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#44
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バーでの再会から一週間後、律は真と一緒に出掛けた。
行き先は、二人が付き合っていた時に何度かデートしたことがある動物園だった。
真は無難だろうと思って提案してくれたのかもしれない。律の方も異論はなかった。
動物園なら一日気楽に楽しめるだろう。
それに、彼とうまくいっていた頃のデートスポットに行けば、当時の感情が再燃するかもしれないという期待もあった。
二人の思い出の場所ということも手伝って、話題が途切れることはなかったし、前回のバーで会った時に漂っていたぎこちない空気も消えた。
懐かしさはいくらでも込み上げてくるのだが、律の予想を裏切って、あの頃の愛情は戻ってこなかった。
彼を責める気持ちが、もう残っていないのと同じように。
律は迷う気持ちを抱えながら、以前、彼と二人でこの動物園に来たときの自分を思い出していた。
真と続く未来を想像していた頃の自分を。
しかし、その記憶は今振り返ってみると、まるで他人の過去のように遠く、よそよそしかった。
*
結局、デートは楽しくはあったものの、律は過去と現在の温度差に途方に暮れたまま一日を過ごした。
「送ってくれてありがとう」
三上家の最寄り駅まで真に送迎してもらい、礼を言って車のドアに手をかけた時、
「律」
呼び止められた。振り返ると、彼と目が合う。
「近いうちにまた連絡していいか?」
距離を測りかねているように控えめな問いかけに、真っ向から否と切り捨てるのも気が引けて律は頷いた。
真は安堵したように薄く笑んで「また飯でも行こう」と付け加えた。
一拍、車内が静かになる。
今度こそ、律が暇を告げようとすると真が口を開いた。
「律、この前も言ったけど、俺にやり直す機会をくれ。もう一度付き合ってくれ。もう二度とあんなことはしない。あの時のことは本当に…」
「もういいよ、そのことは…」
律は慌てて真の言葉を遮る。この前のバーでも謝罪の言葉は聞いた。
彼があのことを本当に悪いと思っていることは、よく分かった。
何もかも許したというよりは、心から怒りが過ぎ去ってしまった今、何度も謝罪されるのは気まずい。
「許してもらえるなら、もう一度付き合ってもらえるなら…お前との結婚も考えてる。本気だ。今度は絶対嘘じゃない」
律は言葉を無くしたまま、真を見つめた。
どれほど彼の口からこの言葉が聞けることを願っていただろう。
どれほど彼に求められることを望んでいただろう。
けれど、心に湧き上がる感情が喜びなのか、それとも違うものなのか、律には分からなかった。
行き先は、二人が付き合っていた時に何度かデートしたことがある動物園だった。
真は無難だろうと思って提案してくれたのかもしれない。律の方も異論はなかった。
動物園なら一日気楽に楽しめるだろう。
それに、彼とうまくいっていた頃のデートスポットに行けば、当時の感情が再燃するかもしれないという期待もあった。
二人の思い出の場所ということも手伝って、話題が途切れることはなかったし、前回のバーで会った時に漂っていたぎこちない空気も消えた。
懐かしさはいくらでも込み上げてくるのだが、律の予想を裏切って、あの頃の愛情は戻ってこなかった。
彼を責める気持ちが、もう残っていないのと同じように。
律は迷う気持ちを抱えながら、以前、彼と二人でこの動物園に来たときの自分を思い出していた。
真と続く未来を想像していた頃の自分を。
しかし、その記憶は今振り返ってみると、まるで他人の過去のように遠く、よそよそしかった。
*
結局、デートは楽しくはあったものの、律は過去と現在の温度差に途方に暮れたまま一日を過ごした。
「送ってくれてありがとう」
三上家の最寄り駅まで真に送迎してもらい、礼を言って車のドアに手をかけた時、
「律」
呼び止められた。振り返ると、彼と目が合う。
「近いうちにまた連絡していいか?」
距離を測りかねているように控えめな問いかけに、真っ向から否と切り捨てるのも気が引けて律は頷いた。
真は安堵したように薄く笑んで「また飯でも行こう」と付け加えた。
一拍、車内が静かになる。
今度こそ、律が暇を告げようとすると真が口を開いた。
「律、この前も言ったけど、俺にやり直す機会をくれ。もう一度付き合ってくれ。もう二度とあんなことはしない。あの時のことは本当に…」
「もういいよ、そのことは…」
律は慌てて真の言葉を遮る。この前のバーでも謝罪の言葉は聞いた。
彼があのことを本当に悪いと思っていることは、よく分かった。
何もかも許したというよりは、心から怒りが過ぎ去ってしまった今、何度も謝罪されるのは気まずい。
「許してもらえるなら、もう一度付き合ってもらえるなら…お前との結婚も考えてる。本気だ。今度は絶対嘘じゃない」
律は言葉を無くしたまま、真を見つめた。
どれほど彼の口からこの言葉が聞けることを願っていただろう。
どれほど彼に求められることを望んでいただろう。
けれど、心に湧き上がる感情が喜びなのか、それとも違うものなのか、律には分からなかった。
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