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5.わざわざ不貞の事実をお知らせくださったのかしら?
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お二人との話を終えたあとも、私に近付く人はありませんでした。
皆様が話し掛ける機を窺って、こちらを気にしていることは私にも伝わっておりましたよ。
けれども、それは叶わなかったのです。
何故かお二人は、招待した皆様への挨拶回りもせずに、私に近い場所を彷徨われておりました。
それも私が気を遣い移動すれば、追い掛けるような形で。
これでは他の皆様も私に接触することが容易ではなくなります。
お二人はあえて牽制されていたのでしょうか?
私は周囲に視線を送りました。
皆様、せっかくの園遊会です。
今は美しき花々が咲き誇るこの場所を純粋にお楽しみくださいませ。
此度の件。
私としましては、居合わせただけの皆様に何かを求める考えはございませんし。
それから家としましても、あの柔和な父が全体への報復を考えることはまずないことです。
母も荒事は苦手としておりますから、きっと大丈夫でしょう。
だからどうか、ご安心くださいな。
分かっていただけたのでしょうか。
ほっとした顔を見せ、頷いてくださった方もおりました。
理解ある方々のお顔は、よく覚えておかなければなりませんね。
さて。
私に解せぬは、私の視界に入り続けるお二人のことでした。
王女殿下は元婚約者様の腕に両手を絡め、体を密着させていたのです。
未婚の貴族がこのようなお姿を外で見せること。
これはこの国では決して許されていないことだったように覚えているのですが。
さらに分からないことには、何故か周囲に聞こえるような声でお話しになられていました。
「ようやくね、レイ」
「えぇ、ようやくです。王女殿下」
「嫌だわ、レイったら。いつものように呼んで欲しいわよ」
「では、シャル様……」
「レイ……」
愛称を呼び合ったあとには、お二人はそれは長く見つめ合っておりました。
このままずっとお二人の世界にいらしたら良いと思ったのですけれど。
余程そのお話を聞かせたい方がいらっしゃるようで。
お二人は声を落とさず、また話を始めます。
「これからは、あなたとこうして堂々と並んで歩けるのよね?夢では嫌よ?」
「現実ですよ、シャル様。それにもしこれが夢であったとしても、俺が何度でもあの忌まわしき婚約を破棄してみせますからね」
まぁ。何度も婚約を破棄するおつもりなのですって。
一度でも口にするには恐ろしい言葉ですのに。
これが価値観の相違というものかしら。
そういえば、婚約破棄は王女殿下の命ではなかったかしらね?
あの令息様がご自身の意志でそうしたということかしら?
「されど、もう終わったこととはいえ。悔しさは残ります。私のこの腕が、つい先ほどまであんな女に金で買われ不自由な状態にあったなど」
公爵令息様が苦痛に耐えるよう顔を歪めておりますけれど。
腕が不自由?
あぁ、分かりましたわ。
これはきっと別のどなたかのお話なのよ。
浅慮な思い違いをして申し訳なかったわね。
「あんな低俗な女でも婚約者としてエスコートしなければならない日々が苦痛で堪りませんでしたよ。この腕は麗しき高貴な女神のためにあったというのに。当主である父には逆らえず、あんな女にこの腕を捧げてきた過去を呪いたくなってしまいますね」
「今までは仕方がなかったのよ、レイ。けれどあなたは勇気を出して、立派に動いたわ!これからは悔しがることなんてひとつも起きない。いいえ、私が起こさないわよ!だからもう忘れましょう!」
婚約者をエスコート……ですか。
私以外にも婚約者がいたと思って良いものかしら。
えぇ、だって。
あの公爵令息様の腕に触れた記憶が、かなたまで遡ってもありませんもの。
もしかして覚えてもいない幼少期に……いえ、そんな昔にはまだ婚約者ではなかったはずです。
それにあの令息様のひ弱そうな腕なんて、お金を頂いても欲しくはありませんからね。
やはり別の誰かのお話だと思っておきましょう。
「あなたと早く結婚したいわ。あの浅ましい女にお金では決して買えない真実の愛を二人で見せ付けてやりましょう。それに急がないと。もしかしたら私たちの愛の結晶がすでにここにいるかもしれないんだから」
「シャル様、本当ですか!」
「まだ分からないわ。もしもの話よ。だけどもし……そうだったら私は嬉しいわね。レイはどう?」
「それこそが夢のようですよ!早急に陛下にご挨拶をしなければ!このような場に留まってはいられませんね」
「えぇ、早くお城に戻りましょう」
先までは王女殿下の心配だけをしておりましたが。
この国の王家は大丈夫なのでしょうか?
婚姻前の王女殿下に手を出す不届き者が許される環境に身を置かれた王女殿下には、心底同情いたしますわよ。
示し合わせたように、揃ってお二人が振り返り、こちらの様子を窺うように見ていました。
ですから淑女の微笑みを返しましたところ。
何故かお二人は仲良く顔を逸らしてしまったのです。
本当に理解出来ないお二人だわ。
園遊会の会場である庭園には、小鳥のさえずりもあちこちから聞こえ、蝶も優雅に羽根を広げ飛び回っておりました。
目には美しき花々、香しい春の陽気は心地好く体を温め、頭上に広がるは晴天。
最高の園遊会日和だったからでしょうか。
私はこのとき、お二人の愛が続く未来を心から祈っておりました。
真実の愛とやらをお二人が無事に成し遂げられますように──と。
皆様が話し掛ける機を窺って、こちらを気にしていることは私にも伝わっておりましたよ。
けれども、それは叶わなかったのです。
何故かお二人は、招待した皆様への挨拶回りもせずに、私に近い場所を彷徨われておりました。
それも私が気を遣い移動すれば、追い掛けるような形で。
これでは他の皆様も私に接触することが容易ではなくなります。
お二人はあえて牽制されていたのでしょうか?
私は周囲に視線を送りました。
皆様、せっかくの園遊会です。
今は美しき花々が咲き誇るこの場所を純粋にお楽しみくださいませ。
此度の件。
私としましては、居合わせただけの皆様に何かを求める考えはございませんし。
それから家としましても、あの柔和な父が全体への報復を考えることはまずないことです。
母も荒事は苦手としておりますから、きっと大丈夫でしょう。
だからどうか、ご安心くださいな。
分かっていただけたのでしょうか。
ほっとした顔を見せ、頷いてくださった方もおりました。
理解ある方々のお顔は、よく覚えておかなければなりませんね。
さて。
私に解せぬは、私の視界に入り続けるお二人のことでした。
王女殿下は元婚約者様の腕に両手を絡め、体を密着させていたのです。
未婚の貴族がこのようなお姿を外で見せること。
これはこの国では決して許されていないことだったように覚えているのですが。
さらに分からないことには、何故か周囲に聞こえるような声でお話しになられていました。
「ようやくね、レイ」
「えぇ、ようやくです。王女殿下」
「嫌だわ、レイったら。いつものように呼んで欲しいわよ」
「では、シャル様……」
「レイ……」
愛称を呼び合ったあとには、お二人はそれは長く見つめ合っておりました。
このままずっとお二人の世界にいらしたら良いと思ったのですけれど。
余程そのお話を聞かせたい方がいらっしゃるようで。
お二人は声を落とさず、また話を始めます。
「これからは、あなたとこうして堂々と並んで歩けるのよね?夢では嫌よ?」
「現実ですよ、シャル様。それにもしこれが夢であったとしても、俺が何度でもあの忌まわしき婚約を破棄してみせますからね」
まぁ。何度も婚約を破棄するおつもりなのですって。
一度でも口にするには恐ろしい言葉ですのに。
これが価値観の相違というものかしら。
そういえば、婚約破棄は王女殿下の命ではなかったかしらね?
あの令息様がご自身の意志でそうしたということかしら?
「されど、もう終わったこととはいえ。悔しさは残ります。私のこの腕が、つい先ほどまであんな女に金で買われ不自由な状態にあったなど」
公爵令息様が苦痛に耐えるよう顔を歪めておりますけれど。
腕が不自由?
あぁ、分かりましたわ。
これはきっと別のどなたかのお話なのよ。
浅慮な思い違いをして申し訳なかったわね。
「あんな低俗な女でも婚約者としてエスコートしなければならない日々が苦痛で堪りませんでしたよ。この腕は麗しき高貴な女神のためにあったというのに。当主である父には逆らえず、あんな女にこの腕を捧げてきた過去を呪いたくなってしまいますね」
「今までは仕方がなかったのよ、レイ。けれどあなたは勇気を出して、立派に動いたわ!これからは悔しがることなんてひとつも起きない。いいえ、私が起こさないわよ!だからもう忘れましょう!」
婚約者をエスコート……ですか。
私以外にも婚約者がいたと思って良いものかしら。
えぇ、だって。
あの公爵令息様の腕に触れた記憶が、かなたまで遡ってもありませんもの。
もしかして覚えてもいない幼少期に……いえ、そんな昔にはまだ婚約者ではなかったはずです。
それにあの令息様のひ弱そうな腕なんて、お金を頂いても欲しくはありませんからね。
やはり別の誰かのお話だと思っておきましょう。
「あなたと早く結婚したいわ。あの浅ましい女にお金では決して買えない真実の愛を二人で見せ付けてやりましょう。それに急がないと。もしかしたら私たちの愛の結晶がすでにここにいるかもしれないんだから」
「シャル様、本当ですか!」
「まだ分からないわ。もしもの話よ。だけどもし……そうだったら私は嬉しいわね。レイはどう?」
「それこそが夢のようですよ!早急に陛下にご挨拶をしなければ!このような場に留まってはいられませんね」
「えぇ、早くお城に戻りましょう」
先までは王女殿下の心配だけをしておりましたが。
この国の王家は大丈夫なのでしょうか?
婚姻前の王女殿下に手を出す不届き者が許される環境に身を置かれた王女殿下には、心底同情いたしますわよ。
示し合わせたように、揃ってお二人が振り返り、こちらの様子を窺うように見ていました。
ですから淑女の微笑みを返しましたところ。
何故かお二人は仲良く顔を逸らしてしまったのです。
本当に理解出来ないお二人だわ。
園遊会の会場である庭園には、小鳥のさえずりもあちこちから聞こえ、蝶も優雅に羽根を広げ飛び回っておりました。
目には美しき花々、香しい春の陽気は心地好く体を温め、頭上に広がるは晴天。
最高の園遊会日和だったからでしょうか。
私はこのとき、お二人の愛が続く未来を心から祈っておりました。
真実の愛とやらをお二人が無事に成し遂げられますように──と。
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