですね」
オーガストは、もう一度苦笑する。
「まあ、私の場合は『彼』の介在がありました。それ無しには、恐らく……」
「これも然り。人間の体は脆弱で、とてもではありませんが、『古の支配者』や『ユゴスキノコ』のように、外宇宙を飛び回る事は叶いません」
「外宇宙って」
「飛び回るって。まさか、宇宙服無しで?」
ユモと雪風のツッコミに、モーセスは頷く。
「宇宙服というのがどういうものは存じませんが、『古の支配者』も『ユゴスキノコ』も、そのようなもの無しで星の海を渡れると聞いています」
「うわぁ……」
「マジか……」
「しかして、星の海を渡るまでは行かずとも、深淵の英智に触れるには、それに近しい苦行が伴うのも事実。では、どうするか」
一呼吸置いて、モーセスはユモと雪風、オーガストの顔を見てから、言葉を続ける。
「脳を、肉体から切り離すのです」
「……え?」
「……マジ?」
「はい」
ほんのちょっとの間を置いて反応したユモと雪風に、モーセスは頷く。
「……すると、ミスタ・グース、あなたの脳は、そのような理由でその体から切り離されている、という事ですか?」
話しの流れを冷静に理解したのだろうニーマントの声が、全員の耳に届く。
「はい」
モーセスは、頷く。
「うわぁ……」
「マジか……」
何度目かの同じセリフが、ユモと雪風の口から漏れる。
「すると、ミスタ・グース、今、我々の目の前のあなたのその体は、その切り離された脳から遠隔操作されている、という事ですか?」
今度はオーガストが、モーセスに尋ねる。
「いいえ、そうではありません」
オーガストは、首を横に振る。
「拙僧のこの体の本来の脳は、もはやこの体に執着しておりません。今は静かに、深淵の先、次なる段階に進む準備をしている事でしょう」
「では……」
「ここには」
オーガストの疑問に答えるように、モーセスは自分の頭を指さし、言う。
「モーセス・グースがまだ『人間』であった頃の全てを複製した『奉仕種族』の脳が収まっています……ユモさん、ユキさん」
モーセスは、ユモと雪風に向き直る。
「拙僧は、この事は公にするつもりはありませんでした。無論、この『都』の主だった者は知っている事ではありますが。あくまでコピーに過ぎない拙僧は、それを自ら口にする事はない、そのようなことは畏れ多い、そう思っていました。しかし、最前、お二人は拙僧におっしゃった。拙僧もまた『ヒト』である、と。その上で、何をしたいかとお聞きになられた。それで、拙僧は目が覚め、決心したのです」
モーセスは、墓石に目を向ける。
「拙僧もまた、モーセス・グースというヒトとして生きるべきである、と!であるならば、やりたいことをすべきである、と!そして、やりたいこととは、理由の如何を問わず、苦しむ者を救うことである、と!」
モーセスは、手を広げ、天を――不思議な証明の輝く埋葬所の天井を――仰ぐ。
「拙僧は、ドルマとケシュカル君を、悩みや苦しみから解放したぁいぃ!」
愉悦の表情のモーセスの、その大音声に耳を押さえ、思わず目もつぶったたユモが、片目だけ開けて、聞く。
「……いいけどさ、ドルマさんとケシュカルの悩み苦しみって、具体的に、何?」
「それは、分かりません」
真顔に戻って、モーセスは答える。
「ですが、ケシュカル君とドルマは、元々は、ある計画のためにドイツに送られる予定がありました。その計画は、ケシュカル君の暴走によってなし崩しに御破算、計画練り直しとなったのですが、ケシュカル君が王子に呼び出された理由が、もしその計画の再開であったとするならば、ケシュカル君が思い悩むのは必定!拙僧は、断固としてこれを阻止しなければなりません!拙僧はそれを懸念しているのです」
「……ドイツに、送る?」
「ドルマさんはともかく、ケシュカル君を?」
ユモと雪風は、考え込む。オーガストも、学のあるドルマはともかく無学なケシュカルをドイツに送る意味を理解しかね、首をひねる。
「……共通点は、テオドール・イリオン、ですね?」
ニーマントが、冷静に指摘した。
「……あ!」
「それか!」
「なるほど……」
ニーマントの一言で、ユモ、雪風、オーガストはほぼ同時に思い当たる。
「イリオンの顔を知る者をドイツに送り込み、接触を図り、あわよくば説得、あるいは……」
ニーマントの言葉に、重々しくモーセスは頷く。
「そのような計画があったことを拙僧が知ったのは、ケシュカル君が暴走し、『都』から出奔した後のことです。この事を知るのは、拙僧を含めごく一部、ドルマも知らないはずです。計画はいったん御破算になったとはいえ、拙僧はその事については強く抗議しました。ケシュカル君の心の傷を抉る行為に他ならないからです。しかし……」
モーセスは、少し口ごもってから、続ける。
「……決定権を持つ同胞団のメンバーは……」
モーセスは、言葉を濁す。
「……どこの世界も、組織の上層部ってヤツは……」
「……人の心、無いんか?」
「組織を維持するというのは、綺麗事では済まないものではあります。しかし……」
オーガストは、厳しめの視線を、モーセスに投げる。
「……この組織が人の心をないがしろにするというのは、少々そぐわない気がします」
「そういうものなのですか?」
ニーマントの声が、オーガストに聞き返す。
「ええ。軍隊のように、いざとなれば将兵の損失を厭わず、と言うのならともかく、仮にも真理を探究しようとする者の集まりが、個人の心を慮ることもしないというのは、違和感があります」
「同感だわね」
ユモも、腕を組んで頷く。
「『元君』は色々振り切れてるからともかく、あの王子様がそこんところに無頓着ってのは、思ってもみなかったわ」
「時にトップは冷酷な判断もしなきゃならない、ってヤツだとしても、それをケシュカル君にやらせるってのは、大人としてどうよ?ってのはあるわね」
雪風も、ユモに同意する。
「……そこには、少々入り組んだ事情があります」
モーセスが、重い口を開いた。
「そもそもの話しですが、『古の支配者』の時代にも、その後に『ユゴスキノコ』がこの『都』を制圧した時も、人類はまだ存在していなかったそうです。時が下り、人類がある程度の文明、文化を築き、この『都』の近くまで進出するようになって初めて、『ユゴスキノコ』はその存在を気にするようになった、とも。そして、過去も今も、変わらずに知的好奇心に富んだ人類は、『ユゴスキノコ』から見れば『都』の運営、鉱物の採掘や研究の邪魔をするノイズに他なりません。最初のうちはミルゴン、別名ではイエティとも言うそうですが、それらを模して脅かして追っ払ったそうですが、無鉄砲な輩がそれらの脅しをものともせずに禁忌に近づきたがるのも今も昔も変わらぬ事。考えあぐねた『ユゴスキノコ』は、そのような人類をむしろ抱き込み、幾許かの英智をあたえて飼い殺しにし、煙に巻く事にした、つまるところ現在の『都』とはそういうところに他なりません」
「うわ、ものすごいぶっちゃけ話来た!」
「マジか、それ言っちゃダメなやつでは?」
「……何故、それを、我々に?」
率直な感想を述べるユモと雪風に対し、仮にも軍人であるオーガストは、あまりにもあけすけなモーセスの物言いに疑念を差し挟む、厳しい目つきで。
「ありていに申し上げれば。拙僧は『奉仕種族』であり、『ユゴスキノコ』ではなく『古の支配者』に仕えるものであるから、という事です。ああ、もちろん、拙僧が第一にお仕えするのは『元君』であることは言うまでもありませんが」
モーセスは、オーガストの目を真っ直ぐに見返して、答えた。その視線をしばし受けてから、オーガストは言う。
「……この『都』にあっても、派閥争いは人の常、という事ですか?」
「そうではないのです。拙僧は『都』の運営に知恵を貸すことはあっても意見する立場ではありませんし、そもそも『都』の運営に疑問を持っているわけでもありません。ただ、拙僧は、この『都』においては『ユゴスキノコ』の影響下にない例外的存在である、という事です」
「『ユゴスキノコ』の影響?」
「はい。『ユゴスキノコ』は人類に英知を与えると先ほど言いましたが、オーガストさん、あなたがよく御存知の通り、過ぎた英智は人類の肉体では受け止めることはかないません。そのためには……」
「……脳を、切り離す?」
オーガストの答えに、モーセスは頷く。
「切り離したとて、人の脳自体、宇宙的深淵の真理に耐えられるものではありませんが……体が無いことで、肉体的な限界や肉体由来の苦痛や恐怖からは解放されますから、限界が広がることは確かですが。それはともかくとして、肉体から脳を切り離すこと自体は、いつ頃からかははっきりしませんが、以前から行われていました」
モーセスは、いったん言葉を切り、一同を見まわす。
「さて、では、脳を切り離された肉体は、どうなるのでしょう?」
「食料として再利用」
ユモが、心底嫌そうな顔で、言う。
「ソイレント・グリーンだわね」
雪風も、吐き捨てるように言う。
「何それ?」
「そういうSF映画。ディストピア系の、キッツイやつ」
「それもありますが」
モーセスは、平然と続ける。
「否定してよ!」
ユモと雪風のツッコミがハモる。
「当初は、研究材料そのものであったり、脳のない肉体は、他の人々に『ユゴスキノコ』の意思を伝えるために使ったりしたそうです」
ツッコミをものともせずに続けたモーセスに、再度、雪風とユモが合いの手を入れる。
「うえ。研究材料って」
「意思を伝えるって……あ」
げーっと舌を出して吐き捨てた雪風に続いて深く考えずに口にしたユモは、命のないオートマータが生きているかのように動き出すのを何度も見ているユモは、その意味に気付き、声を上げた。
「……操り人形、ね?」
「その言い方が、一番近いかも知れません」
モーセスも、頷いて答える。
「全体を、あるいは体の一部を機械的に動かして、言葉を伝えたり、身振り手振りで色々やらせていたようです。ただ、あまり自然なしぐさではなかったようですが……自然な仕草にならない理由ははっきりしています」
自嘲的な笑みなのか、あるいは、彼にしては珍しく、嘲笑的なそれなのか。ほんのわずかに片方の口角を上げたモーセスは、言う。
「『ユゴスキノコ』は、人類と共通点が無さ過ぎて、ヒトの何たるかを理解し得ていないのです」
「ちょ、え?」
疑問の言葉と共に詰め寄ろうとするユモと雪風を手で制し、モーセス・グースは話しを続ける。
「まず、ここから理解していただかないといけないでしょう。この『都』を訪れる者は、きっかけは様々ですが、最終的な目的は『真理の探究』、これに集束します。そして、先に説明しましたとおり、この『都』には、『造物主』たる『古の支配者』と『ユゴスキノコ』、その双方の英智が秘められています」
モーセスは、ユモと雪風から視線をオーガストに移す。
「さて、オーガストさん。あなたにうかがいます。もし、深淵の英智、宇宙的神秘に触れることが出来たとして、生身の人間は、これに耐えられるでしょうか?」
「無理ですね」
聞かれて、オーガストは即答する。
「私自身、深淵や真理とは程遠い周辺に触れただけ、『イタクァ』に一昼夜ほど連れ回されただけですが、それですらこの有様ですから」
苦笑して、オーガストは肩をすくめる。
「然り」
モーセスは、頷く。
「寡聞にして、拙僧はその『イタクァ』なるものをよく存じませんが、オーガストさんは非常に幸運であったのではないかと思います。なにしろ、五体満足で、こうしてここにいらっしゃるのですから」
「そうですね」
オーガストは、もう一度苦笑する。
「まあ、私の場合は『彼』の介在がありました。それ無しには、恐らく……」
「これも然り。人間の体は脆弱で、とてもではありませんが、『古の支配者』や『ユゴスキノコ』のように、外宇宙を飛び回る事は叶いません」
「外宇宙って」
「飛び回るって。まさか、宇宙服無しで?」
ユモと雪風のツッコミに、モーセスは頷く。
「宇宙服というのがどういうものは存じませんが、『古の支配者』も『ユゴスキノコ』も、そのようなもの無しで星の海を渡れると聞いています」
「うわぁ……」
「マジか……」
「しかして、星の海を渡るまでは行かずとも、深淵の英智に触れるには、それに近しい苦行が伴うのも事実。では、どうするか」
一呼吸置いて、モーセスはユモと雪風、オーガストの顔を見てから、言葉を続ける。
「脳を、肉体から切り離すのです」
「……え?」
「……マジ?」
「はい」
ほんのちょっとの間を置いて反応したユモと雪風に、モーセスは頷く。
「……すると、ミスタ・グース、あなたの脳は、そのような理由でその体から切り離されている、という事ですか?」
話しの流れを冷静に理解したのだろうニーマントの声が、全員の耳に届く。
「はい」
モーセスは、頷く。
「うわぁ……」
「マジか……」
何度目かの同じセリフが、ユモと雪風の口から漏れる。
「すると、ミスタ・グース、今、我々の目の前のあなたのその体は、その切り離された脳から遠隔操作されている、という事ですか?」
今度はオーガストが、モーセスに尋ねる。
「いいえ、そうではありません」
オーガストは、首を横に振る。
「拙僧のこの体の本来の脳は、もはやこの体に執着しておりません。今は静かに、深淵の先、次なる段階に進む準備をしている事でしょう」
「では……」
「ここには」
オーガストの疑問に答えるように、モーセスは自分の頭を指さし、言う。
「モーセス・グースがまだ『人間』であった頃の全てを複製した『奉仕種族』の脳が収まっています……ユモさん、ユキさん」
モーセスは、ユモと雪風に向き直る。
「拙僧は、この事は公にするつもりはありませんでした。無論、この『都』の主だった者は知っている事ではありますが。あくまでコピーに過ぎない拙僧は、それを自ら口にする事はない、そのようなことは畏れ多い、そう思っていました。しかし、最前、お二人は拙僧におっしゃった。拙僧もまた『ヒト』である、と。その上で、何をしたいかとお聞きになられた。それで、拙僧は目が覚め、決心したのです」
モーセスは、墓石に目を向ける。
「拙僧もまた、モーセス・グースというヒトとして生きるべきである、と!であるならば、やりたいことをすべきである、と!そして、やりたいこととは、理由の如何を問わず、苦しむ者を救うことである、と!」
モーセスは、手を広げ、天を――不思議な証明の輝く埋葬所の天井を――仰ぐ。
「拙僧は、ドルマとケシュカル君を、悩みや苦しみから解放したぁいぃ!」
愉悦の表情のモーセスの、その大音声に耳を押さえ、思わず目もつぶったたユモが、片目だけ開けて、聞く。
「……いいけどさ、ドルマさんとケシュカルの悩み苦しみって、具体的に、何?」
「それは、分かりません」
真顔に戻って、モーセスは答える。
「ですが、ケシュカル君とドルマは、元々は、ある計画のためにドイツに送られる予定がありました。その計画は、ケシュカル君の暴走によってなし崩しに御破算、計画練り直しとなったのですが、ケシュカル君が王子に呼び出された理由が、もしその計画の再開であったとするならば、ケシュカル君が思い悩むのは必定!拙僧は、断固としてこれを阻止しなければなりません!拙僧はそれを懸念しているのです」
「……ドイツに、送る?」
「ドルマさんはともかく、ケシュカル君を?」
ユモと雪風は、考え込む。オーガストも、学のあるドルマはともかく無学なケシュカルをドイツに送る意味を理解しかね、首をひねる。
「……共通点は、テオドール・イリオン、ですね?」
ニーマントが、冷静に指摘した。
「……あ!」
「それか!」
「なるほど……」
ニーマントの一言で、ユモ、雪風、オーガストはほぼ同時に思い当たる。
「イリオンの顔を知る者をドイツに送り込み、接触を図り、あわよくば説得、あるいは……」
ニーマントの言葉に、重々しくモーセスは頷く。
「そのような計画があったことを拙僧が知ったのは、ケシュカル君が暴走し、『都』から出奔した後のことです。この事を知るのは、拙僧を含めごく一部、ドルマも知らないはずです。計画はいったん御破算になったとはいえ、拙僧はその事については強く抗議しました。ケシュカル君の心の傷を抉る行為に他ならないからです。しかし……」
モーセスは、少し口ごもってから、続ける。
「……決定権を持つ同胞団のメンバーは……」
モーセスは、言葉を濁す。
「……どこの世界も、組織の上層部ってヤツは……」
「……人の心、無いんか?」
「組織を維持するというのは、綺麗事では済まないものではあります。しかし……」
オーガストは、厳しめの視線を、モーセスに投げる。
「……この組織が人の心をないがしろにするというのは、少々そぐわない気がします」
「そういうものなのですか?」
ニーマントの声が、オーガストに聞き返す。
「ええ。軍隊のように、いざとなれば将兵の損失を厭わず、と言うのならともかく、仮にも真理を探究しようとする者の集まりが、個人の心を慮ることもしないというのは、違和感があります」
「同感だわね」
ユモも、腕を組んで頷く。
「『元君』は色々振り切れてるからともかく、あの王子様がそこんところに無頓着ってのは、思ってもみなかったわ」
「時にトップは冷酷な判断もしなきゃならない、ってヤツだとしても、それをケシュカル君にやらせるってのは、大人としてどうよ?ってのはあるわね」
雪風も、ユモに同意する。
「……そこには、少々入り組んだ事情があります」
モーセスが、重い口を開いた。
「そもそもの話しですが、『古の支配者』の時代にも、その後に『ユゴスキノコ』がこの『都』を制圧した時も、人類はまだ存在していなかったそうです。時が下り、人類がある程度の文明、文化を築き、この『都』の近くまで進出するようになって初めて、『ユゴスキノコ』はその存在を気にするようになった、とも。そして、過去も今も、変わらずに知的好奇心に富んだ人類は、『ユゴスキノコ』から見れば『都』の運営、鉱物の採掘や研究の邪魔をするノイズに他なりません。最初のうちはミルゴン、別名ではイエティとも言うそうですが、それらを模して脅かして追っ払ったそうですが、無鉄砲な輩がそれらの脅しをものともせずに禁忌に近づきたがるのも今も昔も変わらぬ事。考えあぐねた『ユゴスキノコ』は、そのような人類をむしろ抱き込み、幾許かの英智をあたえて飼い殺しにし、煙に巻く事にした、つまるところ現在の『都』とはそういうところに他なりません」
「うわ、ものすごいぶっちゃけ話来た!」
「マジか、それ言っちゃダメなやつでは?」
「……何故、それを、我々に?」
率直な感想を述べるユモと雪風に対し、仮にも軍人であるオーガストは、あまりにもあけすけなモーセスの物言いに疑念を差し挟む、厳しい目つきで。
「ありていに申し上げれば。拙僧は『奉仕種族』であり、『ユゴスキノコ』ではなく『古の支配者』に仕えるものであるから、という事です。ああ、もちろん、拙僧が第一にお仕えするのは『元君』であることは言うまでもありませんが」
モーセスは、オーガストの目を真っ直ぐに見返して、答えた。その視線をしばし受けてから、オーガストは言う。
「……この『都』にあっても、派閥争いは人の常、という事ですか?」
「そうではないのです。拙僧は『都』の運営に知恵を貸すことはあっても意見する立場ではありませんし、そもそも『都』の運営に疑問を持っているわけでもありません。ただ、拙僧は、この『都』においては『ユゴスキノコ』の影響下にない例外的存在である、という事です」
「『ユゴスキノコ』の影響?」
「はい。『ユゴスキノコ』は人類に英知を与えると先ほど言いましたが、オーガストさん、あなたがよく御存知の通り、過ぎた英智は人類の肉体では受け止めることはかないません。そのためには……」
「……脳を、切り離す?」
オーガストの答えに、モーセスは頷く。
「切り離したとて、人の脳自体、宇宙的深淵の真理に耐えられるものではありませんが……体が無いことで、肉体的な限界や肉体由来の苦痛や恐怖からは解放されますから、限界が広がることは確かですが。それはともかくとして、肉体から脳を切り離すこと自体は、いつ頃からかははっきりしませんが、以前から行われていました」
モーセスは、いったん言葉を切り、一同を見まわす。
「さて、では、脳を切り離された肉体は、どうなるのでしょう?」
「食料として再利用」
ユモが、心底嫌そうな顔で、言う。
「ソイレント・グリーンだわね」
雪風も、吐き捨てるように言う。
「何それ?」
「そういうSF映画。ディストピア系の、キッツイやつ」
「それもありますが」
モーセスは、平然と続ける。
「否定してよ!」
ユモと雪風のツッコミがハモる。
「当初は、研究材料そのものであったり、脳のない肉体は、他の人々に『ユゴスキノコ』の意思を伝えるために使ったりしたそうです」
ツッコミをものともせずに続けたモーセスに、再度、雪風とユモが合いの手を入れる。
「うえ。研究材料って」
「意思を伝えるって……あ」
げーっと舌を出して吐き捨てた雪風に続いて深く考えずに口にしたユモは、命のないオートマータが生きているかのように動き出すのを何度も見ているユモは、その意味に気付き、声を上げた。
「……操り人形、ね?」
「その言い方が、一番近いかも知れません」
モーセスも、頷いて答える。
「全体を、あるいは体の一部を機械的に動かして、言葉を伝えたり、身振り手振りで色々やらせていたようです。ただ、あまり自然なしぐさではなかったようですが……自然な仕草にならない理由ははっきりしています」
自嘲的な笑みなのか、あるいは、彼にしては珍しく、嘲笑的なそれなのか。ほんのわずかに片方の口角を上げたモーセスは、言う。
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