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第七章:決戦は土曜0時

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 張果ちょうかの話しを聞きながら、五月は、その答えにたどり着いてはいた。
 どうして、莉莉リリが私を受け入れたのか。何がそうさせたのか。
 だが、それを口にする事は、憚られた。少なくとも、この場では、この男の前では。
「……あなたにとって、莉莉は、何だったの?」
 それ・・を語る代わりに、五月は、張果に、聞いた。
「……なに?」
「便利な道具?都合の良い女?何だったの?」
「……さあな、一世紀は昔の事でな……忘れたな」
 にたりと嗤って、張果は言葉を続ける。
「……便利で都合よくはあったな。よく言う事は聞いたし、どっちの軍の高官も、莉莉を抱かせれば簡単に操れたでな」
 五月の胸の奥が、ぎゅっと締まる。辛く、哀しい痛み。でもこれは、莉莉の痛みではない。
 ガタン、誰かの事務椅子がひっくり返る。
「あんた……」
 北条柾木が、張果を掴み上げている。何かが、柾木の逆鱗に触れていた。
「あんたは、人間の、クズだな……」

 柾木は、自分でも珍しく、激昂しているのを自覚していた。
 自分は男で、男であるからこそ、女性をそんな、物として扱う言い方が我慢出来なかったのだろう、自分ではそう思う。男であるから、女性に幻想を持っているから、女性とはそういうものだ、神聖なんだと言う漠然としたイメージがあるから、それに反する、それを踏みにじるような扱いをする男が許せない、そういう、本能に近い部分の怒りだった。
「柾木様……」
 玲子は、柾木が急に荒々しく立ち上がった事に、張果にそれほどの怒りをぶつけている事に驚き、それを、柾木の女性に対する優しさの裏返しだと捉えた。自分に対してそうであるように。柾木が、誰に対してもそうであるように。
 だから、玲子は、柾木のその腕に、そっと手を置く。エータの腕であっても、柾木の怒りが伝わるその腕に。

 五月も、ぼんやりとした怒りを感じていた。それは、張果に対してではなく、自分の中にある、莉莉の感情に対してだった。
 自分が莉莉を取り込んでいるのか、莉莉が自分を取り込んでいるのかは分からない。だが、今、自分の心の一部に感じる想い、これは莉莉のものだ、それは分かる。
 そして、莉莉は、張果を恨んでいない。どころか、その心からは、喜びが溢れている。それは、もしかしたら、既に莉莉は死んでいるのだから、死のその瞬間の感情が固定化され、動く事は無いだけかも知れない。だから、しかし、では何故、莉莉は喜びに溢れて死んでいるのか。
 だから、五月には分かる、分かってしまった。莉莉が、何故、五月に同調し、五月を認めたのか。
 同類なのだ。同類だと、莉莉が感じたのだ。
 莉莉は、駄目な女だったのだ、五月は直感していた。占いを生業とし、田舎から都会に出てきて、苦労もして、ある時、頼りになる男と出会って……そんな、ありふれた、落ちぶれる女の生き様。頼りになると思われた男の、結局は言いなりになって身を持ち崩して、それでも男を恨めず、男に尽くす、貢ぐ喜びだけで生き、死んでいった女。そんな、駄目な女。
 五月は、莉莉が、自分をそれと同じだと認めた事に気付いてしまった。それは違うと言いたいが、少なくともここまでの人生、割と似たような軌跡をなぞっていると認めざるを得ないのが悔しい。
 そして、もう一つ。五月が気付いた、莉莉が五月に同調した、最大の理由。
 莉莉の感情は、誰かを最大限に愛した、その瞬間で固定されていた。そして。
 五月もまた、今、同じように、愛する男を想っていた。
 それはもう、完全に八つ当たりではあったが、そのせいもあって、それを口に出せない五月は、心の中のモヤモヤした思いを、握りしめた拳にこめて、柾木が締め上げている張果の顔面に叩き込んだ。

 柾木も玲子も、突然立ち上がった五月が、ものも言わずにいきなり全力で張果をぶん殴ったのを見て、目をまん丸にしていた。
 殴られた当の張果ですら、それは全く予想外であったらしく、殴られた勢いで柾木の手から外れ、再び床に転がりつつも、咄嗟には言葉すら出てこない。
「な……おま……なにを……」
「これが答え!じゃないけど!莉莉も!あんたも!バカじゃないの!」
 自分でも制御しきれない感情がほとばしり、涙が溢れてくる。莉莉という、あまりにも哀しくて、あまりにもバカな女、もしかすると自分の末路かも知れない、そんな女に、五月は否応なく感情移入している。
「ああ……なんか、答え、分かった」
「……うん、分かった、と思う」
 感情が高ぶってしまった五月を見て毒気を抜かれて、円と鰍が小声で言う。
「な……何の事だ……?」
 簀巻きに近い状態で床に転がされている張果が、真剣に聞き返す。
「これでお分かりにならないのであれば、どう言ってもご理解頂けないと思いますわ……」
 玲子も、五月の様子から答えを、張果が知りたがっている疑問の答えに女であるが故に思い当たり、男であるが故にやはりイマイチわかってはいない柾木の腕に掴まりながら、言った。
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