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第四章:深淵より来たる水曜日

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「……そう言えば、皆さんは朝食済まされたんですか?」
 トーストと卵を共に三分の二ほど食べてから、思い出したように柾木は尋ねた。
「ええ、いただきました」
 笑顔で菊子が即答する。その横のいおりは、何やらバランス栄養食的なスティック状のものを、翼を授ける的な飲物で今まさに流し込んでいる。
「我々は既に済ませております」
 玲子が柾木の給仕をしているため、とりあえずする事がなく、壁際に控えていた時田が答える。
「ただ、お姫さまおひいさまはお料理のご準備にお忙しいご様子で、召し上がっていらっしゃらなかったと」
「え?」
 思わず玲子を見た柾木の視線を、玲子は逸らす。
「時田!」
「これは差し出がましい事を申し上げました」
 玲子の叱責に、まるで悪びれずに時田が答える。
「玲子さん、朝食食べてないんですか?」
「いえ……はい」
「ダメですよ、朝食抜いちゃ……そこにあるのは違うんですか?」
 柾木は、あまり体が丈夫とは言えない上に食が細めの玲子をたしなめると同時に、台所の隅に、自分が食べているのと同じモーニングセットがある事に気付く。
「これは、柾木様の分ですが、ちょっと早く作りすぎてしまいまして、冷めてしまいまして……」
「じゃあ、それ、良ければ俺がもらいますから、パンと卵もう一つ焼いて、一緒に食べましょうよ」
「そんな、柾木様に冷めたものをお出しするなんて」
「でもそれ、誰も食べないんじゃもったいないですよ。そういうの、良くないです、もったいないお化けが出ます」
 北関東の、農村部寄りの市街地周辺で生まれ育った北条柾木は、そのあたりは保守的である。
「……ならば、これはわたくしが戴きますから、柾木様はお替わりなら新しく焼いたものを召し上がって下さいまし、すぐにご用意致しますから」
「いや……まあ、いいか。じゃあ、それでお願いします」
「はい、ちょっとだけお待ち下さいまし」
 言い争っても、あれで頑固な玲子は絶対に冷めたものを柾木に食べさせようとはしないだろう、その手前で譲らせたのだからそこで良しとしよう。慌てて卵とベーコンとパンを用意し始める玲子を見つつそんな事を思いながら、柾木は壁際に控える時田を見る。時田は、柾木の視線を感じ、ほんの一瞬、ほんのわずか、口角を上げた。

「それで緒方さん、何か分かったんですか?」
 食後のコーヒー、これはタイミングを見計らった時田が豆を挽いて用意していたものを戴きながら、柾木が緒方いおりに聞く。
「うーん、まだ解析してないから詳しい事は分からないけど、エータが反応してたから、通信ログは取れてると思う」
 時田が人数分煎れたコーヒーを、折角だからと ブラックで飲みながらいおりが答える。
 昨夜、流石に地下の実験室の作業台で一晩過ごすのは如何なものかという事で、滅多に使われていない井ノ頭家の二階客用寝室に寝る事になった柾木は、就寝中のデータ一式は遠隔で実験室の計測器で録っていたため内容は全く分からないし、エータもやはり実験室にあるから、また手が動いたりしていたとしてもそれも分かっていなかった。
「あ、また動いたんですか?」
 やっぱり半分、びっくり半分で柾木が聞き返す。
「本当に、エータが動きましたの?」
 角砂糖を二つ、ミルクをたっぷり入れたコーヒーカップから唇を離して玲子も問う。
「この目で見ました、北条さん、夢の中で何か握りました?」
 頷いたいおりが、柾木に質問する。
「握ったかなぁ……握ってはいないか、でも指は曲げました、多分」
 うろ覚えの記憶を逆さに振りながら、柾木が答える。例の幼児の指が自分の手指を握った時、思わず自分も、握り返すじゃないけれど指を曲げて、こちらに引き寄せようとした、ような記憶はある。
「どんな夢見てたんですか?」
 聞いてくるいおりに、柾木は覚えているありのままを話す。手を伸ばしてくる、水兵服を着た黄色い頭の幼児。夢の中の割に、小綺麗という感じはなく、むしろ薄汚れている。その笑顔はあくまで無邪気で、体は幼児だが、むしろ感覚的には乳児のそれに近い。
「フムン。視覚を映像化するのは難しそうですが、運動系は再現出来るかもですね……じゃあ、早速解析してみます」
 言って、ぐいーっとコーヒーを飲み干していおりは席を立ち、台所を出る。
「……不思議な夢ですね……何かの暗示でしょうか?」
「さあて……とりあえず、さっぱり心当りは無いんですが……」
 玲子に聞かれても、柾木は首を傾げるばかりだった。
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