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第三章:予兆と岐路の火曜日
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「これ、何ですか?」
井ノ頭邸の地下実験室で、見慣れない計測器の山を指差して、北条柾木は緒方いおりに聞いた。
「それはコントローラーですね、fNIRS測定器の」
「ああ……そうですか」
「お使いになりますか?」
「いえいえ」
無理矢理仕事を定時出切り上げた柾木は、大急ぎで仕事場の中野から田無の自分のワンルームマンションにとって返して一泊分の身の回りの物を用意し、着替える間もあらばこそ、スーツを着たまま八丁堀の井ノ頭邸に向かった。
「あら~、いらっしゃい、北条さん。お夕食はもうお済みですか?」
「あ、いえ、まだですが……お邪魔します」
十九時過ぎに井ノ頭邸に到着した柾木は、丁度出かけようとした井ノ頭菊子と玄関で鉢合わせる。
「じゃあ、お買い物してきますから一緒に召し上がってください。イプシロン、ついてきて下さいな」
無表情な美丈夫を連れて、買い物かごを下げた菊子は出かける。出鼻をくじかれて呆然とそれを見送った柾木は、後ろから声をかけられて我に返る。
「北条さん、思ったより早かったですね」
警備システムで柾木の来訪を知ったのだろう、緒方は地下実験室から階段を上がりしなに柾木に声をかけた。
「あ、緒方さん、どうもです。無理言って済みません」
「こちらこそ。ついでに調べたいこともありますので。早速説明しますので、こっち来て貰えますか?」
元々、井ノ頭邸には菊子といおりしか居ない事もあり、家事一切は自分たちだけでまかなっていた。いおりは四六時中実験室に居るし、菊子に至ってはそもそもオートマータなので睡眠や新陳代謝とは無縁だから、と言うのがその理由だが、定期的に柾木が「充電」に来るようになり、その付き添いで西条玲子その他が頻繁に出入りするようになった事もあって、最近は家事その他を担当する自律型オートマータを常時数体稼働させ、これに伴い、とりあえずの生活時間帯も一般に合わせ、食事も三度三度用意するようになっている。反面、買い物等で菊子が外出する頻度が増えたため、その護衛として外出時には「表情その他はある程度犠牲にして、反応速度に全振りした試作オートマータ」イプシロンを連れて歩くようにしていた。
「イプシロンは優秀なんですが燃費が悪くて。頑張っても一日くらいしかマナがもたないんですよね」
階段を降りながら、独り言のようにいおりが言う。
「その点エータは全方向に高性能でバランスが取れてるんですが、コストがかかる上にどうしてもあれ一体以外に同じ性能が出ないんですよ」
「そういうものなんですか?」
「全部手作りですから、素材のバラツキなんかも影響してるんでしょうけど。だから、西条精機の協力で、採算ベースに乗る量産型に落とし込もうと思ってラムダを試作したんですが、何体か盗まれちゃいましたし」
北条柾木の肉体が持って行かれた際、完成品と部品合わせて数体分、そのラムダが持ち出されてしまっている。そのうち一体のボディは東大に使われたわけだが。
「なんか、もう一体も警察が取り返してくれたってさっき連絡がありまして。ただ、バラバラになってるらしいんですけど。色々話が聞きたいらしくって、例の刑事さん達が明日持ってきてくれるそうです」
「はあ……」
「それでですね、エータの事なんですけど、是非調べておきたいことがありまして」
いおりが、地下実験室の扉を開ける。
ある程度は柾木も見慣れた実験室の中には、作業台の上にエータが寝そべり、その周りに見たこともない計測器らしき物が山ほど積み上げてある。
「……北条さん、何か気付かれませんか?」
「え?何って……」
そう言われても、柾木には何が何だかそもそもさっぱり分からない。
「昨日、ボクがエータの調整を終わらせた時は、エータの腕は下げておいたんです。ですが……」
「え……え?あ!」
「正直に言いまして、夢をどうこう、というのはボクもやったことないので、解析できるか分かりません。ですが、状況から考えて、夢を見ている時に、北条さんとエータの間で何らかの通信が確立していて、それがエータの駆動系に影響してるとしか考えられないんです」
一通りチェックして、エータの駆動系に問題は無いことは確認した、といおりは前置きしてから、話した。
「であれば、内容はともかく、通信のログくらいはエータ経由で記録出来ます。それに合わせて、ありったけのデータを記録しておけば、少なくとも後解析で何か分かるはずです」
嬉しそうに、いおりが話す。
ああ、この人は根っからの技術屋なんだ。最近、仕事上で親会社の技術職と話す機会の増えた柾木はその類似性に気付く。こういう時は、文系の自分は結果が出るまで余計な事を言わない方がトータルで仕事が早く進む。技術バカは放っておくと脇道に逸れやすいが、それはその時に指摘すれば良い。柾木は、仕事で得た教訓を思い出した。
ワクワクを隠しもしないで、いおりが、柾木に告げる。
「では、詳しい説明とセンサーの取り付けはあとでやりますから、とりあえずは夕飯食べてリラックスして下さい。あと、センサー貼り付けの前にシャワー浴びて体と頭皮の油脂を落してもらいますので、よろしくお願いします」
井ノ頭邸の地下実験室で、見慣れない計測器の山を指差して、北条柾木は緒方いおりに聞いた。
「それはコントローラーですね、fNIRS測定器の」
「ああ……そうですか」
「お使いになりますか?」
「いえいえ」
無理矢理仕事を定時出切り上げた柾木は、大急ぎで仕事場の中野から田無の自分のワンルームマンションにとって返して一泊分の身の回りの物を用意し、着替える間もあらばこそ、スーツを着たまま八丁堀の井ノ頭邸に向かった。
「あら~、いらっしゃい、北条さん。お夕食はもうお済みですか?」
「あ、いえ、まだですが……お邪魔します」
十九時過ぎに井ノ頭邸に到着した柾木は、丁度出かけようとした井ノ頭菊子と玄関で鉢合わせる。
「じゃあ、お買い物してきますから一緒に召し上がってください。イプシロン、ついてきて下さいな」
無表情な美丈夫を連れて、買い物かごを下げた菊子は出かける。出鼻をくじかれて呆然とそれを見送った柾木は、後ろから声をかけられて我に返る。
「北条さん、思ったより早かったですね」
警備システムで柾木の来訪を知ったのだろう、緒方は地下実験室から階段を上がりしなに柾木に声をかけた。
「あ、緒方さん、どうもです。無理言って済みません」
「こちらこそ。ついでに調べたいこともありますので。早速説明しますので、こっち来て貰えますか?」
元々、井ノ頭邸には菊子といおりしか居ない事もあり、家事一切は自分たちだけでまかなっていた。いおりは四六時中実験室に居るし、菊子に至ってはそもそもオートマータなので睡眠や新陳代謝とは無縁だから、と言うのがその理由だが、定期的に柾木が「充電」に来るようになり、その付き添いで西条玲子その他が頻繁に出入りするようになった事もあって、最近は家事その他を担当する自律型オートマータを常時数体稼働させ、これに伴い、とりあえずの生活時間帯も一般に合わせ、食事も三度三度用意するようになっている。反面、買い物等で菊子が外出する頻度が増えたため、その護衛として外出時には「表情その他はある程度犠牲にして、反応速度に全振りした試作オートマータ」イプシロンを連れて歩くようにしていた。
「イプシロンは優秀なんですが燃費が悪くて。頑張っても一日くらいしかマナがもたないんですよね」
階段を降りながら、独り言のようにいおりが言う。
「その点エータは全方向に高性能でバランスが取れてるんですが、コストがかかる上にどうしてもあれ一体以外に同じ性能が出ないんですよ」
「そういうものなんですか?」
「全部手作りですから、素材のバラツキなんかも影響してるんでしょうけど。だから、西条精機の協力で、採算ベースに乗る量産型に落とし込もうと思ってラムダを試作したんですが、何体か盗まれちゃいましたし」
北条柾木の肉体が持って行かれた際、完成品と部品合わせて数体分、そのラムダが持ち出されてしまっている。そのうち一体のボディは東大に使われたわけだが。
「なんか、もう一体も警察が取り返してくれたってさっき連絡がありまして。ただ、バラバラになってるらしいんですけど。色々話が聞きたいらしくって、例の刑事さん達が明日持ってきてくれるそうです」
「はあ……」
「それでですね、エータの事なんですけど、是非調べておきたいことがありまして」
いおりが、地下実験室の扉を開ける。
ある程度は柾木も見慣れた実験室の中には、作業台の上にエータが寝そべり、その周りに見たこともない計測器らしき物が山ほど積み上げてある。
「……北条さん、何か気付かれませんか?」
「え?何って……」
そう言われても、柾木には何が何だかそもそもさっぱり分からない。
「昨日、ボクがエータの調整を終わらせた時は、エータの腕は下げておいたんです。ですが……」
「え……え?あ!」
「正直に言いまして、夢をどうこう、というのはボクもやったことないので、解析できるか分かりません。ですが、状況から考えて、夢を見ている時に、北条さんとエータの間で何らかの通信が確立していて、それがエータの駆動系に影響してるとしか考えられないんです」
一通りチェックして、エータの駆動系に問題は無いことは確認した、といおりは前置きしてから、話した。
「であれば、内容はともかく、通信のログくらいはエータ経由で記録出来ます。それに合わせて、ありったけのデータを記録しておけば、少なくとも後解析で何か分かるはずです」
嬉しそうに、いおりが話す。
ああ、この人は根っからの技術屋なんだ。最近、仕事上で親会社の技術職と話す機会の増えた柾木はその類似性に気付く。こういう時は、文系の自分は結果が出るまで余計な事を言わない方がトータルで仕事が早く進む。技術バカは放っておくと脇道に逸れやすいが、それはその時に指摘すれば良い。柾木は、仕事で得た教訓を思い出した。
ワクワクを隠しもしないで、いおりが、柾木に告げる。
「では、詳しい説明とセンサーの取り付けはあとでやりますから、とりあえずは夕飯食べてリラックスして下さい。あと、センサー貼り付けの前にシャワー浴びて体と頭皮の油脂を落してもらいますので、よろしくお願いします」
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