なりゆきの同居人

七月きゅう

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#68

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 翌日の朝、朝食の席を囲む二人の間には、明らかにぎこちない空気が漂っていた。
詩織は、斜め向かいの席に座る律の機嫌を探るように、横目で彼女の様子を窺う。
少し前までは、凍てついた空気を和らげる姉貴がいたが、出勤時間を迎えてさっさと家を出て行った。

 そして二人きりになった途端、彼女は不自然なほどテレビにばかり顔を向けていた。
だが、律がそうしている理由は分かりすぎるほど分かっているため、詩織は何も言えない。
話をしてほしい。そのたった一言さえ口にするのはためらわれた。

 コーヒーを半分まで飲み終えたところで、詩織は牛乳を取りに冷蔵庫に向かう。
しかし、あるべき場所にミルクボトルはなかった。
「りっちゃん、牛乳は?」

そう声をかけると、傍目はためにも分かるほど律が身をこわばらせた。
「…切らしてます。一昨日の夜、使い切ってしまって…今日買ってきます。申し訳ありません」
彼女は相変わらずテレビの方を向いたまま、粛々と謝罪した。

 その言動の端々が、詩織を癇立かんだたせる。
…以前から彼女はこういうしゃべり方だっただろうか?
この間のことがあった後では、律の言葉にまで自分を遠ざけるような距離を感じてしまう。

気にするな。何度も自分にそう言い聞かせてきた言葉を内心で唱えてみるが…
「……俺は王侯貴族か?」
抑えられなくなった不満が口をつく。

「…はい?」
彼女がやっと詩織を振り返った。
牛乳が無いことはどうでもいい。
問題は彼女のしゃべり方だ。

「そうやって、明らかに別世界の住人のような扱いをするのはやめてくれないか」
耐えかねて苦言を呈すと、律が息をのんだように動きを止める。
「…すみません。特に意識してしませんが」

「いいや、してる。その証拠に、以前の君なら牛乳が無いくらいで“申し訳ありません”なんて言葉は口にしなかっただろうな」
「そうですか?…接客業に就いたせいかもしれませんね」
冗談みたいな軽口で、律は詩織の指摘を一笑に付す。顔をテレビに戻しながら。

「…社会的な肩書きが何であろうと俺は俺だ」
「その通りだと思います」
ごまかしで話を終わりにしたそうな律を無視して、詩織はさらに踏み込む。

「率直に言ってくれ。何が気に入らない?」
「…いいえ、何も」
「何も?あの日から君は明らかに変わった」
「三上さん、何か勘違いされていませんか?私は何も…」

「それをやめろと言ってるんだ。君は職業で人を差別するのか?」
「差別?私はTPOにふさわしい振る舞いをしているだけです」
TPO?彼女の呆れた言い訳を鼻で笑うと、それが癇に障ったのだろう、眉をひそめられた。

「つまり君は、俺にもビジネスライクな対応を求めているということか?…馬鹿馬鹿しい。俺達は仕事仲間じゃない」
「三上さん、そんなこと私だって分かってますよ」
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