なりゆきの同居人

七月きゅう

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 聞こえなかったふりをしてやり過ごすと同時に、揺れる心から目を背けた。
詩織のこうした言動を、涼しい顔で受け流せないことが悔やまれる。
自分が、彼に全く魅力を感じない女だったらよかったのに。

 しかし不運なことに、彼のすべてが律の感覚に響いてやまない。
それも、前以上に強く。
たとえ惹かれたところで、自分と彼とが相容れないということは、これまで充分すぎるほど思い知らされているし、くどいほど自分自身に言い聞かせてきている。

 そう、何もかもが違いすぎるのだ。
性格から、生きている世界まで、何もかも全部。
その違いが示すのは、明るくない未来だけだ。

 詩織に想いを寄せたとしても、どれほどの期間かは知れないが、一時的で終わることは容易に察しが付く。
彼の一時の遊び相手になるほど律はライフプランに余裕がないし、そもそもそれ以前に、そういった信条はない。

きちんと戒めておかないと、彼のそばにいたいがために、幸せのない関係を受け入れてしまうかもしれない。
そして、熱が冷めて背を向けた彼に追いすがって―…
そんな惨めな思いなどしたくない。

「どこに行きたい?」
 詩織に声をかけられて、我に返る。
料理の手を動かしながら少し考えると、律は家から5分ほどの場所にある、近所の公園を挙げてみた。

「そこのサクラ公園はどうですか?」
「…俺は犬か?」
 詩織は大げさなほど眉をひそめてみせると、窓の外に目をやった。
秋めいてきた日差しが、リビングに長く柔らかい光を投げかけている。

「天気もいいし、散歩でもいいな。公園に行きたいなら、桐ケ谷森林公園きりがやしんりんこうえんはどうだ?」
律は彼の提案に頷いた。
この辺りの大きな公園というと、律もそこしか思いつかなかった。

深刻に考える必要はない。
自分は半同居人とただ、近場の森林公園を散歩をするだけだ。
それも、たった一回だけ。

魔除けみたいに言い聞かせるとともに、それを真への後ろめたさの免罪符にした。
どうせ詩織と出かけるなんて、今日をおいて二度とないことだろう。
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