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「三上さん!!そういう冗談はやめて下さいと前からお願いしてるはずですがっ!!?」
きっぱりと拒否しようとしたら、過剰なほどの大声が出た。
しかも、緊張でかなり上ずった声が。
詩織が作り出した淫らな空気を消し去りたかったのと、逃げ場を失ったこの状況に内心かなり動揺していたせいだ。
大声を出したおかげか、それとも動揺を見抜かれていたのか、彼はそれ以上近づいてこなかった。
ただ、律と目線を合わせるように前かがみになる。
「続きをする気は?冗談かどうかすぐに分かる」
「~っ結構です!三上さんはもうあっちに行っててください!作業の邪魔です!」
律はリビングを指差して、声を大に退去命令を出すが、詩織はますます楽しそうな顔をするだけだ。
「悪かった。今から模範的なアシスタントに徹することにする。シェフ、次の指示は?」
彼はおどけるように両手を上げた。
…本当にこんな人が社長を務める会社がうまく回っているのだろうか?
律は首を傾げたくなる。
「…じゃあ、ごはんが炊けてるのでほぐして下さい」
本当は“あなたはもう、あっちのソファから動かないで下さい”と言いたいが、手伝い役がいると助かるのは確かだった。
なので律は渋々、不埒なアシスタントと並んでキッチンに立つ。
炊飯器を任せた彼が自分に背中を向けている間に、律はさっきの緊張で強張った体からそっと力を抜いた。
冗談で済んでよかった。
まさか無理やり何かされるとまでは思っていないけれど、彼は時々、強引に関係を変えようとするから困る。
今日までは未遂で済んだとしても、いつか何かの弾みで関係が変わってしまったら…
そこに不安しかないのに、詩織と恋愛なんてできるわけがない。
「三上さんは確か、ご自分の家があるはずですよね?いい加減そちらに定住されたらどうですか?」
そうすれば、律は彼の猛攻を受けなくて済み、本当の意味で穏やかな暮らしができるはずだ。
みなまで言わずとも苦言だと伝わったのだろう、詩織がにやりと笑う。
「一緒に住むか?ここよりいい条件を出そう。家賃光熱費食費すべて無料でどうだ」
…もう。律は嘆息する。
彼を遠ざけようとして振った話題ですら、距離を詰めようとしてくるのだから、頭が痛い。
「すみませんが、同居人募集なら他をあたってください。それほど好待遇なら応募者が殺到するはずですよ」
「募集対象は君一人だ。それ以外の人間と同居する気はない」
「あいにくですが、私は由紀奈さんとの生活が気に入ってるので、当分引っ越す予定はありません」
由紀奈を盾に断固拒否すると、まさか姉が障害になるとは思わなかったのだろう、詩織が忌々しそうな顔をする。
「…姉貴もさっさと身を固めればいいものを」
彼が小さな声で毒づいたのとほぼ同時に、玄関の鍵が回る音がした。
噂をすれば、家主の帰宅だ。
「由紀奈さん、お帰りなさい!お疲れさまでした!」
助かったとばかりに律は詩織の横をすり抜けて、玄関に向かった。
―…本当に、こんな状態が長く続くと、いつか押し切られてしまいそうで怖い。
その後はどうなるか?分かり切ったことだ。
手に入るのは儚い蜜月だけで、その先には何もない。
きっぱりと拒否しようとしたら、過剰なほどの大声が出た。
しかも、緊張でかなり上ずった声が。
詩織が作り出した淫らな空気を消し去りたかったのと、逃げ場を失ったこの状況に内心かなり動揺していたせいだ。
大声を出したおかげか、それとも動揺を見抜かれていたのか、彼はそれ以上近づいてこなかった。
ただ、律と目線を合わせるように前かがみになる。
「続きをする気は?冗談かどうかすぐに分かる」
「~っ結構です!三上さんはもうあっちに行っててください!作業の邪魔です!」
律はリビングを指差して、声を大に退去命令を出すが、詩織はますます楽しそうな顔をするだけだ。
「悪かった。今から模範的なアシスタントに徹することにする。シェフ、次の指示は?」
彼はおどけるように両手を上げた。
…本当にこんな人が社長を務める会社がうまく回っているのだろうか?
律は首を傾げたくなる。
「…じゃあ、ごはんが炊けてるのでほぐして下さい」
本当は“あなたはもう、あっちのソファから動かないで下さい”と言いたいが、手伝い役がいると助かるのは確かだった。
なので律は渋々、不埒なアシスタントと並んでキッチンに立つ。
炊飯器を任せた彼が自分に背中を向けている間に、律はさっきの緊張で強張った体からそっと力を抜いた。
冗談で済んでよかった。
まさか無理やり何かされるとまでは思っていないけれど、彼は時々、強引に関係を変えようとするから困る。
今日までは未遂で済んだとしても、いつか何かの弾みで関係が変わってしまったら…
そこに不安しかないのに、詩織と恋愛なんてできるわけがない。
「三上さんは確か、ご自分の家があるはずですよね?いい加減そちらに定住されたらどうですか?」
そうすれば、律は彼の猛攻を受けなくて済み、本当の意味で穏やかな暮らしができるはずだ。
みなまで言わずとも苦言だと伝わったのだろう、詩織がにやりと笑う。
「一緒に住むか?ここよりいい条件を出そう。家賃光熱費食費すべて無料でどうだ」
…もう。律は嘆息する。
彼を遠ざけようとして振った話題ですら、距離を詰めようとしてくるのだから、頭が痛い。
「すみませんが、同居人募集なら他をあたってください。それほど好待遇なら応募者が殺到するはずですよ」
「募集対象は君一人だ。それ以外の人間と同居する気はない」
「あいにくですが、私は由紀奈さんとの生活が気に入ってるので、当分引っ越す予定はありません」
由紀奈を盾に断固拒否すると、まさか姉が障害になるとは思わなかったのだろう、詩織が忌々しそうな顔をする。
「…姉貴もさっさと身を固めればいいものを」
彼が小さな声で毒づいたのとほぼ同時に、玄関の鍵が回る音がした。
噂をすれば、家主の帰宅だ。
「由紀奈さん、お帰りなさい!お疲れさまでした!」
助かったとばかりに律は詩織の横をすり抜けて、玄関に向かった。
―…本当に、こんな状態が長く続くと、いつか押し切られてしまいそうで怖い。
その後はどうなるか?分かり切ったことだ。
手に入るのは儚い蜜月だけで、その先には何もない。
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