60 / 137
60.心は成長をはじめたから
しおりを挟む
番、番、番……と繰り返された言葉。
相手がどの立場の人間かなど気にしていられるか。
脇目も振らず急いでこの場から立ち去ろうと踵を返したジェラルドの歩みを止めたのは、最も近くから発せられた声だった。
「つがいはいいものです」
少し身体を離してヴェール越しに顔を覗き込めば、ジェラルドの瞳を見詰め返すそれと目が合った。
その瞳に込められた期待。
ジェラルドはヴェールは上げず、布越しにセイディの額へと口付けた。
そして屋敷ではそれが常となった声を出す。
「そうだね、セイディ。番はいいものだ」
甘ったるいその声に、まだ側にいた王女の肩が僅かに揺れた。
だがジェラルドもセイディも、王女の姿などその目には捉えていない。
「おかあしゃまとおとうしゃまもいっしょです」
「あぁ、二人と同じく私たちも番で仲良しだ。そうだなセイディ?」
「はい!せいでぃとるどはなかよしでしゅっ!」
ジェラルドはまた深く両親に感謝した。
セイディの苦手な言葉を避けるのではなく、あえて伝え続けてくれたのは、先代公爵夫妻だ。
ジェラルドはどうしてもセイディが心を閉ざすあの瞬間が耐えられず、自分ではとても言えなかったから。
両親が語り掛けてくれなかったら、まだセイディは番という言葉に怯え続けていただろう。
特にこの件ではジェラルドの母シェリルが尽力した。
『おかあしゃまはおとうしゃまと番なのよ』
『セイディちゃんもジェラルドと番なの』
『番にはね、誰よりも仲良しだというとてもいい意味があるわ』
『番を悪く言った人は嘘吐きさんね。もうその人のことは忘れなさい』
大好きなおかあしゃまの言葉であろうと、最初は固まって心の動きをぴたと止めてしまったセイディ。
けれどもシェリルは諦めなかった。
手を取り、時にはその膝に乗せて、あるいは時には夫であるレイモンドの膝を借りて、セイディに同じ言葉を繰り返し続けた。
セイディの反応が少しずつ変わっていく。
心を閉ざし切る前に、シェリルの瞳を見詰めるようになった。
そのうちに、心を止めずに言葉を返すようになる。
『つがいはいいものですか?』
『そうよ、とてもいいものなの。嘘吐きさんは間違ったことを言っていただけ』
その様子を見てから、アルメスタ公爵邸の使用人らも動いた。
侍女長のソフィアから手を取られ『セイディさまは主さまの大切な番さまですね』と何度も語り掛けられて。
侍従のトットからは『セイディさまが主さまの番さまで嬉しい限り。いえ、逆でしたね。主さまがセイディさまの番さまでよろしかったですか?おや?それとも別の方と特別な仲良しになられる方が嬉しかったでしょうか?たとえばこのトットとか?』とよく笑い掛けられ。
料理長のルースには『主さまの番さまであり、大切な私たちのお守りすべきセイディさまに、今日の特別を』と毎度恭しくプリンを差し出され。
庭師のまとめ役の男ヘンリーからは、『さぁ、今日も楽しく遊びましょうぞ、セイディさま。何ですと?セイディさまの番さまである主さまもご一緒なさる?ふむ、セイディさまの番さまならば仕方ないですな。それでよろしいですか、セイディさま?』とジェラルドばかりが揶揄われて。
その他多くの使用人らも、『番』という言葉を避けず、むしろ沢山使うようにした。
結婚も、夫婦の意味も、愛についても。
きっとよく分かっていないセイディであるし、すっかりそれについて考えることも忘れてしまったセイディだから、そこに『番』という新たな言葉が加わっただけかもしれない。
それでも。
怖いものではなく『いいもの』だ。
セイディは『番』という言葉の認識を改めた。
だっておとうしゃまとおかあしゃまの真似をするのが大好きだから。
そしてジェラルドが『番』と聞くと、どうしてか泣きそうな顔をして笑い掛け、そして額に口付けをしてくれるから。
よしよしと同じく、きっとそれはご褒美。
その後に続く甘く優しい声は、セイディの耳にはいつもとても心地好く届いた。
相手がどの立場の人間かなど気にしていられるか。
脇目も振らず急いでこの場から立ち去ろうと踵を返したジェラルドの歩みを止めたのは、最も近くから発せられた声だった。
「つがいはいいものです」
少し身体を離してヴェール越しに顔を覗き込めば、ジェラルドの瞳を見詰め返すそれと目が合った。
その瞳に込められた期待。
ジェラルドはヴェールは上げず、布越しにセイディの額へと口付けた。
そして屋敷ではそれが常となった声を出す。
「そうだね、セイディ。番はいいものだ」
甘ったるいその声に、まだ側にいた王女の肩が僅かに揺れた。
だがジェラルドもセイディも、王女の姿などその目には捉えていない。
「おかあしゃまとおとうしゃまもいっしょです」
「あぁ、二人と同じく私たちも番で仲良しだ。そうだなセイディ?」
「はい!せいでぃとるどはなかよしでしゅっ!」
ジェラルドはまた深く両親に感謝した。
セイディの苦手な言葉を避けるのではなく、あえて伝え続けてくれたのは、先代公爵夫妻だ。
ジェラルドはどうしてもセイディが心を閉ざすあの瞬間が耐えられず、自分ではとても言えなかったから。
両親が語り掛けてくれなかったら、まだセイディは番という言葉に怯え続けていただろう。
特にこの件ではジェラルドの母シェリルが尽力した。
『おかあしゃまはおとうしゃまと番なのよ』
『セイディちゃんもジェラルドと番なの』
『番にはね、誰よりも仲良しだというとてもいい意味があるわ』
『番を悪く言った人は嘘吐きさんね。もうその人のことは忘れなさい』
大好きなおかあしゃまの言葉であろうと、最初は固まって心の動きをぴたと止めてしまったセイディ。
けれどもシェリルは諦めなかった。
手を取り、時にはその膝に乗せて、あるいは時には夫であるレイモンドの膝を借りて、セイディに同じ言葉を繰り返し続けた。
セイディの反応が少しずつ変わっていく。
心を閉ざし切る前に、シェリルの瞳を見詰めるようになった。
そのうちに、心を止めずに言葉を返すようになる。
『つがいはいいものですか?』
『そうよ、とてもいいものなの。嘘吐きさんは間違ったことを言っていただけ』
その様子を見てから、アルメスタ公爵邸の使用人らも動いた。
侍女長のソフィアから手を取られ『セイディさまは主さまの大切な番さまですね』と何度も語り掛けられて。
侍従のトットからは『セイディさまが主さまの番さまで嬉しい限り。いえ、逆でしたね。主さまがセイディさまの番さまでよろしかったですか?おや?それとも別の方と特別な仲良しになられる方が嬉しかったでしょうか?たとえばこのトットとか?』とよく笑い掛けられ。
料理長のルースには『主さまの番さまであり、大切な私たちのお守りすべきセイディさまに、今日の特別を』と毎度恭しくプリンを差し出され。
庭師のまとめ役の男ヘンリーからは、『さぁ、今日も楽しく遊びましょうぞ、セイディさま。何ですと?セイディさまの番さまである主さまもご一緒なさる?ふむ、セイディさまの番さまならば仕方ないですな。それでよろしいですか、セイディさま?』とジェラルドばかりが揶揄われて。
その他多くの使用人らも、『番』という言葉を避けず、むしろ沢山使うようにした。
結婚も、夫婦の意味も、愛についても。
きっとよく分かっていないセイディであるし、すっかりそれについて考えることも忘れてしまったセイディだから、そこに『番』という新たな言葉が加わっただけかもしれない。
それでも。
怖いものではなく『いいもの』だ。
セイディは『番』という言葉の認識を改めた。
だっておとうしゃまとおかあしゃまの真似をするのが大好きだから。
そしてジェラルドが『番』と聞くと、どうしてか泣きそうな顔をして笑い掛け、そして額に口付けをしてくれるから。
よしよしと同じく、きっとそれはご褒美。
その後に続く甘く優しい声は、セイディの耳にはいつもとても心地好く届いた。
12
お気に入りに追加
670
あなたにおすすめの小説
捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?
ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」
ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。
それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。
傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……
【完結】転生したらモブ顔の癖にと隠語で罵られていたので婚約破棄します。
佐倉えび
恋愛
義妹と婚約者の浮気現場を見てしまい、そのショックから前世を思い出したニコル。
そのおかげで婚約者がやたらと口にする『モブ顔』という言葉の意味を理解した。
平凡な、どこにでもいる、印象に残らない、その他大勢の顔で、フェリクス様のお目汚しとなったこと、心よりお詫び申し上げますわ――
いいですよ、離婚しましょう。だって、あなたはその女性が好きなのでしょう?
水垣するめ
恋愛
アリシアとロバートが結婚したのは一年前。
貴族にありがちな親と親との政略結婚だった。
二人は婚約した後、何事も無く結婚して、ロバートは婿養子としてこの家に来た。
しかし結婚してから一ヶ月経った頃、「出かけてくる」と言って週に一度、朝から晩まで出かけるようになった。
アリシアはすぐに、ロバートは幼馴染のサラに会いに行っているのだと分かった。
彼が昔から幼馴染を好意を寄せていたのは分かっていたからだ。
しかし、アリシアは私以外の女性と一切関わるな、と言うつもりもなかったし、幼馴染とも関係を切れ、なんて狭量なことを言うつもりも無かった。
だから、毎週一度会うぐらいなら、それくらいは情けとして良いだろう、と思っていた。
ずっと愛していたのだからしょうがない、とも思っていた。
一日中家を空けることは無かったし、結婚している以上ある程度の節度は守っていると思っていた。
しかし、ロバートはアリシアの信頼を裏切っていた。
そしてアリシアは家からロバートを追放しようと決意する。
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?
当麻月菜
恋愛
「異世界の少女、お前は、私の妻となる為に召喚されたのだ。光栄に思え」
「……は?」
下校途中、いつもより1本早い電車に飛び乗ろうとした瞬間、結月佳蓮(ゆづき かれん)はなぜかわからないけれど、異世界に召喚されてしまった。
しかも突然異世界へ召喚された佳蓮に待っていたのは、皇帝陛下アルビスからの意味不明な宣言で。
戸惑うばかりの佳蓮だったけれど、月日が経つうちにアルビスの深い愛を知り、それを受け入れる。そして日本から遙か遠い異世界で幸せいっぱいに暮らす……わけもなかった。
「ちょっ、いや待って、皇帝陛下の寵愛なんていりません。とにかく私を元の世界に戻してよ!!」
何が何でも元の世界に戻りたい佳蓮は、必死にアルビスにお願いする。けれども、無下に却下されてしまい……。
これは佳蓮を溺愛したくて、したくて、たまらない拗らせ皇帝陛下と、強制召喚ですっかりやさぐれてしまった元JKのすれ違いばかりの恋(?)物語です。
※話数の後に【★】が付くのは、主人公以外の視点のお話になります。
※他のサイトにも重複投稿しています。
※1部は残酷な展開のオンパレードなので、そういうのが苦手な方は2部から読むのをおすすめさせていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる