なりゆきの同居人

七月きゅう

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#65

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 ホテルからの帰り道、秘書のやなぎに運転させている車は、国道を順調に走行していた。
しかし、それとは裏腹に車内の空気は重く停滞している。
 詩織は隣に座る律の横顔を、また盗み見た。
何度見たって、彼女の機嫌が良くなっていることはありえないのに。

 ホテルの部屋を出てから、二人は最低限の会話を除いて、互いにほとんど言葉を交わしていなかった。
いや、正確に言うと、詩織が会話を切り出しても、彼女の方がそれらをすべて止めてしまうのだ。

「気分は?」「大丈夫です」「…(沈黙)」
「今日は天気がいいな」「そうですね」「…(沈黙)」
「どこか寄って朝飯でも食うか」「私は結構です」「…(沈黙)」

こんな具合に、ハエ叩きさながら、次から次へとやり取りを叩き落としていく。
「俺が何か君の不興を買うようなことを?」
「いいえ何も」
「…(沈黙)」

やはりだめか。詩織は小さく嘆息する。
車外の景色がそんなに面白いわけでもあるまいに、律はこちらを振り返ろうともしなかった。
 やむなく詩織も窓の外に目を向ける。

過ぎていく街並みと車の群れが延々と続くだけで、退屈としか言いようがない。
ちらりとまた、律を見る。
相変わらず熱心に窓へと顔を向けていた。

せめて、彼女が怒っている理由が分かれば、対処の仕様もあるだろうが、皆目見当がつかなかった。
 ぎこちない空気のまま、車は三上家の前に停車した。
礼儀以外、何の感情もこもっていない声で礼を述べると、彼女はさっさと車を降りた。
 詩織は門扉の奥へと消えていく律を追いかける。
「りっちゃん」
「…何ですか」

振り返った律の冷たい瞳に、ひるむ。
―…弁明の機会を。
そう言おうと思ったが、それは声にならなかった。
 代わりに、詩織はスーツのポケットから律のアクセサリーを取り出した。
昨夜、彼女の体から外したものだ。
「これ、返すよ」

「…ありがとうございます」
礼を言いつつも、刹那、彼女がわずかに眉をしかめた。
私の体に触ったんですか?なんて疑いでも抱いているのだろう。
少しムッとして釈明する。

「危険だと判断したから外したんだ。君の体には極力触れないように配慮した」
俺は、意識のない女と同じ空間にいることを絶好の機会と捉えるほど、飢えていない。
彼女に触れたいという衝動を抱いてはいたが。
それはもちろん彼女には伏せておく。

 疑念を読まれたことに、少し後ろめたそうな顔をしながら、彼女は小さく会釈する。
「ありがとうございました」
アクセサリーを受け取ると、そそくさと背を向けて家の中に入っていった。

 玄関扉が閉まったのを見届けたところで、抑えきれず、苛立ちまじりの息を吐く。
なぜか彼女は、俺に騙されたかのような空気を出している。
本当の職業を言わなかった。たったそれだけのことで。

 彼女に俺のことを吹き込んだのは野瀬のせらしいが…
野瀬が何か余計なことを?
それとも、自分が直接彼女に伝えても、同じ結果になったのだろうか。

 自分の職業を明かすことは、彼女を驚かせこそすれ、怒りを招くなどとは露も思っていなかった。
“―…大げさだ。俺が職業詐称をしてただけの話だろう。”

その言葉に対し、一瞬、律が見せた傷ついたような顔を思い出す。
怒りの理由は分からないが、彼女にとっては“たかが職業詐称”というレベルの話ではなかったらしい。
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