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雑居ビルの鍵貸します_15
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そして今日。場所は東京都西東京市、西武新宿線田無駅から南に徒歩六分の北条柾木のワンルームマンション。
「いい加減にして下さい!」
柾木が、本気で怒鳴る。
「朝っぱらから近所迷惑でしょう!それとも何ですか?あなた達みんなで俺をここから追い出したいんですか!」
最初は怒声そのものにびっくりして、次にそれが柾木の怒声である事に気付き、さらにはその怒りの矛先が自分に向いている事に気付いて、西条玲子は――ベールの奥で見えないが――目をまん丸にして凍り付き、ついで、その目にみるみる間に涙が溢れる。
「いやぁ……ちょっと悪ふざけが過ぎたかねぇ、ごめんよ」
人並みの首の長さに戻った本所隼子が、居住まいを直して柾木に謝る。
「わ、私……あの……」
玲子は完全にテンパってしまい、両手を胸の前で固く握りしめてかたまってしまっている。
「あの……ご、ごめんなさい……」
ベールの向こうの、外からは見えないはずの紅い瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が止めどなくこぼれ落ちるのが柾木には見える。
「……あーもう、いいです、とにかく静かにして下さい」
柾木は、やり場のない気持ちを押し殺しつつ、肩を落としてため息をついた。
「……で?玲子さん達はなんでここに居るんですか?」
ソファベッドを貫通した錫杖を引っこ抜きながら、柾木が尋ねる。
「……それは……菊子さんの所に柾木様をお連れしようと、お迎えに……」
部屋を片付ける柾木の邪魔にならないように、隅の方で小さくトンビ座りしている玲子が、呟くように答える。可愛らしいフリルのついたハンカチで目頭を押さえつつ。
「そうしましたら、柾木様のお部屋から悲鳴のような声が聞こえましたものですから……」
ああ、そういやそうだった。柾木は思い出す。今日は朝寝しようと思って目覚ましかけないで寝て、ふと気が付くと隼子さんの首が体に絡みついていて、思わず大声出したっけ。
思い出しつつ、柾木は部屋の入口側、玄関入ってすぐの小さなキッチンに立ち、換気扇の下で煙管を吸っている隼子に目をやる。
「……あたしかい?あたしゃあれだよ、色々世話になったからねぇ、お兄さん男一人暮らしだろう?今日は店も休みだし、お礼と言っちゃ何だけど、身の回りの世話でもしてあげようかと思ってね」
「こんな朝早く……でもないけど」
時計はそろそろ午前十時になろうとしている。
「どうやって入ったんです?大体、どうしてここが?」
「そりゃあんた、名刺置いてったじゃないか」
あ。その事も柾木は思い出す。一応、「協会」のネゴシエイターとして、笠原さんに言われて挨拶用に名刺作ったっけ。そういやここの住所と携帯の電話番号書いちゃってたな……
「扉は鍵かかってたけど、そろそろ暑くなってきたからって、窓開けっぱなしじゃ、あんた不用心だよ」
「……窓から入って来たんですか?」
その着物姿で?柾木の視線はそう隼子に聞いている。ここ、二階ですけど?
「抜け首って言ってね、あたしゃちょっとの間なら体から首が離れても大丈夫なのさ。それで、先に首だけ入って玄関の鍵をこう……」
隼子は、玄関ドアのロックを口で回す仕草をする。柾木は、死んだ魚みたいな目でそんな隼子を見つつ、聞く。
「……こんな人気のある所で、こんな明るいうちに?」
そんな事をやらかしてくれたのか?柾木は、妖怪相手に常識もクソも無いもんだとは思いつつも、隼子の常識を疑う。
「ああ、それなら心配ないよ、五月に頼んで人払いの霊符をこさえてもらったのさ」
帯の間から何やら文字と模様の描かれた短冊を取り出し、隼子はひらひらさせる。
「いや、あの娘雇って大正解だねぇ、器量は良いし気は利くし客あしらいも出来る、なにより色々腕が立つってのがいいじゃないか」
「あー……」
ホント何してくれてんですか五月さん。柾木は、脱力する。
「そんなわけだからお兄さん、今日は炊事洗濯、何でもしてあげるよ。こう見えても年季は入ってるんだ、そんじょそこらの女にゃ負けないよ」
笑顔で、隼子は胸を張る。幕末からこっちずっと小料理屋やってるろくろっ首だ、家事全般の年季はそりゃ誰にも負けないだろうけど。
柾木が返答する前に、玲子が割って入る。
「お生憎ですが、柾木様は今日は、私と出かける用事がございますの」
まるでエサを盗られまいとする野良猫みたいなオーラを放つ玲子が発した言葉は、端々に明確なトゲがある。
「あらそうかい。それじゃ仕方ないね、洗濯して晩飯でも作って帰りを待つとしようかね」
本気なのかからかっているだけか、隼子は余裕で玲子のトゲをいなす。
「晩ご飯も、私とご一緒される事になっております!ね、柾木様?」
自分には効果がないと知ってはいても、柾木は玲子の眼差しに射貫かれたような気がする。
「……はい、まあ、そういう事なんで。すみません隼子さん、俺実は週一で井ノ頭さんの所に行かないといけなくて……この体、実は作り物で、週一で充電しないとダメなんです」
ものすごくざっくりと、柾木は本当のところを隼子に話す。
「そうかい……そういう事情なら仕方ないね。しかし難儀な話だねぇ、一体どこのどいつだい?お兄さんの体盗み出した奴は?」
「直接の犯人は捕まえたんですけど、黒幕はよくわからないんですよ」
「そうかい……まあ、早く何とかなるのをあたしも祈るよ……さて、それじゃあ仕方ないね、無駄足みたいだから、あたしはお暇しようかねぇ」
「すみません、折角来て頂いて」
つい、柾木はそう言ってしまう。
もう、柾木様は。玲子は、口にこそ出さないが、そう言って柾木の尻の一つもつねり上げたくて仕方なく感じ、また、そう感じる自分に驚きもする。
「……お兄さん、本当にいい人なんだねぇ。人間のうちに出会っときたかったねぇ」
そう言って、隼子は優しく笑った。
「いい加減にして下さい!」
柾木が、本気で怒鳴る。
「朝っぱらから近所迷惑でしょう!それとも何ですか?あなた達みんなで俺をここから追い出したいんですか!」
最初は怒声そのものにびっくりして、次にそれが柾木の怒声である事に気付き、さらにはその怒りの矛先が自分に向いている事に気付いて、西条玲子は――ベールの奥で見えないが――目をまん丸にして凍り付き、ついで、その目にみるみる間に涙が溢れる。
「いやぁ……ちょっと悪ふざけが過ぎたかねぇ、ごめんよ」
人並みの首の長さに戻った本所隼子が、居住まいを直して柾木に謝る。
「わ、私……あの……」
玲子は完全にテンパってしまい、両手を胸の前で固く握りしめてかたまってしまっている。
「あの……ご、ごめんなさい……」
ベールの向こうの、外からは見えないはずの紅い瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が止めどなくこぼれ落ちるのが柾木には見える。
「……あーもう、いいです、とにかく静かにして下さい」
柾木は、やり場のない気持ちを押し殺しつつ、肩を落としてため息をついた。
「……で?玲子さん達はなんでここに居るんですか?」
ソファベッドを貫通した錫杖を引っこ抜きながら、柾木が尋ねる。
「……それは……菊子さんの所に柾木様をお連れしようと、お迎えに……」
部屋を片付ける柾木の邪魔にならないように、隅の方で小さくトンビ座りしている玲子が、呟くように答える。可愛らしいフリルのついたハンカチで目頭を押さえつつ。
「そうしましたら、柾木様のお部屋から悲鳴のような声が聞こえましたものですから……」
ああ、そういやそうだった。柾木は思い出す。今日は朝寝しようと思って目覚ましかけないで寝て、ふと気が付くと隼子さんの首が体に絡みついていて、思わず大声出したっけ。
思い出しつつ、柾木は部屋の入口側、玄関入ってすぐの小さなキッチンに立ち、換気扇の下で煙管を吸っている隼子に目をやる。
「……あたしかい?あたしゃあれだよ、色々世話になったからねぇ、お兄さん男一人暮らしだろう?今日は店も休みだし、お礼と言っちゃ何だけど、身の回りの世話でもしてあげようかと思ってね」
「こんな朝早く……でもないけど」
時計はそろそろ午前十時になろうとしている。
「どうやって入ったんです?大体、どうしてここが?」
「そりゃあんた、名刺置いてったじゃないか」
あ。その事も柾木は思い出す。一応、「協会」のネゴシエイターとして、笠原さんに言われて挨拶用に名刺作ったっけ。そういやここの住所と携帯の電話番号書いちゃってたな……
「扉は鍵かかってたけど、そろそろ暑くなってきたからって、窓開けっぱなしじゃ、あんた不用心だよ」
「……窓から入って来たんですか?」
その着物姿で?柾木の視線はそう隼子に聞いている。ここ、二階ですけど?
「抜け首って言ってね、あたしゃちょっとの間なら体から首が離れても大丈夫なのさ。それで、先に首だけ入って玄関の鍵をこう……」
隼子は、玄関ドアのロックを口で回す仕草をする。柾木は、死んだ魚みたいな目でそんな隼子を見つつ、聞く。
「……こんな人気のある所で、こんな明るいうちに?」
そんな事をやらかしてくれたのか?柾木は、妖怪相手に常識もクソも無いもんだとは思いつつも、隼子の常識を疑う。
「ああ、それなら心配ないよ、五月に頼んで人払いの霊符をこさえてもらったのさ」
帯の間から何やら文字と模様の描かれた短冊を取り出し、隼子はひらひらさせる。
「いや、あの娘雇って大正解だねぇ、器量は良いし気は利くし客あしらいも出来る、なにより色々腕が立つってのがいいじゃないか」
「あー……」
ホント何してくれてんですか五月さん。柾木は、脱力する。
「そんなわけだからお兄さん、今日は炊事洗濯、何でもしてあげるよ。こう見えても年季は入ってるんだ、そんじょそこらの女にゃ負けないよ」
笑顔で、隼子は胸を張る。幕末からこっちずっと小料理屋やってるろくろっ首だ、家事全般の年季はそりゃ誰にも負けないだろうけど。
柾木が返答する前に、玲子が割って入る。
「お生憎ですが、柾木様は今日は、私と出かける用事がございますの」
まるでエサを盗られまいとする野良猫みたいなオーラを放つ玲子が発した言葉は、端々に明確なトゲがある。
「あらそうかい。それじゃ仕方ないね、洗濯して晩飯でも作って帰りを待つとしようかね」
本気なのかからかっているだけか、隼子は余裕で玲子のトゲをいなす。
「晩ご飯も、私とご一緒される事になっております!ね、柾木様?」
自分には効果がないと知ってはいても、柾木は玲子の眼差しに射貫かれたような気がする。
「……はい、まあ、そういう事なんで。すみません隼子さん、俺実は週一で井ノ頭さんの所に行かないといけなくて……この体、実は作り物で、週一で充電しないとダメなんです」
ものすごくざっくりと、柾木は本当のところを隼子に話す。
「そうかい……そういう事情なら仕方ないね。しかし難儀な話だねぇ、一体どこのどいつだい?お兄さんの体盗み出した奴は?」
「直接の犯人は捕まえたんですけど、黒幕はよくわからないんですよ」
「そうかい……まあ、早く何とかなるのをあたしも祈るよ……さて、それじゃあ仕方ないね、無駄足みたいだから、あたしはお暇しようかねぇ」
「すみません、折角来て頂いて」
つい、柾木はそう言ってしまう。
もう、柾木様は。玲子は、口にこそ出さないが、そう言って柾木の尻の一つもつねり上げたくて仕方なく感じ、また、そう感じる自分に驚きもする。
「……お兄さん、本当にいい人なんだねぇ。人間のうちに出会っときたかったねぇ」
そう言って、隼子は優しく笑った。
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