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「三上さん、今日は本当にありがとうございました!」
家のリビングに入るや否や、律は体を二つに折るほど深く頭を下げ、詩織に感謝を伝えた。
「大げさだ。たいしたことはしてないよ」
ジャケットを脱ぎながら詩織はこともなげな返事を返す。
「いいえ!ものすごく助かりました!」
途中で母にバレてしまうのではないかと終始気が気ではなかったが、予想に反して結果は上々で、律は有頂天だった。
本音を言えば、最悪の予想をしていたのだ。
つまり、詩織が本物の結婚相手ではないと母にバレてしまう事態を。
しかし彼は、律の未来の夫役をそつなくこなして完璧に母に信じさせた。
「俺を選んで正解だっただろう?」
「はい!本当にありがとうございました!」
「どういたしまして。またのご利用をお待ちしております」
恭しくお辞儀をする彼が可笑しくて、律は声を上げて笑う。
「さすがにそう何度もは頼めないですよ。次こそはちゃんと本物の相方を見つけて母に紹介しますから…」
すぐ目の前に立つ詩織と目が合い、律の心臓は大きく撥ねる。
いつのまにか、手を伸ばさずとも触れられるほどのそばに彼がいた。
浮かれて、彼に近づき過ぎたことに気づく。
「えーと…私っ!」
金縛りにあったように止まった瞬間を打ち消したくて、律はやけに大きな声を上げてしまった。
「ビール飲みます!乾杯しましょう!」
そう宣言して身を翻すと、さりげなく詩織から離れた。
「三上さん、何飲みますか?」
律はそそくさとキッチンに避難すると、ネクタイをゆるめている詩織に聞く。
「俺もビール。着替えてくる」
彼が階段を上がっていくと、体から力が抜けた。
作業台にもたれて、誰もいなくなったリビングを見つめる。
先ほど、彼と目が合った一瞬が脳内に浮かび、それがまた律の鼓動を忙しなくさせる。
会話のない刹那、絡んだ視線は何かがいつもと違った。
でもそれは、恋人という今日一日限定の役柄のせいだろう。
律はそう自分に言い聞かせながら、食器棚からグラスを二つ取り出すと、氷と水を入れてマドラーでかき混ぜ、冷やす。
スマホを取り出してみると、母からメールが来ていた。
“うらやましいわ~律、あんなイケメンが旦那さんなんて。
優柔不断なとんだ体たらくだと思ってたけど、すごくいい子ね。
あの子が義理の息子になったらお母さん、友達に自慢しちゃお(*'ω'*)
あーあ、一緒に写真撮ってもらえばよかった。残念(´・ω・`)”
最初から最後まで詩織のことをベタ褒めのメールだった。
さらに追伸には、浮気されないように大事にしなさいよ!なんて要りもしない心配がされている。
ごめんね、お母さん。本日の最優良物件には、今後二度とお目にかかることはないのよ。
律は心の中で合掌する。
ほとぼりが冷めた頃に、それらしい理由を付けて打ち明ければいい。
自尊心を守りたいがためとはいえ、詩織にはかなり迷惑をかけてしまった。
今度がいつ来るかわからないけれど、次こそはきちんと本当の結婚相手を連れていく。
母に適当にメールを返すと、律はグラスの氷と水をシンクに捨てた。
そこへまた着信音が鳴る。母がもう返信してきたらしい。
また会いたいなどと言われなければいいけれど。
律はスマホを開く。
メッセージを送って来た相手の名前が画面に映し出された。
それを見て、はっとする。
“やり直したい”
その名とともに表示されたメッセージに息をのんだ。
飯塚真。律は亡霊でも見たように、画面に表示された元恋人の名前を見つめた。
家のリビングに入るや否や、律は体を二つに折るほど深く頭を下げ、詩織に感謝を伝えた。
「大げさだ。たいしたことはしてないよ」
ジャケットを脱ぎながら詩織はこともなげな返事を返す。
「いいえ!ものすごく助かりました!」
途中で母にバレてしまうのではないかと終始気が気ではなかったが、予想に反して結果は上々で、律は有頂天だった。
本音を言えば、最悪の予想をしていたのだ。
つまり、詩織が本物の結婚相手ではないと母にバレてしまう事態を。
しかし彼は、律の未来の夫役をそつなくこなして完璧に母に信じさせた。
「俺を選んで正解だっただろう?」
「はい!本当にありがとうございました!」
「どういたしまして。またのご利用をお待ちしております」
恭しくお辞儀をする彼が可笑しくて、律は声を上げて笑う。
「さすがにそう何度もは頼めないですよ。次こそはちゃんと本物の相方を見つけて母に紹介しますから…」
すぐ目の前に立つ詩織と目が合い、律の心臓は大きく撥ねる。
いつのまにか、手を伸ばさずとも触れられるほどのそばに彼がいた。
浮かれて、彼に近づき過ぎたことに気づく。
「えーと…私っ!」
金縛りにあったように止まった瞬間を打ち消したくて、律はやけに大きな声を上げてしまった。
「ビール飲みます!乾杯しましょう!」
そう宣言して身を翻すと、さりげなく詩織から離れた。
「三上さん、何飲みますか?」
律はそそくさとキッチンに避難すると、ネクタイをゆるめている詩織に聞く。
「俺もビール。着替えてくる」
彼が階段を上がっていくと、体から力が抜けた。
作業台にもたれて、誰もいなくなったリビングを見つめる。
先ほど、彼と目が合った一瞬が脳内に浮かび、それがまた律の鼓動を忙しなくさせる。
会話のない刹那、絡んだ視線は何かがいつもと違った。
でもそれは、恋人という今日一日限定の役柄のせいだろう。
律はそう自分に言い聞かせながら、食器棚からグラスを二つ取り出すと、氷と水を入れてマドラーでかき混ぜ、冷やす。
スマホを取り出してみると、母からメールが来ていた。
“うらやましいわ~律、あんなイケメンが旦那さんなんて。
優柔不断なとんだ体たらくだと思ってたけど、すごくいい子ね。
あの子が義理の息子になったらお母さん、友達に自慢しちゃお(*'ω'*)
あーあ、一緒に写真撮ってもらえばよかった。残念(´・ω・`)”
最初から最後まで詩織のことをベタ褒めのメールだった。
さらに追伸には、浮気されないように大事にしなさいよ!なんて要りもしない心配がされている。
ごめんね、お母さん。本日の最優良物件には、今後二度とお目にかかることはないのよ。
律は心の中で合掌する。
ほとぼりが冷めた頃に、それらしい理由を付けて打ち明ければいい。
自尊心を守りたいがためとはいえ、詩織にはかなり迷惑をかけてしまった。
今度がいつ来るかわからないけれど、次こそはきちんと本当の結婚相手を連れていく。
母に適当にメールを返すと、律はグラスの氷と水をシンクに捨てた。
そこへまた着信音が鳴る。母がもう返信してきたらしい。
また会いたいなどと言われなければいいけれど。
律はスマホを開く。
メッセージを送って来た相手の名前が画面に映し出された。
それを見て、はっとする。
“やり直したい”
その名とともに表示されたメッセージに息をのんだ。
飯塚真。律は亡霊でも見たように、画面に表示された元恋人の名前を見つめた。
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