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第三章:予兆と岐路の火曜日
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「……俺な、末端のヤクザの事務所ガサ入れした押収品だって言うから、段ボールが良いとこ十箱位だと思ってたんだよ」
アルミバンの2トントラックから下ろされた、満載だったその荷物を見ながら、酒井が抑揚の抜けた声で言う。
「僕もそんな感じです、はい」
蒲田が、これまた気の抜けたサイダーみたいな声で同意する。
一部上場の大企業が、長期間にわたって資産隠ししてたとかの押収資料だったらそりゃトラック満載もあり得るだろうけれど。二ヶ所とは言え、末端の反社会勢力の事務所だぞ。普通、良いとこ資料が段ボールで数箱だろう?どう考えたって、この量と、大体、なんで人形なんだ?
目の前、倉庫の一階の真ん中あたりに、ブルーシートを敷いた上に山と積まれた人形――ゲームセンターのプライズものらしいものから、何に使うんだか等身大のそれまで――を呆然と見ながら、酒井は思う。
「……ヤクザがファンシーショップにでも鞍替えしようとしたんですかねぇ、はい……」
蒲田が、酒井が考えていたのと大体同じようなことを口にする。
「……まあ、確かにヤバそうなのもいくつかあったけどな……」
酒井は、荷下ろしの時の様子を思い出す。
トラックを運転してきた八課の巡査長と、その助手席の巡査は、好意で荷下ろしを手伝ってくれた、というか、そうするのが当たり前だという感じで、こちらから何も言う前からとっとと荷下ろしにかかった。その様子は、どちらかというと、とにかく早く積み荷と手を切りたいという雰囲気ではあった。実際、霊感とかあまり敏感ではない、と自分では思っている酒井ですら、これはヤバイ、と感じる市松人形とかがちょいちょい山の中から顔を出し、その度に薄暗いアルミバンの中で声をあげそうになった。数体紛れていた、等身大の、人肌に近い感触の、薄く微笑みをたたえた可動型の美少女の人形は、その肌触りの冷たさもあり、別な意味で怖かったが。
とにもかくにも、その荷物を下ろしきるなり八課の課員は酒井から証拠品授受の書類にサインをもらい、敬礼するやいなや脱兎の勢いで倉庫を出て行った。後に残された酒井と蒲田は、その後の収納作業の準備として、いくつかのブルーシートに材質や製法や大きさ、古さなどを基準におおざっぱに人形を仕分けし、先ほど一息ついたところだった。
「あの辺の山が一番ヤバそうですけどね、はい」
そこそこ時代のありそうな、市松人形やら不揃いの雛人形やらが積まれた一山を見ながら、蒲田が言う。
「で、お祓いしてから仕舞うんだよな、そのお祓いする人が来るのが二時だっけ?」
一服しようと煙草を咥えつつ、腕時計を確認しながら酒井が言う、時計の針は十三時四十分を少し過ぎた所を指している。
「その予定です、はい……あれ?」
スマホで現在時刻と、予定を確認した蒲田が、聞こえてきた聞き覚えのある野太い排気音に気付く。酒井にも聞こえるその音の方向から、見覚えのある赤くて四角い古いブルーバードが現れ、倉庫の敷地に入ってきた。
「ちわーっす。まいど、流しのお祓い屋です」
ターボタイマーでアイドリングを維持するそのブルーバードの運転席から降りてきた滝波信仁が、笑顔で酒井と蒲田に声をかける。
「お祓いって、君たちか……」
「さいです。ご無沙汰してます」
火を点けかけた煙草を下唇に貼り付けたまま、酒井がつぶやき、信仁が答える。
「こんにちは、ご無沙汰してます、酒井さん、蒲田さん」
後部座席から弾むように降りてきた蘭鰍が、微笑みながら挨拶する。
「どうもです、ご無沙汰してます、はい」
釣られて、蒲田が挨拶を返す。
「こんにちは。鰍さんが、お祓いを?」
「お祓いというか、除霊というか、アタシ達的には「聖別」ですけど、まあぶっちゃけ同じ事ですね、あ、お姉ちゃん、こちら、警察庁の酒井さんと蒲田さん」
言って、鰍はブルーバードの助手席から降りてきた女性に酒井と蒲田を紹介する。
「初めまして、鰍の姉の巴です、妹がお世話になってます」
左から右に流した栗色のワンレングスが、眠たげに垂れた目元にかかる。背丈は高すぎない程度に女性として高め、ざっくりした黒のダウンジャケットの下は、ゆったりめの黒のブラウスに濃いブラウンのロングのフレアスカートがグラマラスな体を包んでいる。空気の代わりに元気を詰めたゴム鞠のごとくに跳ね回る鰍の姉とは思えない、しっとりとしたその物腰に気圧されつつ、酒井が挨拶を返す。
「警察庁の酒井です。巴さん、も、その、聖別ですか?されるんで?」
巴は、少し肩をすくめつつ微笑んで、
「あたしは出来ません、ただの付き添いです」
「ばーちゃんが、万が一に備えてついてけって」
「万が一って……」
「こういうの、何が起きるか分からない部分があるから用心だけはしとけって、婆ちゃんが」
ね、と、巴が鰍に同意を求め、ん、と、鰍が首肯し、くるりと信仁に振り向く。
「じゃあ、早速始めましょうか。信仁兄、トランク開けて」
「あいよ」
運転席横のリッドオープナーを引いて信仁がトランクを開ける。何か小道具が入っているらしいボストンバッグを取り出す鰍と、それを手伝う信仁と巴が自分たちから離れたのを見て、蒲田が、
「……巴さんでしたっけ、例のお孫さん二人のうちのどっちか、ですよね……あんま似てないっすね、はい」
「だよな……さっさと済ませて、余裕があったら、日曜の件、聞いてみるか」
「はい」
色々と思うところがありまくりだが、とにかく酒井は目の前の仕事優先に頭を切替えることにした。
アルミバンの2トントラックから下ろされた、満載だったその荷物を見ながら、酒井が抑揚の抜けた声で言う。
「僕もそんな感じです、はい」
蒲田が、これまた気の抜けたサイダーみたいな声で同意する。
一部上場の大企業が、長期間にわたって資産隠ししてたとかの押収資料だったらそりゃトラック満載もあり得るだろうけれど。二ヶ所とは言え、末端の反社会勢力の事務所だぞ。普通、良いとこ資料が段ボールで数箱だろう?どう考えたって、この量と、大体、なんで人形なんだ?
目の前、倉庫の一階の真ん中あたりに、ブルーシートを敷いた上に山と積まれた人形――ゲームセンターのプライズものらしいものから、何に使うんだか等身大のそれまで――を呆然と見ながら、酒井は思う。
「……ヤクザがファンシーショップにでも鞍替えしようとしたんですかねぇ、はい……」
蒲田が、酒井が考えていたのと大体同じようなことを口にする。
「……まあ、確かにヤバそうなのもいくつかあったけどな……」
酒井は、荷下ろしの時の様子を思い出す。
トラックを運転してきた八課の巡査長と、その助手席の巡査は、好意で荷下ろしを手伝ってくれた、というか、そうするのが当たり前だという感じで、こちらから何も言う前からとっとと荷下ろしにかかった。その様子は、どちらかというと、とにかく早く積み荷と手を切りたいという雰囲気ではあった。実際、霊感とかあまり敏感ではない、と自分では思っている酒井ですら、これはヤバイ、と感じる市松人形とかがちょいちょい山の中から顔を出し、その度に薄暗いアルミバンの中で声をあげそうになった。数体紛れていた、等身大の、人肌に近い感触の、薄く微笑みをたたえた可動型の美少女の人形は、その肌触りの冷たさもあり、別な意味で怖かったが。
とにもかくにも、その荷物を下ろしきるなり八課の課員は酒井から証拠品授受の書類にサインをもらい、敬礼するやいなや脱兎の勢いで倉庫を出て行った。後に残された酒井と蒲田は、その後の収納作業の準備として、いくつかのブルーシートに材質や製法や大きさ、古さなどを基準におおざっぱに人形を仕分けし、先ほど一息ついたところだった。
「あの辺の山が一番ヤバそうですけどね、はい」
そこそこ時代のありそうな、市松人形やら不揃いの雛人形やらが積まれた一山を見ながら、蒲田が言う。
「で、お祓いしてから仕舞うんだよな、そのお祓いする人が来るのが二時だっけ?」
一服しようと煙草を咥えつつ、腕時計を確認しながら酒井が言う、時計の針は十三時四十分を少し過ぎた所を指している。
「その予定です、はい……あれ?」
スマホで現在時刻と、予定を確認した蒲田が、聞こえてきた聞き覚えのある野太い排気音に気付く。酒井にも聞こえるその音の方向から、見覚えのある赤くて四角い古いブルーバードが現れ、倉庫の敷地に入ってきた。
「ちわーっす。まいど、流しのお祓い屋です」
ターボタイマーでアイドリングを維持するそのブルーバードの運転席から降りてきた滝波信仁が、笑顔で酒井と蒲田に声をかける。
「お祓いって、君たちか……」
「さいです。ご無沙汰してます」
火を点けかけた煙草を下唇に貼り付けたまま、酒井がつぶやき、信仁が答える。
「こんにちは、ご無沙汰してます、酒井さん、蒲田さん」
後部座席から弾むように降りてきた蘭鰍が、微笑みながら挨拶する。
「どうもです、ご無沙汰してます、はい」
釣られて、蒲田が挨拶を返す。
「こんにちは。鰍さんが、お祓いを?」
「お祓いというか、除霊というか、アタシ達的には「聖別」ですけど、まあぶっちゃけ同じ事ですね、あ、お姉ちゃん、こちら、警察庁の酒井さんと蒲田さん」
言って、鰍はブルーバードの助手席から降りてきた女性に酒井と蒲田を紹介する。
「初めまして、鰍の姉の巴です、妹がお世話になってます」
左から右に流した栗色のワンレングスが、眠たげに垂れた目元にかかる。背丈は高すぎない程度に女性として高め、ざっくりした黒のダウンジャケットの下は、ゆったりめの黒のブラウスに濃いブラウンのロングのフレアスカートがグラマラスな体を包んでいる。空気の代わりに元気を詰めたゴム鞠のごとくに跳ね回る鰍の姉とは思えない、しっとりとしたその物腰に気圧されつつ、酒井が挨拶を返す。
「警察庁の酒井です。巴さん、も、その、聖別ですか?されるんで?」
巴は、少し肩をすくめつつ微笑んで、
「あたしは出来ません、ただの付き添いです」
「ばーちゃんが、万が一に備えてついてけって」
「万が一って……」
「こういうの、何が起きるか分からない部分があるから用心だけはしとけって、婆ちゃんが」
ね、と、巴が鰍に同意を求め、ん、と、鰍が首肯し、くるりと信仁に振り向く。
「じゃあ、早速始めましょうか。信仁兄、トランク開けて」
「あいよ」
運転席横のリッドオープナーを引いて信仁がトランクを開ける。何か小道具が入っているらしいボストンバッグを取り出す鰍と、それを手伝う信仁と巴が自分たちから離れたのを見て、蒲田が、
「……巴さんでしたっけ、例のお孫さん二人のうちのどっちか、ですよね……あんま似てないっすね、はい」
「だよな……さっさと済ませて、余裕があったら、日曜の件、聞いてみるか」
「はい」
色々と思うところがありまくりだが、とにかく酒井は目の前の仕事優先に頭を切替えることにした。
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