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64.空間だけの記憶は得意ではありません

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 私はずっと、あのお部屋が本来の辺境伯夫人用の部屋だと思い込んでおりました。
 しかし実はお父さまの妹のお部屋だったようです。

 でもあの場所は、お父さまのお部屋のお隣で。
 お部屋の並びを思い出しましても、やはりあの場所が夫人用の部屋に思えてしまうのですが。

 お父さまはお母さまを夫人として受け入れておきながら、そのためのお部屋を私を産んだ母へと宛がい、亡き後も誰にも使わせることなくそのままに残していた──そういうお話だと信じられるお部屋の配置だったのです。

 え?まさか……禁断の兄妹あ──。

「ミシェル。わたくしの部屋はどこにありましたか?」

 お母さまのお部屋ですか?
 それはもちろん……あら?

「もう分かりましたね?」

 いえ、分かりませんでした。
 お母さまのお部屋は、あのお部屋の反対側の、お父さまのお部屋の二つ隣にあります。
 
 ですから、やはりあのお部屋の方がお父さまのお部屋に近いということです。

「間にある部屋が何か忘れたのですか?」

 お父さまとお母さまのお部屋の間には……何があるかは分かりません。
 だって立ち入りを禁じられておりましたもの。

「……そう、彼女たちは面倒で説明しなかったのね」

「え?」

「侍女たちから聞いていなかったのでしょう?」

 いえ、聞いてはおりました。
 聞いたら皆さん「秘密のお部屋ですよ。入ってはいけません」と教えてくれていたのです。

 だから何か特殊な訓練装置のあるお部屋か、あるいは武器の隠し部屋か、はたまた──。

 扇がぱっと開かれて、お母さまは顔を隠されてしまいました。

「ただの夫婦の寝室です」

「まぁ」

 後ろからジンが「うちと同じことだよ」と説明します。
 え?同じ?同じでしたの?
 ……そういえば同じですわ。

「あなたの気に入りのあのお部屋は、妹が出て行くことを拒んだ伯が、急いで改装して作らせたものでした」

「え?」

 あのお部屋は時間を掛けてゆっくりと整えていったものだと、他でもない父から聞いたはずなのですが。

「確かに家具類は元々のお部屋から移動したもので、伯の妹が小さい頃から少しずつ自分好みに調整していったものです。そうではなく、わたくしは部屋の間取りについて言っています」

「間取りですか?」

「そのお隣にも二つ、空いた部屋が並んでいましたね?」

 そう……でしたかね?
 幼い頃に色々な部屋に潜り込んでは、それは叱られた記憶がございまして。
 何でも私を探せなくなった皆様が大変困ったのだとか。

 それからは勝手に部屋に入ることを避けていたので……他の部屋の様子が思い出せません。
 自分ではない人のこと、特に人の言葉や文字はよく覚えられるのですが、空間的なところはそう得意ではないようです。

「あなたの産みのお母さまは、結婚してあの屋敷を出て行かれるおつもりだったのですよ。それを嫌だと伯が駄々をこねましてね。急遽自分のお部屋の隣に、妹夫妻の部屋を用意させたのです。それも妹の部屋が隣になるよう配置する執心振りで大層皆を困らせましてね。ですから、あのお部屋の隣には、妹夫妻の寝室に、夫君のお部屋も用意されていたのですよ」

 駄々をこねて、という言葉が気になりましたが。
 お父さまはそんなにも妹のことを大事に想っていたのですね。

 その妹が私の母……どうしましょう。いまだに信じられません。

「あなたは勘違いしていたようですが。あのお部屋はいずれはあなたにと、伯は考えていたのですよ」

「え!私が使えたのですか?」

「わたくしたちが隠居した後の話になりますけれどね。伯はそのつもりで大事にあのお部屋を残してきたのです」

「まぁ!」

 ジンがぎゅっと力を込めて私を抱き締めていました。
 いえ、ずっと抱き締められているのですが。ここ一番の力を込めて抱き締められたのです。

 何かの技を掛けようということではないですよね?

 ところで、こんな状態でずっとお母さまと話していて良かったのかしら?

 お母さまがすっと扇を閉じて、私に微笑みます。

「伯は常々、いずれはあなたが領内のどなたかと結婚する前提で動いていたのですよ。ねぇ、侯爵様もご存知でしたわね?」

「えぇ?」

 振り返ってジンに確認しようとしたのですが。
 ジンが私の肩に頭を乗せたので、それが上手く行きませんでした。

 具合でも悪いのかしら?
 やはり私たちはお医者様にもう一度よく診て頂いた方が良さそうです。



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