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95.向かう先で
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「しかしねぇ。今の王家に何の期待もないが、あまりの言い分だよね。王女が香油を使い始めた当初には彼らが何も気付いてはいなかったという話を信じてやるとしてもだ。その後に気付くきっかけは十分にあったはずなのだよ。それでもなお分からなかったというのなら、今の王家には何かあろうね」
どこか確信しているようにレイモンドはそう言って、また少し笑った。
その笑みは、もう隠し切れない影を含んでいる。
だがしかし、このときのジェラルドは、父親の陰る笑みを王家に対する不信の表れとして受け取っていた。
「特に君たちに執着を始めたときだ。あれが分からないというのは、さすがに受け入れ難い。あの時点で番を意識しないわけがないのだからね」
「私たちに……思えばそれもおかしな話でしたね?」
「うん、これも幼少期から香油を使っていたことを考えると、大分おかしな話だ」
どうやら父親と話が噛み合っていないなと、ジェラルドは実感した。
王女からの執着は感じ取ってきたジェラルドである。
セイディを奪われたあとに、王から与えられた仕事の関係で稀に王城へと足を運んできたジェラルド。
会う約束などしていないというのに、あの王女はどこからかジェラルドが城に来ることを聞いていて、いつも偶然を装っては城の廊下で声を掛けてきた。
『まだ見付からないのね。そう。もう忘れて暮らしたらどうかしら?』
『わたくしでなくとも、普通ならもうその方は諦めて……。あら、ごめんなさいね。番は普通ではなかったわね』
いちいち気分を逆なでする王女にジェラルドはいつも言葉を返さなかった。
思えば当時から王族相手に挨拶もせず、礼儀知らずな若き公爵をしていたものだ。
『なによあの態度!わたくしは王女なのよ?心配して声を掛けてやったのだから、有難く思いなさい』
そんな声が後ろから聴こえていても、ジェラルドは無視を決め込み、その場を離れた。
それもこれも番を探している間は、番以外の何も大事ではなかったからだ。
当時のジェラルドにとって王女など心からどうでもいい存在だった。
そして番を取り戻した現在もそれは同じ。
ジェラルドにとって王女など取るに足らない存在でしかない。
今だって大事な番が関わっているからこそ、話題にしているだけ。
「あぁ、そうか。君はそういうことも覚えていないのだね」
レイモンドもまた、息子との会話に齟齬があったことに気付く。
そしてその言葉で、ジェラルドも父親の発言の意味を知った。
「もしや王女が私に執着をしていたのは……」
ジェラルドは興味のない相手とはいえ、己の勘違いには恥じた。
自分に好意を持っているから。
王女の分からぬ言動をジェラルドはそのように捉えてきたのだ。
だが今になって思えば、王女がそうだとすれば、ジェラルドに好意など持つわけがない。
ではあれは──?
レイモンドが言った通り、番と出会う以前をよく覚えていないジェラルドにはすぐに答えへと辿り着けないわけである。
「また香油の効果の程が怪しくなる話となるが。我々はね、先に出会えている者を酷く羨むのだよ。君は忘れてしまったであろうが、そのせいで私たち夫婦も君の子育て中には苦労を重ねていてね」
そんなことを急に言われても、ジェラルドには自身の幼少期のことなど分かるはずがなかった。
「私とシェリルが揃っていると、君の機嫌が悪くなるものだから。はじめは母親を取られたくないのだと思って、私も苛立っていたものだよ」
幼い息子にも苛立っていたのかと呆れるジェラルド。
されど自身に置き換えて考えれば、すぐにその気持ちを理解した。
ジェラルドもまた、たとえ自分の息子であろうとも、セイディをひとり占めになどさせないだろう。
とはいえ、いまはセイディも心が幼く。
アルメスタ家に仕える者たちに関しては、性別問わずセイディの側にいることをジェラルドはもう受け入れていた。
セイディが喜ぶなら、それがすべて。
今のセイディに必要だと判断すれば、それもまたすべてだ。
レイモンドも同じ気持ちだったのではなかろうか。
ジェラルドは想像する。
母親として妻が息子の世話を願うならばと、これを許したのであろう。
番を知る女性たちに母性が備わっていることは、多くの子どもたちを救ってきたのではないか。
でなければ母親もまた番にしか興味を持てず、子育てを放棄する。
そうなれば、番の子どもたちは誰も育てない。
もし育ったとしても、余程裕福で乳母に丸投げできるような家に限られよう。
だが生き延びた子どもは両親の愛情を知らずに育つことになる。
その子が番を知らなければ、それは悲劇。
漠然とそのようなことを考えたジェラルドは、改めて自分と番が生きて出会い、そして今は共にあることに感謝した。
口にはしないが、その感謝の気持ちの多くが両親へと向けられている。
どこか確信しているようにレイモンドはそう言って、また少し笑った。
その笑みは、もう隠し切れない影を含んでいる。
だがしかし、このときのジェラルドは、父親の陰る笑みを王家に対する不信の表れとして受け取っていた。
「特に君たちに執着を始めたときだ。あれが分からないというのは、さすがに受け入れ難い。あの時点で番を意識しないわけがないのだからね」
「私たちに……思えばそれもおかしな話でしたね?」
「うん、これも幼少期から香油を使っていたことを考えると、大分おかしな話だ」
どうやら父親と話が噛み合っていないなと、ジェラルドは実感した。
王女からの執着は感じ取ってきたジェラルドである。
セイディを奪われたあとに、王から与えられた仕事の関係で稀に王城へと足を運んできたジェラルド。
会う約束などしていないというのに、あの王女はどこからかジェラルドが城に来ることを聞いていて、いつも偶然を装っては城の廊下で声を掛けてきた。
『まだ見付からないのね。そう。もう忘れて暮らしたらどうかしら?』
『わたくしでなくとも、普通ならもうその方は諦めて……。あら、ごめんなさいね。番は普通ではなかったわね』
いちいち気分を逆なでする王女にジェラルドはいつも言葉を返さなかった。
思えば当時から王族相手に挨拶もせず、礼儀知らずな若き公爵をしていたものだ。
『なによあの態度!わたくしは王女なのよ?心配して声を掛けてやったのだから、有難く思いなさい』
そんな声が後ろから聴こえていても、ジェラルドは無視を決め込み、その場を離れた。
それもこれも番を探している間は、番以外の何も大事ではなかったからだ。
当時のジェラルドにとって王女など心からどうでもいい存在だった。
そして番を取り戻した現在もそれは同じ。
ジェラルドにとって王女など取るに足らない存在でしかない。
今だって大事な番が関わっているからこそ、話題にしているだけ。
「あぁ、そうか。君はそういうことも覚えていないのだね」
レイモンドもまた、息子との会話に齟齬があったことに気付く。
そしてその言葉で、ジェラルドも父親の発言の意味を知った。
「もしや王女が私に執着をしていたのは……」
ジェラルドは興味のない相手とはいえ、己の勘違いには恥じた。
自分に好意を持っているから。
王女の分からぬ言動をジェラルドはそのように捉えてきたのだ。
だが今になって思えば、王女がそうだとすれば、ジェラルドに好意など持つわけがない。
ではあれは──?
レイモンドが言った通り、番と出会う以前をよく覚えていないジェラルドにはすぐに答えへと辿り着けないわけである。
「また香油の効果の程が怪しくなる話となるが。我々はね、先に出会えている者を酷く羨むのだよ。君は忘れてしまったであろうが、そのせいで私たち夫婦も君の子育て中には苦労を重ねていてね」
そんなことを急に言われても、ジェラルドには自身の幼少期のことなど分かるはずがなかった。
「私とシェリルが揃っていると、君の機嫌が悪くなるものだから。はじめは母親を取られたくないのだと思って、私も苛立っていたものだよ」
幼い息子にも苛立っていたのかと呆れるジェラルド。
されど自身に置き換えて考えれば、すぐにその気持ちを理解した。
ジェラルドもまた、たとえ自分の息子であろうとも、セイディをひとり占めになどさせないだろう。
とはいえ、いまはセイディも心が幼く。
アルメスタ家に仕える者たちに関しては、性別問わずセイディの側にいることをジェラルドはもう受け入れていた。
セイディが喜ぶなら、それがすべて。
今のセイディに必要だと判断すれば、それもまたすべてだ。
レイモンドも同じ気持ちだったのではなかろうか。
ジェラルドは想像する。
母親として妻が息子の世話を願うならばと、これを許したのであろう。
番を知る女性たちに母性が備わっていることは、多くの子どもたちを救ってきたのではないか。
でなければ母親もまた番にしか興味を持てず、子育てを放棄する。
そうなれば、番の子どもたちは誰も育てない。
もし育ったとしても、余程裕福で乳母に丸投げできるような家に限られよう。
だが生き延びた子どもは両親の愛情を知らずに育つことになる。
その子が番を知らなければ、それは悲劇。
漠然とそのようなことを考えたジェラルドは、改めて自分と番が生きて出会い、そして今は共にあることに感謝した。
口にはしないが、その感謝の気持ちの多くが両親へと向けられている。
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―――『私の番には飼い主がいる』
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