なりゆきの同居人

七月きゅう

文字の大きさ
上 下
97 / 113

#97

しおりを挟む
「三上さん!!そういう冗談はやめて下さいと前からお願いしてるはずですがっ!!?」
きっぱりと拒否しようとしたら、過剰なほどの大声が出た。
しかも、緊張でかなり上ずった声が。

 詩織が作り出した淫らな空気を消し去りたかったのと、逃げ場を失ったこの状況に内心かなり動揺していたせいだ。
 大声を出したおかげか、それとも動揺を見抜かれていたのか、彼はそれ以上近づいてこなかった。

ただ、律と目線を合わせるように前かがみになる。
「続きをする気は?冗談かどうかすぐに分かる」
「~っ結構です!三上さんはもうあっちに行っててください!作業の邪魔です!」

 律はリビングを指差して、声を大に退去命令を出すが、詩織はますます楽しそうな顔をするだけだ。
「悪かった。今から模範的なアシスタントに徹することにする。シェフ、次の指示は?」
彼はおどけるように両手を上げた。

…本当にこんな人が社長を務める会社がうまく回っているのだろうか?
律は首を傾げたくなる。
「…じゃあ、ごはんが炊けてるのでほぐして下さい」

本当は“あなたはもう、あっちのソファから動かないで下さい”と言いたいが、手伝い役がいると助かるのは確かだった。
なので律は渋々、不埒なアシスタントと並んでキッチンに立つ。

 炊飯器を任せた彼が自分に背中を向けている間に、律はさっきの緊張で強張った体からそっと力を抜いた。
冗談で済んでよかった。
まさか無理やり何かされるとまでは思っていないけれど、彼は時々、強引に関係を変えようとするから困る。

今日までは未遂で済んだとしても、いつか何かの弾みで関係が変わってしまったら…
そこに不安しかないのに、詩織と恋愛なんてできるわけがない。

「三上さんは確か、ご自分の家があるはずですよね?いい加減そちらに定住されたらどうですか?」
そうすれば、律は彼の猛攻を受けなくて済み、本当の意味で穏やかな暮らしができるはずだ。
みなまで言わずとも苦言だと伝わったのだろう、詩織がにやりと笑う。

「一緒に住むか?ここよりいい条件を出そう。家賃光熱費食費すべて無料でどうだ」
…もう。律は嘆息する。
彼を遠ざけようとして振った話題ですら、距離を詰めようとしてくるのだから、頭が痛い。

「すみませんが、同居人募集なら他をあたってください。それほど好待遇なら応募者が殺到するはずですよ」
「募集対象は君一人だ。それ以外の人間と同居する気はない」
「あいにくですが、私は由紀奈さんとの生活が気に入ってるので、当分引っ越す予定はありません」

 由紀奈を盾に断固拒否すると、まさか姉が障害になるとは思わなかったのだろう、詩織が忌々しそうな顔をする。
「…姉貴もさっさと身を固めればいいものを」
彼が小さな声で毒づいたのとほぼ同時に、玄関の鍵が回る音がした。

噂をすれば、家主の帰宅だ。
「由紀奈さん、お帰りなさい!お疲れさまでした!」
助かったとばかりに律は詩織の横をすり抜けて、玄関に向かった。

 ―…本当に、こんな状態が長く続くと、いつか押し切られてしまいそうで怖い。
その後はどうなるか?分かり切ったことだ。
手に入るのは儚い蜜月だけで、その先には何もない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

処理中です...