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第四章:深淵より来たる水曜日
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計測が終わり、朝食も終わり、緒方いおりが実験室に下がってしまうと、もはや北条柾木にする事はなくなってしまった。どのみち、スケジュール的にはオフである。普段の休日に比べれば早起きをした事になるが、起き抜けにシャワーを浴び、旨い朝食をたらふく食べられた事もあり、気分はすこぶる良い。
食事を終えた柾木は、玲子を誘って台所から廊下を挟んで向かいの客間に移る。ある意味通い慣れた井ノ頭邸であるが、実はこの家にはテレビらしきものも、ネット環境の端末らしきものもこの客間にしかない。ネットワーク回線そのものはかなり太いのが曳いてあるが、いおりは自分の端末でアクセスするし、菊子に至ってはダイレクトに回線にアクセスするから汎用の端末というものがなく、同じ理由で誰も見ないからテレビは地上波衛星ともアンテナすら存在しない。唯一、客間の壁に埋め込まれた巨大なモニタだけが、汎用ネット端末の代用となり得る表示装置だった。
その巨大なモニタの四分の一未満の面積に、情報番組のふりをした平日午前のバラエティ番組を流しつつ、柾木は玲子と菊子を相手に他愛もない会話とお茶を嗜む事にした。この半年ほど、毎週一度は「充電」の為に訪れていた井ノ頭邸は、おっとりのんびりした菊子のキャラクターもあって居心地は素晴らしく良い。玲子も、時田と袴田を次の間に下がらせてくつろいでいる様子だ。外は師走の木枯らしが吹く陽気だが、部屋の中は古めかしい屋敷の外見に反して冷暖房完備、からっ風吹きすさぶ北関東出身の柾木ならずとも、こんな家に住めたらと思わざるを得ない落ちつき。
平和で安穏なひととき。柾木は、それが続かない未来があるなど考えもしなかった。
まったりと、緩やかに流れていた時間に、突然、玄関の古風な呼び鈴が割り込んだ。
「ん?」
「お客様、ですか?」
「あらあら、いけない、もうお時間でしたのね」
菊子が、何事か思い出した様子でぱたぱたと急ぎ足で玄関に向かう。どうやら、来客の予定を「うっかり」失念していた様子だ。
「お待たせしました、酒井さん、蒲田さん、いらっしゃいませ」
「どうも、朝早くすみません」
「お邪魔します、はい」
菊子の応答に続いて聞こえてきた聞き覚えのある声に、玄関隣の客間の柾木と玲子は顔を見合わせた。
「え?刑事さん達?」
「一体何の御用でしょう?」
午前十時過ぎ、突然の、来客の理由が柾木は皆目見当がつかない。だが、まさか現役の警察官が、平日の午前中に茶を飲みに来るとも思えない。そこはかとなく不安を覚えた柾木は、続いた菊子の声でそれが予定された来客であった事を確信する。
「緒方さん、酒井さんと蒲田さんがいらっしゃいました。ラムダ、お荷物をお願いします」
「ああ、こりゃどうも」
「お願いします、はい」
刑事二人は、なにがしかの荷物をラムダと呼ばれたオートマータに渡したらしい。
「どうぞ、緒方は下の実験室におります」
「それでは、失礼します」
足音が階段を下がってゆく。すぐに菊子が客間に顔を出す。
「北条さん、玲子さん、酒井さんと蒲田さんにお茶をご用意しますので、ちょっと失礼します」
それだけ言って菊子はすぐに引っ込んでしまう。
もう一度顔を見合わせた柾木と玲子は、
「……挨拶、して来ましょうか」
「……はい、そうですね」
食事を終えた柾木は、玲子を誘って台所から廊下を挟んで向かいの客間に移る。ある意味通い慣れた井ノ頭邸であるが、実はこの家にはテレビらしきものも、ネット環境の端末らしきものもこの客間にしかない。ネットワーク回線そのものはかなり太いのが曳いてあるが、いおりは自分の端末でアクセスするし、菊子に至ってはダイレクトに回線にアクセスするから汎用の端末というものがなく、同じ理由で誰も見ないからテレビは地上波衛星ともアンテナすら存在しない。唯一、客間の壁に埋め込まれた巨大なモニタだけが、汎用ネット端末の代用となり得る表示装置だった。
その巨大なモニタの四分の一未満の面積に、情報番組のふりをした平日午前のバラエティ番組を流しつつ、柾木は玲子と菊子を相手に他愛もない会話とお茶を嗜む事にした。この半年ほど、毎週一度は「充電」の為に訪れていた井ノ頭邸は、おっとりのんびりした菊子のキャラクターもあって居心地は素晴らしく良い。玲子も、時田と袴田を次の間に下がらせてくつろいでいる様子だ。外は師走の木枯らしが吹く陽気だが、部屋の中は古めかしい屋敷の外見に反して冷暖房完備、からっ風吹きすさぶ北関東出身の柾木ならずとも、こんな家に住めたらと思わざるを得ない落ちつき。
平和で安穏なひととき。柾木は、それが続かない未来があるなど考えもしなかった。
まったりと、緩やかに流れていた時間に、突然、玄関の古風な呼び鈴が割り込んだ。
「ん?」
「お客様、ですか?」
「あらあら、いけない、もうお時間でしたのね」
菊子が、何事か思い出した様子でぱたぱたと急ぎ足で玄関に向かう。どうやら、来客の予定を「うっかり」失念していた様子だ。
「お待たせしました、酒井さん、蒲田さん、いらっしゃいませ」
「どうも、朝早くすみません」
「お邪魔します、はい」
菊子の応答に続いて聞こえてきた聞き覚えのある声に、玄関隣の客間の柾木と玲子は顔を見合わせた。
「え?刑事さん達?」
「一体何の御用でしょう?」
午前十時過ぎ、突然の、来客の理由が柾木は皆目見当がつかない。だが、まさか現役の警察官が、平日の午前中に茶を飲みに来るとも思えない。そこはかとなく不安を覚えた柾木は、続いた菊子の声でそれが予定された来客であった事を確信する。
「緒方さん、酒井さんと蒲田さんがいらっしゃいました。ラムダ、お荷物をお願いします」
「ああ、こりゃどうも」
「お願いします、はい」
刑事二人は、なにがしかの荷物をラムダと呼ばれたオートマータに渡したらしい。
「どうぞ、緒方は下の実験室におります」
「それでは、失礼します」
足音が階段を下がってゆく。すぐに菊子が客間に顔を出す。
「北条さん、玲子さん、酒井さんと蒲田さんにお茶をご用意しますので、ちょっと失礼します」
それだけ言って菊子はすぐに引っ込んでしまう。
もう一度顔を見合わせた柾木と玲子は、
「……挨拶、して来ましょうか」
「……はい、そうですね」
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