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エピローグ
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「……どうかした?」
銃の用意をしながら、信仁があたしに聞いた。
「何でもない……ただ、ここ、懐かしいなって」
「……そうだな」
教室棟の屋上から、あたしは深夜の校庭を見下ろしていた。
「姐さんの木刀捌き、最初に見たのもここだったっけ」
蕎麦殻のクッションを屋上の端の擁壁の上に置きながら、信仁が言う。
「……やっぱ、全部見てたんだ」
ため息交じりに、あたしは言う。あの時以来の、十年来の疑問がやっと解決した。
「見てましたとも。言っとくけど、俺、二日前にも室外機の上に居たんだぜ?やっぱ気が付いてなかったんだ?」
「……だからあんたは怖いのよ……」
銃に身を伏せるようにして調整している信仁の、その背中に抱きつくようにして、あたしは言った。
今のあたしは、知っている。コイツの、信仁の怖いところは、射撃能力でも、運転能力でも、機械いじりの能力でもない……どれも十分怖いけど。本当に怖いのは、一度隠れると、無意識に全くその気配を消してしまうところ。あたしですら、よほど近付いて匂いを嗅がないとわからないほどに、何度もそれでびっくりさせられたほどに。
「……来たぜ」
銃に伏せたままの信仁が、呟く。
「……うん、来たね」
抱きついたまま、あたしも、答える。
学校の周囲の空間は、既に鰍が閉じている。その上で、今、馨が奴を校庭に追い込んでいる。
奴がこっちに逃げたのは、単なる偶然。ただ、奴がこっちに向かってると気付いたとき、だったら学校に追い込めって言ったのは、あたし。ここなら、手に取るように勝手を知っているから。
あたしの役目は、妹達が追い込んだ奴を、目の前を塞いで動きを停め、その硬い殻に斬り付けて穴を穿つ事。そこを信仁が撃ち抜いて、奴を仕留める、そういう手はず。
「……よし、さっさと片づけて、家帰ってメシ食って風呂浴びて寝ようぜ」
「そうね、うん、さっさと片づけちまおうか」
言って、あたしは今一度、信仁の背中を強く抱きしめ、その髪に顔を埋める。男臭い匂いが、強く香る。
そのあたしの腰を、左手を後ろに回して、信仁が軽く叩く。二度、ぽんぽんと。
「……うん」
答えて、身を離したあたしは擁壁の上に立ち、木刀を抜く。左薬指の銀のリングが柄にあたるその感触は、まだ慣れない。
一呼吸して、下腹に力を込める、封を緩める。
耳が、尾が、伸びる。
そして、耳の側の、アレも。
「……身重なんだ、無理すんなよ」
銃の座りを確かめつつ、信仁が、振り向かずに、言う。
「うん、大丈夫……じゃ」
言って、あたしは三階建ての屋上から、跳んだ。
絶対の信頼を置く男に、自分の背中を任せて。
銃の用意をしながら、信仁があたしに聞いた。
「何でもない……ただ、ここ、懐かしいなって」
「……そうだな」
教室棟の屋上から、あたしは深夜の校庭を見下ろしていた。
「姐さんの木刀捌き、最初に見たのもここだったっけ」
蕎麦殻のクッションを屋上の端の擁壁の上に置きながら、信仁が言う。
「……やっぱ、全部見てたんだ」
ため息交じりに、あたしは言う。あの時以来の、十年来の疑問がやっと解決した。
「見てましたとも。言っとくけど、俺、二日前にも室外機の上に居たんだぜ?やっぱ気が付いてなかったんだ?」
「……だからあんたは怖いのよ……」
銃に身を伏せるようにして調整している信仁の、その背中に抱きつくようにして、あたしは言った。
今のあたしは、知っている。コイツの、信仁の怖いところは、射撃能力でも、運転能力でも、機械いじりの能力でもない……どれも十分怖いけど。本当に怖いのは、一度隠れると、無意識に全くその気配を消してしまうところ。あたしですら、よほど近付いて匂いを嗅がないとわからないほどに、何度もそれでびっくりさせられたほどに。
「……来たぜ」
銃に伏せたままの信仁が、呟く。
「……うん、来たね」
抱きついたまま、あたしも、答える。
学校の周囲の空間は、既に鰍が閉じている。その上で、今、馨が奴を校庭に追い込んでいる。
奴がこっちに逃げたのは、単なる偶然。ただ、奴がこっちに向かってると気付いたとき、だったら学校に追い込めって言ったのは、あたし。ここなら、手に取るように勝手を知っているから。
あたしの役目は、妹達が追い込んだ奴を、目の前を塞いで動きを停め、その硬い殻に斬り付けて穴を穿つ事。そこを信仁が撃ち抜いて、奴を仕留める、そういう手はず。
「……よし、さっさと片づけて、家帰ってメシ食って風呂浴びて寝ようぜ」
「そうね、うん、さっさと片づけちまおうか」
言って、あたしは今一度、信仁の背中を強く抱きしめ、その髪に顔を埋める。男臭い匂いが、強く香る。
そのあたしの腰を、左手を後ろに回して、信仁が軽く叩く。二度、ぽんぽんと。
「……うん」
答えて、身を離したあたしは擁壁の上に立ち、木刀を抜く。左薬指の銀のリングが柄にあたるその感触は、まだ慣れない。
一呼吸して、下腹に力を込める、封を緩める。
耳が、尾が、伸びる。
そして、耳の側の、アレも。
「……身重なんだ、無理すんなよ」
銃の座りを確かめつつ、信仁が、振り向かずに、言う。
「うん、大丈夫……じゃ」
言って、あたしは三階建ての屋上から、跳んだ。
絶対の信頼を置く男に、自分の背中を任せて。
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