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第七章:決戦は土曜0時

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 ぐつぐつと、含み笑いをしながら、張果ちょうかは大儀そうに体を起こした。
「気配を消してはいたつもりだったのだがな、流石にケダモノの鼻は騙せなかったかの」
 そう言って、張果は再び、嗤う。
 その胸ぐらを、かじかが掴む。張果のめしいた、穴だけの眼窩を、自分の目線まで引き摺り上げる、乱暴に。
「……おい。聞かれた事に答えろ。あれは誰で、一体何をしやがった?」
 歯軋り混じりの鰍の問いに、それでもしばらくは含み笑いを止めなかった張果は、一息、深く呼吸をすると、
「いやいや、なるほどな、鍵は茉茉モモではなく莉莉リリだったか。気付かなんだわ……お前、五月さつきと言ったか、後学のために教えてくれんかの。どうやって莉莉に取り入った?」
「てめぇ……」
 ぐつぐつと、張果は三度、嗤う。
「そうせくな、ケダモノの小娘。お前らの知りたい事を教えてやるから、儂の知りたい事も教えろ。茉茉はな、確かに莉莉の産んだ子よ。ただし、死んで生まれたがな」
 その場に居る女性達が、息を呑む。その事実の大きさは、同様に張果の語る事実に驚いてはいる柾木には、しかし、男の身には感触としては共感出来ていない。
「儂が莉莉に会ったのは、阿片戦争の少し前のことよ。南の出身だと言っていたな。占い師というふれ込みであったが、人をたぶらかす術に長けておっての。なかなかにいい女であったよ」
 一呼吸置き、懐かしい思い出を語るような口調で、張果は続ける。
「いい女ではあったが、愚かな女だったの。結局は阿片で身を持ち崩して死んだな。茉茉は、その間に生んだがな、親が阿片中毒では子もまともには育つ道理などないわな。身ごもって半年程で流れたよ」
 鰍は、片手でつるし上げていた自分とさほど変らない体格の張果を、乱暴に、さっきまで自分が座っていた事務椅子に叩きつけるように座らせる。それはちょうど、一同から見て入口側に外れた視線が集まる位置、五月のちょうど反対側だった。
「儂は、優しいのでな。苦しむ莉莉には阿片を手に入れてやったし、流した子も人形にして抱かせてやったよ」
 空気が、重い。楽しい思い出を語るような張果の口調が、女性達の神経を逆なでしているのが、柾木にもよく分かった。いや、むしろ、張果はわざと逆なでするような話し方をしている?
「……あんた、まさか、南京の軍閥の関係者?」
 それまで、腕組みして黙って話しを聞いていたまどかが、ぽつりと言った。
「ほう?」
 興味深そうに、張果が言葉を切った。
「阿片の横流しはあの頃の軍の十八番おはこだからね……大陸の南方なら国民党軍だろうけど、別に八路パーロ軍でも関東軍でもどこでも同じようなもんだったわね」
「話しが早いの。まあ、儂は軍人ではなかったがの。軍には稼がせてもらったな、日本軍にもな」
 北条柾木は、話しについて行けなくなる。そっと傍らの玲子の耳に口を寄せる。
「玲子さん、俺、何の話なんだか……」
「……戦前?いえ清朝末期?の中国のお話しのようですが、わたくしも詳しくは……」
「こいつが、敵味方関係なく渡り歩いた、裏切り者のクソ野郎だって事よ」
 小声で話したつもりが聞こえていたのか、円が吐き捨てるように、言った。

「そうさな、儂はそういう奴よ。だが儂は誰にも儂を売り渡しはせんかったのだぞ?莉莉も楽にしてやったし、望んでいた子供も抱かせた。素晴らしいと、むしろ褒められて然るべきではないか?」
「何をいけしゃあしゃあと……」
 鰍が、発達した犬歯を、牙を剥きだして呟く。
「……ものは言いようね。でも、あの頃はみんな狂ってた、それは認めるわ」
 玲子も、五月も、思いのほか冷静に呟いた円を驚いて見る。鰍が、ぽつりと呟く。
「ばーちゃん……」
「……体験してないと。教科書じゃ分からないだろうけどね。だから、その意味ではあたしはあんたを責めない。けど、現在進行形でこっちに迷惑かけてる件は別よ……それに、死人を眠らせてあげてないのは、あたしは許さないわ」
 冷静でありながらも、円の視線は、盲た張果の眼窩を射貫く。
「……許すだ許さないだ、生意気な事を抜かすものだ、人の姿をかたるケダモノの分際で……おまえ」
 張果は、五月の方を向いて――部屋中の人形が浄化されて使えないせいか、声を頼りのせいか、わずかにその向きはずれているが――聞く。
「そろそろ、儂の聞きたい事も答えろ。どうやっておまえは莉莉に取り入った?」
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