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第二章
幕間 回想:天墜の日③
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国葬が開かれた。
王都を襲った先の天災。
あれから数日。亡くなった人々を思い。皆が涙を流しながら失った者と別れを告げる。
「……アイル」
「……ああ、ゴメン。……もう少し、居させてくれ」
皆が去った後も、俺は墓場の前で佇むばかり。
冷たい雨が体を冷やす。孤独に心が死んでいく。
「ヘリオス…………セルベリア様ッ……」
この国で出来た絆は呆気無く砕け散った。
たったの一夜、思い出せば彼らの温もりがまだ残っている。
広い広い墓地の中。孤独に囀り、崩れ落ちながら泣きじゃくる影が視界に映る。
「……ジューダス」
絶望に顔を染め、嘆き続ける彼の背中は酷く透けて、危うく見えた。
今までの俺ならば、きっと無視をしていただろうが、あんな彼を放って置けなかった。
「ジューダス、あの――――」
気が付けば、彼の姿はそこに無かった。
「星を……? どうして……」
彼の能力、『時星』が起動した。世界が切り離された様な錯覚。辺りを見回すが、彼の姿は見当たらない。
「何だ……アレは」
周囲の景色に違和感を覚える。砕けた建造物の復旧は未だに終わっていなかった筈。それなのに、目に見える場所に存在する建物の瓦礫が撤去されていた。
瓦礫を退けて、素人の行った様な歪な修繕箇所。
「まさか……アイツッ!?」
空に飛び上がりジューダスを探す。建物の影、壁にもたれ掛る様にして座り込む彼の姿を見つけ出す。
「……やぁ……アイルかい?」
「アンタ、何してんだよ!」
「何って……復興作業さ……僕に出来る事なんて……このぐらいしか無いんだから」
髪が伸び、全身がボロボロになり、満身創痍の状態に陥っている。
「一体……何日止めたんだよっ!」
「君が……気にする事じゃ無いさ……」
ジューダスに詰め寄るが、またしても姿を消してしまう。
すぐに復興作業が終わっている地区を探し、そこを目掛けて跳躍する。
「ゲホッ――――ハァ――――ハァ――――」
「ジューダスッ!」
「久しぶりだね……アイル」
「もうやめろ! 体が持たねぇぞ!」
「持つさ……大丈夫。これでも……結構休んでいるからね……」
瞳から生気が失われ、それでも立ち上がろうとするジューダスの体を押し倒す。
「バカがッ! アンタまで死んだらどうすんだよッ! 自暴自棄になるんじゃねぇ!」
ジューダスの喉から乾いた笑いが空に吐き出される。
「だったら、どうすればいいのかなぁ……」
「……休めよ。そのままじゃ……ホントに死んじまう――――」
「死んだって……別にいいじゃないかッ!!」
苦しそうに手を伸ばす。俺の服の襟元を引き掴み、辛うじて体を持ち上げる。
「ヘリオスもッ! セルベリア様もッ! 死んだんだッ! 守れなかった……何も出来なかったんだッ!!」
瞳から涙を零し続ける。
「二人は戦っていた! 天災を防ごうとッ! それなのに……僕は役に立てなくて……僕がもっと強ければ……」
だから……せめてもの償いをさせてくれと、ジューダスは嘆き苦しむ。
「退いてくれッ! 何もしてないなんて耐えられない! 何かをさせてくれッ! 僕が生き残った意味を実感させてくれよッ!!」
更に強く掴みかかり、俺を払いのける為に力を込める。
「うるっ――――――せぇッッ!!」
「ガッ――――!?」
渾身の頭突き。血が一筋額から流れ出す。
「アンタがそうやって死んだら、それこそ二人に顔向けできねぇだろうがッ! アンタは強い! この国のこれからに必要な男なんだよッ! 生き残った意味だぁ? そんなもん、ここで死んだら意味がねぇだろうがッ!!」
行き場の無い怒りをぶつけられ、それでも生きろとジューダスに怒る。
「だったら……どうすればいいんだよ……僕は……僕は……」
「まずは……自分を許してやれよ。前を向いて歩くのは……それからでだって構わない」
受け売りで、きっと俺が人様に言える様な言葉じゃない。それでも、今の彼にはこの言葉こそ必要だ。
「――――ッ。……あぁ……あぁ……そうだね……そうだった……ね」
そのまま彼は眠りに就く。体を蝕む疲労に負けて。
「――――今は寝てろ。――――大丈夫だから」
この嘆きも……仕方の無い事だから。この世界に生きる以上、許容しなければならない事だから。
ジューダスの体をコーネリアが待つ研究局まで運び込む。
彼女も他の人同様に、嘆き苦しみ、天を呪っている。
「落ち着いたわ……暫く寝かせていれば大丈夫だから……」
「ああ……そうか……」
それを聞いて安心した。ならば俺は用は無い。いち早くここから立ち去り、為さねばならない事を為すのだ。
「……行かないで」
背を覆う様に彼女が抱き締めてくる。有り余る身長差に、どうも格好がつかない。
「ゴメン……行かなきゃ……。大丈夫、安心していいから」
「傍に居てよ……お願いだから……一人にしないで……」
「コール…………」
彼女の唇を奪う。例えそこに真の愛と呼べるものが無くたって構わない。
今の彼女を救う為、ただの好意で安心させる。
「俺が全部――――墜とすから」
――――
「サリィは寝たか?」
「えぇ…………」
「だったら、このまま行くよ」
「………………アイル」
キリュウ邸に顔を出し、それだけ言ってすぐに出る。
マリナに任せれば安心だ、俺に何があっても、サルビアの事を幸せにしてくれるだろう。
道行く人の暗い顔、瓦礫の前で涙を流す顔、生気を失い呆然と空を見上げる顔。
仕方が無い、仕方が無い、それが世界の理だ。
ああ、本当に――――。
「――――――――ふざけるなッ」
大気を蹴り上げ空を駆ける。目指すは天蓋、そこに住まう星神のみ。
歪に割れた空の狭間を乗り越えて、銀河の河を駆け上がる。
無限に広がるその世界に、遍《あまね》く神々の姿。手近な神の首筋に死の影を突き立て、殺す。
中々牙が通らない。一度では死なず、何度も何度も影で犯す。
呆気に取られた星神の全てが外敵を滅ぼす為に襲い掛かる。
太陽の炎熱を叩き付けられる。光の速度で隕石をぶつけられる。ブラックホールに飲み込まれ体の全てが捻じ曲げられる。
その度、殺す。
攻撃を掻い潜り、腕が千切れ、足が吹き飛ぼうが止まりはしない。
「ウ――――ラアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
小惑星が爆発する。影で防ぎ反撃する。流星群に飲み込まれる。それでも決して止まらない。
『兄さん……ッ! お父さんが……ッ、お母さんが……ッ!』
サルビアの悲しみが……幼き彼女を襲った天災があった。
『アイルには何も失って欲しく無いんだ。その力で、大切な人を守ってやってくれ』
ヘリオスの願いが……優しい彼が預けてくれた力があった。
『幾多の勝利に疲れ、敗北しても。足を止めても。逃げ出してしまっても、自分が自分を許して上げさえすれば、人間というものはどうとでもなる物よ?』
セルベリアの積み重ねた勝利が、人生が……俺に温もりをくれた。彼女の優しさに、救われた物が確かにあった。
『退いてくれッ! 何もしてないなんて耐えられない! 何かをさせてくれッ! 僕が生き残った意味を実感させてくれよッ!!』
ジューダスの嘆きが……怒る俺を突き動かした。天に住まう星神を、滅ぼし砕き、叩き墜とす。
『傍に居てよ……お願いだから……一人にしないで……』
ゴメンなコーネリア。それでもこれは、俺がやらなきゃいけない事だから。
『………………アイル』
ありがとう、マリナ。黙って俺を行かせてくれて。お前がいるから戦える、誰よりも、大切で――――。
両の手足が千切れ飛び、達磨になって宙を舞う。
皆の想いが……願いが……嘆きがあった。何故苦しまなければならないのか。誰がソレを強いたのか。
目の前の星神の群れが嘲笑う。地上に溢れ返った塵よ、疾く朽ち果て死に絶えろ。
――――ああ、うるせぇよ。死ぬのはお前達だろう。
体に活を入れろ。意識を覚醒させろ。こんな所じゃ終われない。未だ何も為していないのだから……。
そしてただの死神は、冥府の王に至る為、恒星に辿り着く。
――――日輪の願いと銀閃の祈り。哀れに墜ちた二つの星。嘆きに濡れた星々よ、どうか我が冥府で眠るがいい。
地に伏す者は怨みを吐き捨て天を呪う。朽ち果てろ、朽ち果てろ、苦しみ藻掻き死ぬがいい。
怨め、腐れ、苦しめ、喰らえ。地上の総てに当てられて、尊く輝く銀河の星は遠く彼方へ消え去った。
終末は近い、嘆きの琴を響かせながら破滅の詩を唄うのだ。黄泉へ下った吟遊詩人は冥き底で伴侶と眠る。
神話に満ちたこの世の果てで星光の光を滅殺させろ。
――――滅びの時は訪れた。天に吠えろ、我が冥星。冥夜の光で全てを照らせ、銀河を喰らい滅ぼす為に。
「――――吠えろ冥王。我が星は―――――『冥王星』」
叫べ、喰らえ、冥府の王よ。死骸を貪り力に変えて。
絶望を、希望の冥夜に変えるのだ。
――――
「空が……」
「天蓋が……消えていく……」
空を見上げた大衆が歓喜の声を上げ始める。空に描かれたひび割れが消え去り、蒼褪めた空が、輝く日輪が大地を照らす。
頬に触れる一筋の雨。気が付けば雨が全てを濡らしている。星神の死を嘆く様に。人の勝利を祝す様に。
「アイル………」
天から墜ちる一条の輝き。冥き輝きを放ちながら、冥府の星は地に墜ちていく。
「――――ッ!? アイルッ! アイルッ!!」
墜ちるアイルに手を伸ばし、駆ける。それでも届かず、王都とは程遠い場所へと墜落して行く。
「ごめんなさいッ! ごめんなさいッ! お願いだから――――死なないでッ!」
星神なんてどうでもいいの。それで貴方が死ぬのなら、こんな希望はいらなかった。お願いどうか死なないで。
「うっ……あぁ……あっ……あぁぁ……」
惨めに地を転がり涙を流す。
どうして彼を止められなかったのか、後悔ばかりが溢れて止まない。愛する者を失ったという喪失感で、心が枯れ果て、壊れそうで。
「アイル…………………」
――――
どれほど時が経ったのだろうか。
戦って、戦って、無限に思える様な時間を戦い尽くして。
修復された腕を天に翳す。ひび割れが消え去り、天蓋が塞がった。
眩しい日輪に照らされて、勝利の実感が湧き起こる。
「―――――――――――――――――ッ!!!」
声にならない勝利の咆哮を天に吠える。
これが……本当の勝利の味なのだろうか。
答えは得られない。誰も答えてくれはしない。
それでもやはり虚しいモノだ。失った事に変わりは無い。
それでも今は、誇りに思おう。この勝利の喜びというやつを。
――――
足を引き摺り故郷を目指す。何度も躓き、その度に体を泥で汚す。
「――――アイル?」
「よぉ……ニルス……か」
我が幼馴染が傷だらけの俺を支える為に駆けてくれる。それだけで心が救われた気分になる。
「アイルが……やったのか?」
「近かったからさ……こっちで休もうと思ってな……」
再生した耳では上手く聞こえない。それがとても、もどかしい。
「俺が――――滅ぼすから。守るから、皆の事を」
守る為に――――殺す。
それが俺が掲げる星の真意なのだから。
ニルスの腕に抱かれながら、俺の意識はそこで途切れる。
――――
何度泣いただろうか。
ああ、あの日から十日も経っていたのか。
記憶が無い、ただ泣き喚いた事しか覚えていない。
使用人に言われて庭に出る。久しぶりに浴びた日の光は暖かく、冷たく蒼褪めた私の体を溶かすよう……。
それでも彼は……帰って来ない。
氷が溶け落ちる様に、涙が頬を伝う。
そんな折、家の門が開く。
すぐに涙を拭い、出来る限りの来客用の笑顔を作るが、ダメだ、どうにも上手く笑えない。
「なんだよ、その顔。まぁた悪巧みでもしてるのか?」
「――――あ」
いつにも増して逞しく、少し活気が戻った彼がそこに居た。
「悪いな。腕とか足とか吹き飛んでさ、再生はしたんだけど慣れなくて――――」
「おかえりなさい――――アイル」
我慢が出来ずに彼へと抱き着く。温かい、生きている。それだけが幸福で、どうしようもなく胸を満たす。
「ああ――――ただいま、マリナ」
ここに神殺しは成就された。
嘆きの詩を力に変えて、アイルは今も輝き続ける。
人々は、天が墜ちたその日のことを、決して忘れる事は無い。
王都を襲った先の天災。
あれから数日。亡くなった人々を思い。皆が涙を流しながら失った者と別れを告げる。
「……アイル」
「……ああ、ゴメン。……もう少し、居させてくれ」
皆が去った後も、俺は墓場の前で佇むばかり。
冷たい雨が体を冷やす。孤独に心が死んでいく。
「ヘリオス…………セルベリア様ッ……」
この国で出来た絆は呆気無く砕け散った。
たったの一夜、思い出せば彼らの温もりがまだ残っている。
広い広い墓地の中。孤独に囀り、崩れ落ちながら泣きじゃくる影が視界に映る。
「……ジューダス」
絶望に顔を染め、嘆き続ける彼の背中は酷く透けて、危うく見えた。
今までの俺ならば、きっと無視をしていただろうが、あんな彼を放って置けなかった。
「ジューダス、あの――――」
気が付けば、彼の姿はそこに無かった。
「星を……? どうして……」
彼の能力、『時星』が起動した。世界が切り離された様な錯覚。辺りを見回すが、彼の姿は見当たらない。
「何だ……アレは」
周囲の景色に違和感を覚える。砕けた建造物の復旧は未だに終わっていなかった筈。それなのに、目に見える場所に存在する建物の瓦礫が撤去されていた。
瓦礫を退けて、素人の行った様な歪な修繕箇所。
「まさか……アイツッ!?」
空に飛び上がりジューダスを探す。建物の影、壁にもたれ掛る様にして座り込む彼の姿を見つけ出す。
「……やぁ……アイルかい?」
「アンタ、何してんだよ!」
「何って……復興作業さ……僕に出来る事なんて……このぐらいしか無いんだから」
髪が伸び、全身がボロボロになり、満身創痍の状態に陥っている。
「一体……何日止めたんだよっ!」
「君が……気にする事じゃ無いさ……」
ジューダスに詰め寄るが、またしても姿を消してしまう。
すぐに復興作業が終わっている地区を探し、そこを目掛けて跳躍する。
「ゲホッ――――ハァ――――ハァ――――」
「ジューダスッ!」
「久しぶりだね……アイル」
「もうやめろ! 体が持たねぇぞ!」
「持つさ……大丈夫。これでも……結構休んでいるからね……」
瞳から生気が失われ、それでも立ち上がろうとするジューダスの体を押し倒す。
「バカがッ! アンタまで死んだらどうすんだよッ! 自暴自棄になるんじゃねぇ!」
ジューダスの喉から乾いた笑いが空に吐き出される。
「だったら、どうすればいいのかなぁ……」
「……休めよ。そのままじゃ……ホントに死んじまう――――」
「死んだって……別にいいじゃないかッ!!」
苦しそうに手を伸ばす。俺の服の襟元を引き掴み、辛うじて体を持ち上げる。
「ヘリオスもッ! セルベリア様もッ! 死んだんだッ! 守れなかった……何も出来なかったんだッ!!」
瞳から涙を零し続ける。
「二人は戦っていた! 天災を防ごうとッ! それなのに……僕は役に立てなくて……僕がもっと強ければ……」
だから……せめてもの償いをさせてくれと、ジューダスは嘆き苦しむ。
「退いてくれッ! 何もしてないなんて耐えられない! 何かをさせてくれッ! 僕が生き残った意味を実感させてくれよッ!!」
更に強く掴みかかり、俺を払いのける為に力を込める。
「うるっ――――――せぇッッ!!」
「ガッ――――!?」
渾身の頭突き。血が一筋額から流れ出す。
「アンタがそうやって死んだら、それこそ二人に顔向けできねぇだろうがッ! アンタは強い! この国のこれからに必要な男なんだよッ! 生き残った意味だぁ? そんなもん、ここで死んだら意味がねぇだろうがッ!!」
行き場の無い怒りをぶつけられ、それでも生きろとジューダスに怒る。
「だったら……どうすればいいんだよ……僕は……僕は……」
「まずは……自分を許してやれよ。前を向いて歩くのは……それからでだって構わない」
受け売りで、きっと俺が人様に言える様な言葉じゃない。それでも、今の彼にはこの言葉こそ必要だ。
「――――ッ。……あぁ……あぁ……そうだね……そうだった……ね」
そのまま彼は眠りに就く。体を蝕む疲労に負けて。
「――――今は寝てろ。――――大丈夫だから」
この嘆きも……仕方の無い事だから。この世界に生きる以上、許容しなければならない事だから。
ジューダスの体をコーネリアが待つ研究局まで運び込む。
彼女も他の人同様に、嘆き苦しみ、天を呪っている。
「落ち着いたわ……暫く寝かせていれば大丈夫だから……」
「ああ……そうか……」
それを聞いて安心した。ならば俺は用は無い。いち早くここから立ち去り、為さねばならない事を為すのだ。
「……行かないで」
背を覆う様に彼女が抱き締めてくる。有り余る身長差に、どうも格好がつかない。
「ゴメン……行かなきゃ……。大丈夫、安心していいから」
「傍に居てよ……お願いだから……一人にしないで……」
「コール…………」
彼女の唇を奪う。例えそこに真の愛と呼べるものが無くたって構わない。
今の彼女を救う為、ただの好意で安心させる。
「俺が全部――――墜とすから」
――――
「サリィは寝たか?」
「えぇ…………」
「だったら、このまま行くよ」
「………………アイル」
キリュウ邸に顔を出し、それだけ言ってすぐに出る。
マリナに任せれば安心だ、俺に何があっても、サルビアの事を幸せにしてくれるだろう。
道行く人の暗い顔、瓦礫の前で涙を流す顔、生気を失い呆然と空を見上げる顔。
仕方が無い、仕方が無い、それが世界の理だ。
ああ、本当に――――。
「――――――――ふざけるなッ」
大気を蹴り上げ空を駆ける。目指すは天蓋、そこに住まう星神のみ。
歪に割れた空の狭間を乗り越えて、銀河の河を駆け上がる。
無限に広がるその世界に、遍《あまね》く神々の姿。手近な神の首筋に死の影を突き立て、殺す。
中々牙が通らない。一度では死なず、何度も何度も影で犯す。
呆気に取られた星神の全てが外敵を滅ぼす為に襲い掛かる。
太陽の炎熱を叩き付けられる。光の速度で隕石をぶつけられる。ブラックホールに飲み込まれ体の全てが捻じ曲げられる。
その度、殺す。
攻撃を掻い潜り、腕が千切れ、足が吹き飛ぼうが止まりはしない。
「ウ――――ラアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
小惑星が爆発する。影で防ぎ反撃する。流星群に飲み込まれる。それでも決して止まらない。
『兄さん……ッ! お父さんが……ッ、お母さんが……ッ!』
サルビアの悲しみが……幼き彼女を襲った天災があった。
『アイルには何も失って欲しく無いんだ。その力で、大切な人を守ってやってくれ』
ヘリオスの願いが……優しい彼が預けてくれた力があった。
『幾多の勝利に疲れ、敗北しても。足を止めても。逃げ出してしまっても、自分が自分を許して上げさえすれば、人間というものはどうとでもなる物よ?』
セルベリアの積み重ねた勝利が、人生が……俺に温もりをくれた。彼女の優しさに、救われた物が確かにあった。
『退いてくれッ! 何もしてないなんて耐えられない! 何かをさせてくれッ! 僕が生き残った意味を実感させてくれよッ!!』
ジューダスの嘆きが……怒る俺を突き動かした。天に住まう星神を、滅ぼし砕き、叩き墜とす。
『傍に居てよ……お願いだから……一人にしないで……』
ゴメンなコーネリア。それでもこれは、俺がやらなきゃいけない事だから。
『………………アイル』
ありがとう、マリナ。黙って俺を行かせてくれて。お前がいるから戦える、誰よりも、大切で――――。
両の手足が千切れ飛び、達磨になって宙を舞う。
皆の想いが……願いが……嘆きがあった。何故苦しまなければならないのか。誰がソレを強いたのか。
目の前の星神の群れが嘲笑う。地上に溢れ返った塵よ、疾く朽ち果て死に絶えろ。
――――ああ、うるせぇよ。死ぬのはお前達だろう。
体に活を入れろ。意識を覚醒させろ。こんな所じゃ終われない。未だ何も為していないのだから……。
そしてただの死神は、冥府の王に至る為、恒星に辿り着く。
――――日輪の願いと銀閃の祈り。哀れに墜ちた二つの星。嘆きに濡れた星々よ、どうか我が冥府で眠るがいい。
地に伏す者は怨みを吐き捨て天を呪う。朽ち果てろ、朽ち果てろ、苦しみ藻掻き死ぬがいい。
怨め、腐れ、苦しめ、喰らえ。地上の総てに当てられて、尊く輝く銀河の星は遠く彼方へ消え去った。
終末は近い、嘆きの琴を響かせながら破滅の詩を唄うのだ。黄泉へ下った吟遊詩人は冥き底で伴侶と眠る。
神話に満ちたこの世の果てで星光の光を滅殺させろ。
――――滅びの時は訪れた。天に吠えろ、我が冥星。冥夜の光で全てを照らせ、銀河を喰らい滅ぼす為に。
「――――吠えろ冥王。我が星は―――――『冥王星』」
叫べ、喰らえ、冥府の王よ。死骸を貪り力に変えて。
絶望を、希望の冥夜に変えるのだ。
――――
「空が……」
「天蓋が……消えていく……」
空を見上げた大衆が歓喜の声を上げ始める。空に描かれたひび割れが消え去り、蒼褪めた空が、輝く日輪が大地を照らす。
頬に触れる一筋の雨。気が付けば雨が全てを濡らしている。星神の死を嘆く様に。人の勝利を祝す様に。
「アイル………」
天から墜ちる一条の輝き。冥き輝きを放ちながら、冥府の星は地に墜ちていく。
「――――ッ!? アイルッ! アイルッ!!」
墜ちるアイルに手を伸ばし、駆ける。それでも届かず、王都とは程遠い場所へと墜落して行く。
「ごめんなさいッ! ごめんなさいッ! お願いだから――――死なないでッ!」
星神なんてどうでもいいの。それで貴方が死ぬのなら、こんな希望はいらなかった。お願いどうか死なないで。
「うっ……あぁ……あっ……あぁぁ……」
惨めに地を転がり涙を流す。
どうして彼を止められなかったのか、後悔ばかりが溢れて止まない。愛する者を失ったという喪失感で、心が枯れ果て、壊れそうで。
「アイル…………………」
――――
どれほど時が経ったのだろうか。
戦って、戦って、無限に思える様な時間を戦い尽くして。
修復された腕を天に翳す。ひび割れが消え去り、天蓋が塞がった。
眩しい日輪に照らされて、勝利の実感が湧き起こる。
「―――――――――――――――――ッ!!!」
声にならない勝利の咆哮を天に吠える。
これが……本当の勝利の味なのだろうか。
答えは得られない。誰も答えてくれはしない。
それでもやはり虚しいモノだ。失った事に変わりは無い。
それでも今は、誇りに思おう。この勝利の喜びというやつを。
――――
足を引き摺り故郷を目指す。何度も躓き、その度に体を泥で汚す。
「――――アイル?」
「よぉ……ニルス……か」
我が幼馴染が傷だらけの俺を支える為に駆けてくれる。それだけで心が救われた気分になる。
「アイルが……やったのか?」
「近かったからさ……こっちで休もうと思ってな……」
再生した耳では上手く聞こえない。それがとても、もどかしい。
「俺が――――滅ぼすから。守るから、皆の事を」
守る為に――――殺す。
それが俺が掲げる星の真意なのだから。
ニルスの腕に抱かれながら、俺の意識はそこで途切れる。
――――
何度泣いただろうか。
ああ、あの日から十日も経っていたのか。
記憶が無い、ただ泣き喚いた事しか覚えていない。
使用人に言われて庭に出る。久しぶりに浴びた日の光は暖かく、冷たく蒼褪めた私の体を溶かすよう……。
それでも彼は……帰って来ない。
氷が溶け落ちる様に、涙が頬を伝う。
そんな折、家の門が開く。
すぐに涙を拭い、出来る限りの来客用の笑顔を作るが、ダメだ、どうにも上手く笑えない。
「なんだよ、その顔。まぁた悪巧みでもしてるのか?」
「――――あ」
いつにも増して逞しく、少し活気が戻った彼がそこに居た。
「悪いな。腕とか足とか吹き飛んでさ、再生はしたんだけど慣れなくて――――」
「おかえりなさい――――アイル」
我慢が出来ずに彼へと抱き着く。温かい、生きている。それだけが幸福で、どうしようもなく胸を満たす。
「ああ――――ただいま、マリナ」
ここに神殺しは成就された。
嘆きの詩を力に変えて、アイルは今も輝き続ける。
人々は、天が墜ちたその日のことを、決して忘れる事は無い。
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転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
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