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2章 贖罪の旅

誤算の連鎖

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ーー発表会当日9時前 会場敷地内

「解放軍の連中が居ないだとぉッ!?」
「我が軍を舐め腐っているのか!」
「何か事情があるのであれば待った方が良いのでは……」

 会場敷地内ではちょっとしたパニックになっていた。
 理由は、解放軍を誘致しての式典にも関わらず、その解放軍関係者が1人もいないからである。
 何故そうなったかを怒鳴る者。
 星際問題への心配をする者。
 自軍の価値を低く見積もられてると憤怒する者。

 色々な意見や怒号が飛び交っていた。しかしその状況を、一声で鎮める人物が居た。

「皆のもの! 騒ぐな!」

 テント内は水をうったように静まり返る。
 何故なら発言した彼は、今までどこに居たのか分からないが、このアールにおいて総軍司令官のポジションにいるものだからである。

「もうよい、解放軍を待つ事は私が許さん。さっさと始めてしまおう」

 ニューイの一声により、式典は予定より五分近く巻いて執り行われた。

ーーそして、例の出来事が始まる。

ーーーズガガガガガ

 うんともすんとも動かなかったジャルールが敷地内を転ぶように這いずり回る。
 少年の掛け声により搭乗していたパイロットは吐き出され、代わりにその少年が乗り込む。

 更に、少女が乗り込もうとするが、エディ=ジャルによって腕を掴まれ引き止められる。
 少女の名前はクリス=ジャルである。

「離しなさいよクソ親父!」
「行ってはいかん! クリスッ!」

「私はもう、ひとりで生きていくわ。もうアンタの玩具作りには懲り懲りなのよッ!」
「駄目だ! 行ってはならん。戦いになる! その為に私はーー」

「あーもうー、うるさいッ!」

 無理矢理掴んだ腕を引き離したクリスはジャルールのコックピットを目指し走って行く。その焦りようからは、どうやら想定していた展開とは違っていたようにも窺える。

 エディも追いかけるが、年には勝てないのか途中で転び、手だけを伸ばす形で絶叫する。

「行くなクリスッ! 私はお前の『ため』を思って言ってるんだッ!」

 クリスは走りながらもため息をつく。首だけを振り向き、もう二度と会わないであろう父親に別れを告げる。

「いつも言うアンタのその台詞、私の『ため』じゃないわ。アンタは自分の『ため』にそれを言うの!」

 あまりにも穿ったクリスの発言に、エディは止まってしまう。そして、ただただ呆然と去っていく娘を見送る事しかできなかった。

ーーー「だぁああっと! ちょっと待って! 私も乗るんだから!」

ーーージャルールは特設基地へ飛び立っていった。

 一部始終を見ていたニューイはネルソンに通信を入れる。

「ネルソン様、報告がございます」
「おお、ニューイ。てっきりそっちが襲撃されると思ってたが、少し想定外じゃ。
 基地に向かったジャルールじゃがの。こうなったら無傷で手に入れたい。連れ戻せ」

「その事なのですが……」
「どうしたんじゃ。さっさと言う事をきかんか」

「パイロットのグレンが吐き出され、少年とエディの娘が搭乗し特設基地へ向かいました」
「……詳しく話せ」

 ネルソンの変貌ぶりにニューイは心底怯えつく、しかし彼は簡潔に、そして忠実に、部下にして欲しい報告のお手本となるような報告をする。

「少年? サンドとかいったかの。そやつは本当に動かないジャルールを『声をかけた』だけで引き寄せたんじゃな?」
「はい、視認しております!」

「そうか……軍を動かす準備をしておくんじゃ。わしも少し気になった事があるでの。また何かあれば連絡せよ」
「了解しました!」

 ここで言うネルソンの「気になる事」というのは、ヱラウルフとクライドンがぶつかった際にマルセロの声が聞こえた事である。

 確かに2本ミザリーはサッチモにアンブレラを渡していた。ネルソンがそう仕込んだからである。

『腹心に使わない理由があったのかの?』

 しかし、マルセロの発言を聞く限り、アンブレラを使用していた形跡は無かった。そこが少しネルソンは引っかかったのである。

「マルセロを見つけ次第これを見せるんじゃ」

 ネルソンは黒服の1人に1枚の紙切れを渡す。それは普通の人間が見れば何も書かれていない紙切れであるが、アンブレラ服用者のみ読み取れる言葉が書かれている。

「『ユグドラシルの導き』ですか?」

 黒服は読み上げる。それは彼が服用者ということを示していた。

「そうじゃ、マルセロにこれを見せ『読めたら』殺せ」
「ハ! 了解しました」

 最悪、万が一の最悪の状況を予測し、ネルソンは黒服に指示をだす。

 もし読めた場合、マルセロは解毒されていると考えられる。
 アンブレラの解毒剤などまだこの宇宙に存在していないと思うが、上位等星にはもう10年以上まともに近寄ってすらいないため、石橋を叩いて渡る任務を与えたのである。
 その可能性を避けるため、今までもアンブレラの証跡は一部の人間以外全て消去してきている。

 無論、サッチモは本日殺す予定である。

 だが、ネルソンにとっても朗報は1つだけあった。それは、ニューイの報告にあった少年の存在である。

「ほぼ、間違いなく『タレント』持ちじゃ。良い誤算よのぅ」

 思わず顔に出るネルソン。1流の機体かどうかはこれから仕込んだ戦闘で明らかになるが、1流候補のパイロットを同時に手に入れる事が出来るのは彼にとってまさしく一石二鳥であった。

 それ程に、タレント持ちのパイロットは貴重な存在である。

 ただ約10分後、ネルソンは最大の誤算に泣く事となる

ーーーーーーーーーーー約10分後

「ぐぬぬぬッ! おのれぇエディか! 
 エディの仕業か! あの平和ボケめ、ワシの邪魔をしおってェッ!」

 ネルソンは激昂する。その時、ヱラウルフのコックピットが開いていたので聞こえた。
 それだけがネルソンにとっての良い事であった。

 話の内容がどうこうではない、一言、たった一言発した何故かあの場に居たメンディの台詞がネルソンを激昂させたのである。

『サッチモをこうまでにしてしまった原因は私にあります!ユリウス殿~~~』

 決定的であった。こうまでにしてしまったという事は、自身は解毒し、更にはサッチモをも解毒する手段があったという事が窺える。

「ニューイ! 聞こえとるか」
「ハ! お呼びでしょうかネルソン様」

「今すぐ『マルセロ』『メンディ』『サッチモ』『ミツバ』を殺害せよ! 恐らくその場から離れるやも知らん! 追跡手段も用意するんじゃ!」
「了解しました! ドローンを投入します」

「それとじゃ、エディはどこにおる!」
「先程から見当たりません!」

「馬鹿モンッ! 今すぐ見つけ出してワシに寄越すんじゃ! 絶対に殺してはならんぞ!」
「ハ! 了解しました!」

 エディには解毒の手段を絶対に聞き出さなくてはならない。殺さずの命令を下し、ネルソンは報告を待った。そして、その場にいる黒服全員へ通達する。

「今言った事をお前等もやるんじゃ! アンブレラに関わっているものは全員殺害せよ!」
「「了解」」

 ネルソンは去っていった黒服を見送ると、近くにあった机を拳で殴る。

「やってくれおって……エディめぇ!」

 『エディの仕業かも?』が、『エディの仕業!』になっていくことに、ネルソンは一切の疑問を持つことは無かった。

ーーーー更に数分後

 ネルソンの元にニューイから通信が入る。

「ネルソン様、報告がございます!」
「なんじゃ? 良い報告しか聞かんぞ」

 場に沈黙が流れる。ネルソンはこれからニューイが言う事が悪い知らせなのを察し手早く会話を済まそうとする。

「話せ」
「ハ! まず1つ、マルセロの殺害に失敗しました! 現在ドローンにて捜索をしています!」

 ネルソンは掌を額に当て、悔しがる。そして同時に恐るべき可能性を考察する

『まさか、解毒した上にアンブレラの効能が残っているのか? そんな事が……考えたくもないわい!』

 アンブレラには、あらゆる欲求、生存本能、身体能力の向上が本来の効能である。
 1流の戦士を超一流にするための薬であり、洗脳に近い状態にさせるのはそうするための副作用に過ぎない。

 副作用が強すぎるため、いつかは身体自体が耐えられず自壊してしまうが……

『それを効能を維持したまま副作用のみを消すなど、いや、』

 それはタレントの領域だ。ただ、その可能性は今はまだネルソンは思索していない。

 洗脳状態だけは何かとてつもなく衝撃を受ければ溶ける可能性はあるからである。アンブレラの等級によるが、現にサッチモは覚醒した素振りを見せていた。

 ネルソンはこの頭痛の種を抑えるのに必死である、が、ニューイが『まず1つ』と言った事を思い出し、とっとと聞いてしまおうと催促する。

「他はなんじゃ?」
「そのドローンがカムエールの住人によって破壊されています」

「意味が分からん? どういうことじゃ!?」

 ネルソンは駄々をこねるように、ドンドンと机を殴りつける。

「ネットワークコミュニティでの誤拡散が原因だと思われますが、まだ詳細把握できておりません。ただ、カムエール住人がドローンを破壊している事実があります!」

 1体この星で何が起こっているのか…
 ネルソンはほんの少しばかり恐怖の感情が芽生えるのを抑えられなかった。

 その時、ニューイより有用な情報がようやくもたらされた

「エディ技術長は、まだ位置が掴めないですが、少し心当たりがあります」
「言ってみろ」

 それを聞いたネルソンはゆっくりと頷く

「クライドンを用意せよ」
「了解しました!」

 通信を切るやいなや、ネルソンは車へ乗り込んだ。自身の計画をここまで潰した相手に正義の鉄槌を下すために…
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