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6.続きはまた次回に

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 あまりの返答の早さに呆気に取られた。
 だから思考が戻る前にしばしの時間が掛かったのだ。

 その間に、令嬢は今の内にとでも言うように、菓子を摘まみ始めている。
 普通、許可を得てから食べ始めないか?
 それは早々に許可も出さなかった私の方が悪いのかもしれないが。

 そういや、この令嬢は部屋に案内されて軽い挨拶を終えた後には、さっさと紅茶を口に含んでいたな。
 それも今までの令嬢にない行動である。

 やはり今までとは違う。この令嬢は──。しかし断られた。

 待て。彼女は何を否定したのだ?
 私は最後まで言っていない。

「何故こちらが説明する前から違うと言い切る!」

「リーナ様より事前に詳しく聞いておりましたので。申し訳ありませんが、私は運命がどうとかいう話を聞くと虫唾……急に気分が悪くなるたちでして」

「そんな性質があってたまるか!」

 それから今、何か不敬極まりない言葉を言い掛けただろう?
 約束したからには咎めないが、失礼は失礼だぞ?

「本当に無理なんです。ごめんなさい」

 何故だ。
 胸に大砲が撃ち込まれ大きな穴が空いたあとに、強風が吹いてびゅーびゅーと隙間に音を鳴らしているような、巨大な虚無感が押し寄せてくるのは。

「本当にごめんなさい」

 ぐはっ。
 こいつが謝るとそれが強まる。

「……分かったから謝るな。運命でなくていい。とにかく次も私と会うように!」

 間違えた気がする。
 だが口から出た言葉は消えない。

 明らかに令嬢はむっとしていた。
 淑女らしい笑みを崩してはいないが、顔が強張っている。
 こういう部分は子爵令嬢らしい。

「かしこまりました。公爵家のご嫡男様からのご命令とあれば──」

「命じていない!だが……狡いではないか」

 意味が分からないと、その目が語った。
 そんなことは私も同じだ。私にも自分が何を口走っているのか、もはや分からない。

 だが言葉はすらすらと飛び出した。

「今のままでは君の言い逃げではないか。それはとても認められなくてな。何せ私は妹が言った通り、負けず嫌いなのだ。このまま終わらせるわけがないだろう?今日は不意打ちであったし、次は負けないように体制を整えて挑むから、そのつもりで君も準備をしておくといい」

 また笑い出したぞ。
 完全に馬鹿にされている気がするな。

「お前、覚えていろ……これからは覚悟しろよ?」

 令嬢の笑い方の質が変わる。
 悪だくみを考える悪代官みたいな顔だ。

 こいつ、本当に令嬢だよな?

「私は女性をお前と呼ぶ殿方の声を聞くと気分が悪くなるたちなのですが」

「これはっ、その、つい勢いで……だ。だから……もう二度と言わないと約束する。これでいいか?」

「謝れない人間も嫌いですが、こちらの方が下位貴族ですからね。それは目を瞑って差し上げましょう。あとは『勢いで~』とか『ついうっかり』と言えば何でも許されると考えている人間を拝見しても、やはり気分が悪くなるたちですけれど」

「だーーーー!分かった。君のその特殊なたちとやらを全部話せ」

 何と面倒な女だ。

 これは違うな。うん、絶対に違っている。
 運命の女性ならばもっとこう、儚くて、可憐さを伴う、守ってやりたい存在のはずである。

 だが、彼女はどうだ?
 守るもなにも、私が攻撃される側にあるではないか。
 まず自分の身を令嬢から守らねばならない相手が、運命のはずがない。

「全部と言われましても、困りましたね。たちに触れるきっかけがなければ、普段は忘れているものですから。今日のような特異なこともなかなか起きませんし」

 どこまでも私とは気質が合わないと言いたいのだろうか。
 私のことなど、ちょっと妹に聞いたくらいであろう?何も知らないくせに。

 だからつい。またついついと言ってしまった。
 いつもの私ならば、まだ少し紳士の仮面を被っていられたはずであるのに。

「君のその美しく結い上げられた髪は、中身が空っぽな鳥頭であることを隠すための装備だったのだな」

 言いながら、言い過ぎたと反省していたし、すぐに謝るつもりはあったのに。

「まぁ、鳥もなかなか賢いのですよ?それに鳥の頭は空っぽではございません。中身がちゃんと詰まっています。私よりずっと賢いあなた様ですのに、ご存知なかったのですか?」

「そういう話ではない!」

 謝る機会は完全に失われた。


 それからもしばし言い合いは続き。
 珍しく見合いの席が長引いていることで、茶のお代わりを運んできた侍女たちは、顔には出さぬも探るようにこちらを見ていることは伝わった。

 勘違いするなよ。
 こいつは妹が差し向けてきた刺客だからな?

 この令嬢が運命の相手かどうかなど、今やどうでも良かった。

 とにかく油断ならない相手だから。
 落ち着いて戦うためにも、新しく出された紅茶をゆっくりと味わうことにする。

 ふむ。どうやらあの焼き菓子を気に入ったらしいな。
 次回は同じものと、似た系統の菓子を出すよう言っておこう。
 ついでに今日は並ばなかった別の菓子も用意して…………。



「次回は勝たせて貰う」

「まぁ、今日は負けられたとお認めになるのですね?」

「違う。引き分けという意味で言った」

 見合いの件はどこへやら。
 私たちは口喧嘩を楽しむ仲になっていた。

 何を隠そう、彼女は口が達者なんて軽々と言えたものではないほどのお喋りな子爵令嬢だったのだ。
 それでリーナと気が合い、ある日のどこかの茶会から仲良くなったのだとか。

 そういえば、あいつも幼い頃からよく口が回る子どもだったな……。
 言葉が足りていないようなところもあるのに、的確に人の心を抉る言葉だけはすらすらと出て来る奇怪な子どもで。
 何度泣かされ……忘れよう。私は兄だ。


 この不毛な勝負がはてしなく続いていくなんてことには、当然このときの私には思ってもみないことである。
 そうして気が付いたときには、妹の言っていた意味を理解していることも、当時の私は知らない。

『お兄さま。愛とはどこか遠くを探すものではありませんわ。お相手を決めたあとに紡ぐものなのです』



 そんな頃には妹はもう四人目を妊娠していた。
 義弟の出産準備に掛ける熱意は凄まじく、敵国から一体どうやったのかその道の名医と呼ばれる女医を引き抜いてきたり、妊婦や産後に良いものを世界中から集めたりと、理解出来ぬも他家のことだと一歩引いていたところはあるが。

 未来の私には、この義弟の行動が不可解でもなんでもなくなっていた。むしろよく分かる。

 こうなると、時期をずらせなかったことが悔やまれた。
 侯爵領に名医が奪われた状態では危険だ。
 そうだ、あいつもこの家で出産させればいい。うん、そうだ。それしかない。
 さっそく妹夫婦を説得せねば。その前に両親だな。
 孫の世話だけがしたいと早々に私に爵位を押し付けて隠居を決めた父上と、同じく孫が可愛くてならない母上ならば、私の考えに賛同してくれるに違いない。
 何せ孫がまた二人も増えるのだから。


 善は急げと、未来の私は部屋を飛び出した──。


 この国の要塞の役割を持つ侯爵領からそんなに長く当主夫妻が離れられるわけがないだろうと、妹に私の提案を一蹴されるのはさらに先の話。
 妹だけでいい、最近は実家で出産する婦人が増えていると言ってみたら、義弟からそれは射殺されそうな勢いで説教を受けたことも、それに何故か妻も加勢して同時に叱られることになるのは、さらにさらに先の話だ。


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