なりゆきの同居人

七月きゅう

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#60

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 それを聞きながら、詩織はソファの前に屈み込む。
きつく目を閉じている彼女の顔を覗き込むと、酒の匂いがした。
「…りっちゃん」

呼びかけてみるが、思わしい反応はない。
何度か声をかけてみる。
すると、大丈夫です。という、呂律も怪しい小さな返事が返って来た。

 詩織はテーブルに置いてある水差しを取ると、グラスに水を注いだ。
「水だ」
しかし、死人のようにソファに横たわっている彼女は聞こえないのか、口をつけようとさえしない。

「りっちゃん」
名前を呼びながら、頬をごく軽く、揺するように叩くが…彼女は眉間に深くしわを刻んで、不愉快そうな顔をするばかりだ。

おまけに、何度呼びかけても途切れがちな返事しかしない。
それを繰り返した末に、
「律」
詩織は焦れて、強く名前を呼ぶ。

やめてください、と弱々しいうわ言を口にしていた彼女がやっと、重そうな瞼を開いた。
「水を飲め」
切迫した声を感じ取ったのか、それとも必死になりすぎて鬼気迫る詩織の表情に気付いたのか、彼女はおぼつかない動作で水の入ったグラスに手を伸ばした。

 彼女に任せると次の瞬間にはグラスを取り落としそうなので、詩織は片手で律の背中を支え、グラスを持つ彼女の手に自分の手を添えて、ゆっくりと水を含ませた。

 その後、ソファの端に腰かけて、しばらく彼女の様子を見守っていたが、回復しそうな気配はなかった。
 詩織は時刻を確認する。
納涼会はまだ始まったばかりといっていい。
しかしこんな状態では、もう律の復帰は望めないだろう。

「帰る前に挨拶をしてくる。その間、彼女を見ててくれ」
ソファから腰を上げた詩織は、そばに控えていた柳にそう指示を出す。
「お連れ様はどうされますか。ご自宅にお送りしますか、それとも」
「いや、いい。車だけ回してくれ。ルディロワに部屋を取ってある」

その一言で、酩酊状態でソファにぐったりともたれている同伴者の行く末を察したのか、柳が一瞬、彼女に哀れっぽい視線を向けた。
「機転が利くだろう?」
詩織は皮肉めいた笑みを浮かべて呟く。

お連れ様があのような状態では、介抱しかできないのでは?
愚問で下世話なセリフを、口にこそ出さないものの、律と詩織を交互に見やった彼がそう言いたげなのは明らかだ。
まったくもって彼の指摘する通りである。

「念のため、部屋は二つ取ってある。俺の名前だ。必要なら片方使え」
 秘書にそれだけ伝えると、詩織はソファに沈んでいる律に憂いのまなざしを向ける。
こういう使い道のために予約したのではないが、…まぁいい。
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