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日曜日の朝、起床した律がリビングに足を踏み入れると、ソファに座ってスマホをいじる詩織の姿があった。
昨晩は顔を合せなかったけれど、どうやらまたこっちに帰ってきたらしい。
「おはよう」
顔を上げた彼が微笑む。
「…おはようございます。またこっちに帰ってきたんですか」
「当然だ。ここに帰れば君に会える」
「!」
昨日の記憶が脳裏をかすめ、体にほのかな熱が回る。
「そ…そういうのはやめて下さいとお願いしたはずですが」
「言いたいんだよ」
端正な顔を笑み崩す彼に、もはや返す言葉もない。
聞き流すことにして律はキッチンに入る。
思い返せば、律がここへ越してきた当初、詩織は半月に一度帰ってくればいい方だったはずだ。
しかも、“帰ってくる前には必ず連絡を入れろ”と、由紀奈に言いつけられていたくらいだった。
それが今では、三日と空けずこの家に帰ってきている。
当然、事前連絡は無し。
何でこんなことに?…分からない。
少し遅れて、いつものように詩織がキッチンにやってきた。
律が料理をする隣で彼がコーヒーを入れる。
これはもうお決まりの役割分担といってもいい。
「今日は仕事か?」
「いいえ、休みです」
「何か予定が?」
「いいえ?」
ドリップポットを手にした彼が、律の方を向いた。
「どこか出かけないか」
律は作業の手を止めると、眉間にしわを寄せる。
「…三上さん。私は一応、婚約中の身なので、そういうのは…」
「出かけるくらいいいだろう。君は同居人と余暇を楽しむことも許されない身なのか?」
また詩織が、真を見下すような発言をする。
「…分かりました」
これ以上、婚約者を貶められてはたまらない。
「ただの半同居人と少し出かけるくらいで、私の婚約者は動じません」
「君の留守中に、君の婚約者も同じように羽を伸ばしてるかもしれないな」
前科のある、真の再犯をほのめかすような悪意ある冗談に、律は詩織を一睨みする。
「悪い。口が滑った」
悪びれもせずにっこり笑うと、彼はペーパーフィルターの端を折る。
「君の婚約を祝おう」
「白々しく聞こえるのは気のせいですかね?」
「君と他の男の婚約なんて祝いたいわけがないが、祝福すべきことには違いない」
「それ以前に、ただの半同居人にそういった配慮はいりませんよ」
さっきから“ただの半同居人”と、強調し連呼する律に、さすがの詩織も少しムッとした顔をする。
「忘れたのか?俺にとって君はただの半同居人じゃない。それに、どんな理由でもいいから君と過ごしたいんだよ」
「…」
何かにつけてこんなセリフを吐かれては、身が持たない。
昨晩は顔を合せなかったけれど、どうやらまたこっちに帰ってきたらしい。
「おはよう」
顔を上げた彼が微笑む。
「…おはようございます。またこっちに帰ってきたんですか」
「当然だ。ここに帰れば君に会える」
「!」
昨日の記憶が脳裏をかすめ、体にほのかな熱が回る。
「そ…そういうのはやめて下さいとお願いしたはずですが」
「言いたいんだよ」
端正な顔を笑み崩す彼に、もはや返す言葉もない。
聞き流すことにして律はキッチンに入る。
思い返せば、律がここへ越してきた当初、詩織は半月に一度帰ってくればいい方だったはずだ。
しかも、“帰ってくる前には必ず連絡を入れろ”と、由紀奈に言いつけられていたくらいだった。
それが今では、三日と空けずこの家に帰ってきている。
当然、事前連絡は無し。
何でこんなことに?…分からない。
少し遅れて、いつものように詩織がキッチンにやってきた。
律が料理をする隣で彼がコーヒーを入れる。
これはもうお決まりの役割分担といってもいい。
「今日は仕事か?」
「いいえ、休みです」
「何か予定が?」
「いいえ?」
ドリップポットを手にした彼が、律の方を向いた。
「どこか出かけないか」
律は作業の手を止めると、眉間にしわを寄せる。
「…三上さん。私は一応、婚約中の身なので、そういうのは…」
「出かけるくらいいいだろう。君は同居人と余暇を楽しむことも許されない身なのか?」
また詩織が、真を見下すような発言をする。
「…分かりました」
これ以上、婚約者を貶められてはたまらない。
「ただの半同居人と少し出かけるくらいで、私の婚約者は動じません」
「君の留守中に、君の婚約者も同じように羽を伸ばしてるかもしれないな」
前科のある、真の再犯をほのめかすような悪意ある冗談に、律は詩織を一睨みする。
「悪い。口が滑った」
悪びれもせずにっこり笑うと、彼はペーパーフィルターの端を折る。
「君の婚約を祝おう」
「白々しく聞こえるのは気のせいですかね?」
「君と他の男の婚約なんて祝いたいわけがないが、祝福すべきことには違いない」
「それ以前に、ただの半同居人にそういった配慮はいりませんよ」
さっきから“ただの半同居人”と、強調し連呼する律に、さすがの詩織も少しムッとした顔をする。
「忘れたのか?俺にとって君はただの半同居人じゃない。それに、どんな理由でもいいから君と過ごしたいんだよ」
「…」
何かにつけてこんなセリフを吐かれては、身が持たない。
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