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 気絶していた「アニキ」が、目を開けた。
「お。お目覚めのようですぜ」
 アニキの前に蹲踞そんきょしている信仁しんじが、言う。
「……え?な?……くそ、何だこの、おいてめぇら!」
 逆エビに縛り上げられた――両手を後ろ手に、足首も縛ってその両手に結びつけられている――アニキが、ジタバタしながら毒ずく。
「あー、聞こえてますから。そういうのいいっすから。平和的に話し合いましょ?」
 信仁が、さっきアニキが落っことした黒くて硬くて重い何かを目の前でもてあそびながら、言った。
「あっ……てめ、それ」
「やあ、お兄さん、良いものをお持ちで」
 信仁は、ニヤニヤしつつ、兄貴の目を覗き込むようにして、言う。
「銀ダラじゃなくて黒星ヘイシンたぁ、なかなかいい趣味っすな。ホルスターもなかなか。ハンドメイドっすかね?」
 自分の革ジャンの前を開けて、信仁はアニキから取り上げて自分がつけたホルスターを見せる。
「あっ……」
「スペアマグも二つもあって、相当金かけてますな。いやいや、大したもんだ……でもね。カタギに銃向けるってのは、どうかと思いますぜ?そういういけない銃は……」
 笑顔で、信仁はその拳銃――旧ソビエト製のトカレフって拳銃の中国製コピー、って後で聞いた――を素手で分解してみせる。あっという間に、黒い拳銃はバラバラになる。それを、信仁はカーキ色のズタ袋にまとめて放り込んだ。
「……ってな感じ?」
「あ、くそっ、商売道具を壊しやがって……てめぇら、一体……」
 首を回せる範囲で周囲を確認したアニキは、全ての手下が同じように縛り上げられている事、半分くらいは目覚めていて、猿ぐつわを噛まされて蠢いている事を確認した、らしい。
「……さて。まずは、聞かせて貰いやしょうか」
 悪い笑みをうかべながら、信仁が、マグライトンファーを突きつけながらアニキに聞いた。
「四月二日、渋谷で女子高生を違法動画に勧誘したのは貴様だな?」
「……ち、違う。俺が勧誘したのは男だった、間違えたんだ」
「本当か?」
「嘘じゃない!」
「……あす、でっ!」
 何となく遠くを見つめて何か言おうとした信仁の後頭部に、寿三郎じゅざぶろうが割と硬めの脱法ハーブの袋を思い切りぶつけた。
「バカかおめーは。それで良いんだよ、合ってんだよ。何だその小芝居は」
「わりぃわりぃ、これ、いっぺんやってみたかったんだ」
 笑って誤魔化しながら弁解する信仁から視線をアニキに移し、寿三郎が言う。
「別に俺達ぁ、あんた達をどうこうしようって気はねぇ」
 事務所から持ち出したパイプ椅子に座っていた寿三郎じゅざぶろうは、言葉を続ける。
「ビジネスの話だ。俺たちがここで見た事、知った事を口外しない代わりに、あんたらはこれ以上俺たちに関わるな」
 寿三郎は、USBメモリをひらひらさせながら、言った。
「サーバの中にあった取り引き関連書類は一切合切コピーさせて貰った。ちらっと見たけど、なかなか興味深かったぜ」
 アニキの顔色が、青くなり、それから赤くなる。
「てめぇら……こんな事しやがって……」
「だからビジネスだよ。俺はあんた達が何しようが、基本知ったこっちゃねぇ。違法動画も、脱法ドラッグも、ハジキの密輸も興味はねえ。だから、誰かにチクる気もねぇ。あんた達がこれ以上こっちにちょっかい出さねえって約束するなら、この情報は闇に葬る。そういう取り引きだ」
「メンツがどうこうとか、一旦捨てた方がいいぜ。今の時点で充分恥の上塗りだ。だんまり決め込んで置く方が利口だと思うぜ?」
 寿三郎の言葉尻に、信仁が畳みかける。
「……てめぇら、ガキの分際で、脅す気か?」
「ビジネスだよ。お互いWin-Winの関係ってヤツだ。それが分かる相手だと踏んで、交渉持ちかけてるつもりなんだが?ここに居る全員が黙ってりゃ、何事もなかったのと同じだ、違うか?」
 精いっぱいのドスをきかせるアニキに、寿三郎は一歩も引かない。
 報復は報復を生む。だが、ここで引けば、何も失わない、プライド以外は。これは、そういう取り引きだ。あたしも、理解した。
「言っておくが、だまし討ちもなしだ。俺がデータ抜いただけで他は何もしてないとは思わない事だな」
 寿三郎が、ダメを押す。一介の高校生が言う事だ、一笑に付すのはたやすいだろうが、現状何が起こっているか、その高校生に出し抜かれてこうなっている事を考えれば……
「……わかった」
 しばらく沈黙した後、アニキは、食いしばった歯の間から絞り出すように、言った。

「さすが、話が分かる相手と見込んだだけの事はあるぜ!」
 やや大げさなアクションで、信仁が言う。
「名を捨て実を取る、なかなか出来る判断じゃねえぜ。兄さん、やっぱあんた大したもんだ、なああねさん?」
 言って、そのままあたしに振り向き、話をぶん投げてくる。ウィンク付きで。
 あたしも、ピンと来た。信仁が、あたしに何を言わせたいのかを。
「……そうだね、大したもんだ、惚れ惚れするって奴だね」
 精いっぱい、あたしはしなを作って、言う。
 こういうのは、たとえあたしみたいな小娘だとしても、女が言うって事に意味がある、そういう事だ。小娘とはいえ女に言われていい気にならない男はまず居ない。いい気にさせて、褒め殺すって事だ。
「じゃあ交渉成立だ、こっから先はお互い見ず知らずって事だな」
 寿三郎が、パイプ椅子から立ち上がりつつ言う。入れ替わるように信仁がしゃがみ込み、
「とは言え、俺たちも帰りしなに後ろから撃たれたんじゃあ、シャレにならねぇからな……」
 そこら辺で見つけた若干錆の浮いたカッターを手に、信仁がアニキに近付く。
「な、何しやがるつもりだ!」
「いや、一応、後始末をね……」
 言いながら、信仁はアニキの手と足を繋いでいたロープだけを切断した。
「……これで少しは動けるだろうよ」
「待て、切るなら全部切りやがれ!」
「いやいや、言ったろ?後ろから撃たれちゃたまんねぇから、時間稼ぎはさせて貰うぜ」
 言って、信仁はそのカッターをアニキから少し離れた所に置く。
「あとは自分で何とかしてくんな。なに、上手い事やりゃすぐ全部切れるさ」
「じゃあ、これで本当におさらばだ、二度と会わない事を祈るぜ」
 信仁に続いて、寿三郎が丁重な別れの言葉を口にした。
「ま、待ちやがれ!ほどきやがれ!おい!」
 床に半身を起こしたアニキがわめくのを無視して、二人はシャッター横のドアに向かう。
 あたしも、極力平静を装って、その後に続いた。
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