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第五章:焦りだけがつのる木曜日

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「もしもし、井ノ頭さんのお宅ですか?お世話になってます、北条です……あ、菊子さんですか、どうもです。……はい、はい、ありがとうございます」
 営業所の昼休み。実際にはフロント業務を無人にするわけには行かないので、時間差で交代で昼食と休憩なのだが、その休み時間を使って、北条柾木は井ノ頭邸に電話を入れていた。
「……あ、緒方さんですか、北条です、どうもです。あのですね、夕べか今朝か、ニュースとか見ました?……いやテレビ、いやいやそこは見ましょうよ」
 案の定というか、緒方いおりは報道のニュースに接していなかった。予想していたとは言え、北条柾木は彼ら、ある意味世捨て人とも言える人たちの日常感覚に若干の頭痛を感じざるをえなかった。
「エータですエータ、夕べエータが走ってるのが何件かネットに動画が上がってます……はい、検索してみてください、走る男とか、ランニングマンとかそんなワードで……はい、そうです、撮影場所と時間が分かれば、エータの行き先の見当くらい付くんじゃないかと……はい、俺は仕事さぼるわけに行かないんで、すみませんがそっちで……はい、そうです、お願いします」
 ネットに上がっている動画を検索し、時間と場所を割り出し、エータの行き先の見当を付ける。柾木にも出来る作業ではあるが、業務時間にそんな事しているわけにも行かない。柾木は、だからそれら作業をいおりに頼むと、もう一件の気になっている事をいおりに話す。
「それとですね、夕べ、また夢を見ました……はい、同じ夢です。ちょっと内容は違いますが……」
 同じ夢。柾木の指を掴む、黄色い髪の幼児のいたいけな掌。だが、その幼児は誰かの腕、恐らくは母親だろう誰かに抱かれている。そこまでは一昨日と同じ夢だった。だが。
 夢の中で、柾木ははっきりと見た。その腕が、カンフー映画にでも出てきそうな服を着た女性のものである事を。その女性に抱かれ、満ち足りたように微笑む幼児を。そして。
 その幼児と女性、そして自分をあちこちから見つめる、無数の目を。

「……確かな事は言えません、あくまで推測ですが、今、エータはその幼児と女性のすぐ側にいる、という可能性がありますね……」
 井ノ頭邸の玄関で、黒電話の受話器を耳に押し当てた緒方いおりが呟く。
「あくまで仮定の話ですが。北条さんが何度も同じ夢を見たのは、その幼児か女性かが、エータの居所を探すためか、接触を持とうと何度も試したからだと考えると辻褄が合いそうです。そして、それをサポートする位置に、ラムダを盗み出した集団が居る……」
 ラムダを盗み出した集団であれば、エータが井ノ頭邸にある事も知っているだろうし、先の事件を考えるとエータに接触する動機もありそうに思える。柾木は、思ったよりもこれは深い事情がありそうだと思って、少し空恐ろしく感じる。
「緒方さん、だとすると、これは計画的な犯行って事になります?」
「あくまで可能性の話ですが、偶然と考えるよりは納得しやすいですね」
「そうか……だったら、警察、酒井さんとかに連絡した方が良いですよね?」
「でしょうね。したからって、まだどうにもなるほどの情報はないですが」
「分かりました。じゃあ、酒井さんには俺から電話してみます。緒方さんは、エータの行き先の見当をお願いします」
「分かりました。では」
「はい、よろしくお願いします。失礼します」
 スマホの通話を切り、柾木はメーラーを立ち上げ、今いおりと話した内容をかいつまんで箇条書きでまとめ、酒井と蒲田に連名でメールを発信する……しようとして、BCC欄に玲子のアドレスも入れ、送信ボタンを押す。

 一息ため息をついてスマホをスーツの内懐にもどし、飲みかけの缶コーヒーを飲もうとしたところで、胸のスマホが振動する。
 あわててスマホを取り出した柾木は、それがメールではなく電話の着信で、相手が西条玲子であることにちょっと驚きつつ通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「柾木様?西条玲子です、あの、今、お時間よろしゅうございまして?」
「はい、もうしばらくは昼休みなんで大丈夫です、どうかしましたか?」
「はい、メールを戴きまして、それで、今はお電話差し上げて大丈夫な時間帯だと思いまして。あの、柾木様はあの映像はご覧になりまして?」
 映像とは、エータのアレに間違いない。柾木は、玲子は自分にモーニングコールをかけて以降にその事を知り、連絡を取るタイミングを探っていたのだろうという事に気付いた。
「はい、見ました。それでさっき緒方さんに電話して、それから酒井さんと蒲田さんにメールした所です。一応、情報共有ってことで玲子さんにもCC流したんですが」
「そう言う事でしたのね、柾木様から私が頂くメールにしては文章が事務的で変だと思ったのです」
 確かに、相手が警察官だし事実を明瞭完結に伝えるために箇条書きにしたからな、玲子さんにメールする際にはもう少しくだけた文面にしてるものな。柾木はさっき打ったメールの文面を思い出す。でも、俺、そもそもそんなに玲子さんにメール出してないけどな。
「それで、エータの件なのですが」
「はい、緒方さんに動画から行き先の見当つけてくれるようにお願いしたところです……それより」
 柾木は、ふと思いついて、先ほど緒方いおりにも話していない件を玲子に相談しようと思った。
「これは緒方さんには言ってないんですが。ちょっと聞いて貰えますか?」
「……何でしょう?」
 電話の向こうで玲子が身構えた気配が伝わる。この流れでの相談で、軽い話ではない事を理解したのだろう。
「俺の夢の話ですが、例の幼児を抱いていた女性、どうも五月さんに似てる気がしたんです」
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