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濁ったように雲の厚い夜空を見上げて、切れた息を整えながら律は駅の前に立ち尽くしていた。
そうしたまま、先刻、真に強く掴まれた左腕を半ば無意識にさする。
感じるのは痛みよりも、腕に残る彼の手の感触だった。
乱れた呼吸の合間につばを飲み込むと、渇いたのどが小さく引きつる。
強引に自分を留めようとする真を渾身の力で振り切って、彼のマンションから逃げてきたのだ。
相手が酔っ払いで助かった。そうじゃなければどうなっていたか。
強引に家の中に引っ張り込まれたことに恐怖を感じ、反射的に突き飛ばすように真を押しのけてしまった。
酔っている彼が、呆気なく沓脱場に尻もちをついたのを目の端で捉えながら、律は玄関の外に飛び出したのだ。
…真にはあとで謝っておこう。
もしかしたら、彼は覚えていないかもしれないけれど。そして…
真のスマホに表示された見知らぬ女性の名前を、また思い出す。
浮気なんかじゃない。だって、真は結婚しようと言ってくれているのだから。
律はそうやって自分を安堵させようとするが、その言葉を突き崩すような嫌な予感が消えない。
相手が電話をかけてくる時間帯が常識的ではないし、そもそも真には前科があるからだ。
まぶしく光り輝くネオンの街並みに目を細めながら周囲を見回してみるが、真の姿はない。
あれだけ酔っていたのだ。追いかけてくるはずもないか。
安堵で冷静になると、律は自分のこの後に意識を向ける。
終電はもうとっくに無い。
駅のロータリーにはタクシーが数台停まっているけれど、現金の持ち合わせが心許なかった。
というのも、先ほどの夕食の会計を、酔っぱらった真に代わって律が支払ったからだ。
ここから三上家までタクシーを使って帰るとなると…そこそこの料金になるだろう。
クレジットカードも持っているけれど、以前タクシーを使った時にカード支払いを頼んだら、カード払い可と表示されているにも関わらず、運転手にかなり嫌な対応をされた記憶がある。
仕方なくタクシーでの帰宅はあきらめて、手近なビルの壁にもたれた。
夏の盛りには、夜になってもあんなに暑かったのに、今の夜気は薄ら寒さを感じさせる。
羽織るものを持って来ればよかった。
小さく身震いして、体をかき抱くように腕をさすりながら、由紀奈にラインを送る。
彼女はもう、寝てるかもしれないけれど。
“終電を逃してしまったので、始発で帰ります”
メッセージを送信すると、律はロータリー沿いにそびえ立つビル群を見上げた。
カプセルホテルやスパ、あるいはネットカフェでもいい。
始発までの数時間をやり過ごせる場所はどこかないだろうか。
真と付き合っていた時から今まで何度も降りたことのある駅だけど、駅の周囲に何の店があるかなんて、ほとんど気にしたことはなかった。
そうしたまま、先刻、真に強く掴まれた左腕を半ば無意識にさする。
感じるのは痛みよりも、腕に残る彼の手の感触だった。
乱れた呼吸の合間につばを飲み込むと、渇いたのどが小さく引きつる。
強引に自分を留めようとする真を渾身の力で振り切って、彼のマンションから逃げてきたのだ。
相手が酔っ払いで助かった。そうじゃなければどうなっていたか。
強引に家の中に引っ張り込まれたことに恐怖を感じ、反射的に突き飛ばすように真を押しのけてしまった。
酔っている彼が、呆気なく沓脱場に尻もちをついたのを目の端で捉えながら、律は玄関の外に飛び出したのだ。
…真にはあとで謝っておこう。
もしかしたら、彼は覚えていないかもしれないけれど。そして…
真のスマホに表示された見知らぬ女性の名前を、また思い出す。
浮気なんかじゃない。だって、真は結婚しようと言ってくれているのだから。
律はそうやって自分を安堵させようとするが、その言葉を突き崩すような嫌な予感が消えない。
相手が電話をかけてくる時間帯が常識的ではないし、そもそも真には前科があるからだ。
まぶしく光り輝くネオンの街並みに目を細めながら周囲を見回してみるが、真の姿はない。
あれだけ酔っていたのだ。追いかけてくるはずもないか。
安堵で冷静になると、律は自分のこの後に意識を向ける。
終電はもうとっくに無い。
駅のロータリーにはタクシーが数台停まっているけれど、現金の持ち合わせが心許なかった。
というのも、先ほどの夕食の会計を、酔っぱらった真に代わって律が支払ったからだ。
ここから三上家までタクシーを使って帰るとなると…そこそこの料金になるだろう。
クレジットカードも持っているけれど、以前タクシーを使った時にカード支払いを頼んだら、カード払い可と表示されているにも関わらず、運転手にかなり嫌な対応をされた記憶がある。
仕方なくタクシーでの帰宅はあきらめて、手近なビルの壁にもたれた。
夏の盛りには、夜になってもあんなに暑かったのに、今の夜気は薄ら寒さを感じさせる。
羽織るものを持って来ればよかった。
小さく身震いして、体をかき抱くように腕をさすりながら、由紀奈にラインを送る。
彼女はもう、寝てるかもしれないけれど。
“終電を逃してしまったので、始発で帰ります”
メッセージを送信すると、律はロータリー沿いにそびえ立つビル群を見上げた。
カプセルホテルやスパ、あるいはネットカフェでもいい。
始発までの数時間をやり過ごせる場所はどこかないだろうか。
真と付き合っていた時から今まで何度も降りたことのある駅だけど、駅の周囲に何の店があるかなんて、ほとんど気にしたことはなかった。
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