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帰ってこないはずの彼が、なぜここに?
律は混乱しながらも、起き抜けの半ば上の空の状態で詩織に声をかける。
「おかえりなさい…」
しかし、詩織は驚いたように目を見開いたまま、律を見ている。
何ですか?と問うより先に、自分のむき出しの肩と足が目に入った。
キャミソールと短パン。彼が、時が止まったように自分を見つめる理由を思い知る。
一瞬で眠気が吹き飛んだ。とっさにTシャツを探して視線をさまよわせる。
アームに引っ掛けていたはずのシャツは、床に落ちていた。
気まずい空気に硬直しながらも、律はこの惨事を収拾する方法を考える。
しかし、こうした急襲とも呼べるような予想外の状況下で、頭の中は死んだみたいに真っ白だった。
窺うように彼の顔を見上げたけれど、暗く煙った瞳と目が合ったことで、ますます気まずくなり、すぐに視線をそらさざるをえなかった。
体勢を整えるふりをして、さりげなく詩織から身体を隠すような角度で座り直すが、それでもなお、むきだしの肩や背中に彼の視線を感じる。
凍り付いたような空気の中で、唯一つけっぱなしだったテレビだけが、場の空気をまったく無視して人々の陽気な笑い声を流し続けていた。
「ただいま」
先に沈黙を破ったのは詩織だった。
「帰ってきて正解だった」
唇の端を持ち上げて彼はにやりと笑う。
「仕事後で疲れた目には最高の癒しだ」
「わっ…私は景観物じゃありません!」
冗談めかした言葉に、なんとかそれだけ言い返すと、彼が小さく笑う。
同時に、ぎこちない空気の中に生じていた淫靡の気配が消えた。
「着替えてくる」
そう言うと、詩織はさりげなく二階の自室に引っ込んでくれた。
彼の視線から解放されて、律は金縛りが解けたみたいに体中の力が抜けた。
心臓が激しく鼓動を打っている。
安堵で体が弛緩し、このままソファに沈みたくなるが、彼の配慮を無駄にはしてはいけない。
律は素早く床に落ちたTシャツを拾って着こみ、部屋に戻ってロングスカートに履き替えた。
寝汗で頬に張り付いた髪を耳にかけ、寝乱れた頭を軽く整えたついでに、じっとりと湿った首筋に手を這わせ、汗をぬぐった。
一体なぜ帰ってこないはずの彼が、こんな時間に帰ってきたのだろう?
最悪なのは初対面だけで充分だったのに。それなのに、またしても彼の前で醜態をさらしたことになる。
でも、別に裸を見られたわけじゃない。
キャミソールと短パンだったんだから。
恥ずべきことは何もないと自分に言い聞かせてみるけれど、心の中は、こんな真夜中に突然現れた彼を呪う気持ちでいっぱいだった。
先ほどの、自分を見つめる詩織の瞳を思い出してしまい、律は唇をかむ。
あの時、何も言えなかったのは、あの空気のせいだ。
彼が自分をどんな目で見ていたか、まったく気づかないほど律も鈍感ではない。
だから余計に、この後が気まずく思えた。
どんな顔をして彼と話せばいいのだろう。
いたたまれなさに、律は深いため息をついた。
律は混乱しながらも、起き抜けの半ば上の空の状態で詩織に声をかける。
「おかえりなさい…」
しかし、詩織は驚いたように目を見開いたまま、律を見ている。
何ですか?と問うより先に、自分のむき出しの肩と足が目に入った。
キャミソールと短パン。彼が、時が止まったように自分を見つめる理由を思い知る。
一瞬で眠気が吹き飛んだ。とっさにTシャツを探して視線をさまよわせる。
アームに引っ掛けていたはずのシャツは、床に落ちていた。
気まずい空気に硬直しながらも、律はこの惨事を収拾する方法を考える。
しかし、こうした急襲とも呼べるような予想外の状況下で、頭の中は死んだみたいに真っ白だった。
窺うように彼の顔を見上げたけれど、暗く煙った瞳と目が合ったことで、ますます気まずくなり、すぐに視線をそらさざるをえなかった。
体勢を整えるふりをして、さりげなく詩織から身体を隠すような角度で座り直すが、それでもなお、むきだしの肩や背中に彼の視線を感じる。
凍り付いたような空気の中で、唯一つけっぱなしだったテレビだけが、場の空気をまったく無視して人々の陽気な笑い声を流し続けていた。
「ただいま」
先に沈黙を破ったのは詩織だった。
「帰ってきて正解だった」
唇の端を持ち上げて彼はにやりと笑う。
「仕事後で疲れた目には最高の癒しだ」
「わっ…私は景観物じゃありません!」
冗談めかした言葉に、なんとかそれだけ言い返すと、彼が小さく笑う。
同時に、ぎこちない空気の中に生じていた淫靡の気配が消えた。
「着替えてくる」
そう言うと、詩織はさりげなく二階の自室に引っ込んでくれた。
彼の視線から解放されて、律は金縛りが解けたみたいに体中の力が抜けた。
心臓が激しく鼓動を打っている。
安堵で体が弛緩し、このままソファに沈みたくなるが、彼の配慮を無駄にはしてはいけない。
律は素早く床に落ちたTシャツを拾って着こみ、部屋に戻ってロングスカートに履き替えた。
寝汗で頬に張り付いた髪を耳にかけ、寝乱れた頭を軽く整えたついでに、じっとりと湿った首筋に手を這わせ、汗をぬぐった。
一体なぜ帰ってこないはずの彼が、こんな時間に帰ってきたのだろう?
最悪なのは初対面だけで充分だったのに。それなのに、またしても彼の前で醜態をさらしたことになる。
でも、別に裸を見られたわけじゃない。
キャミソールと短パンだったんだから。
恥ずべきことは何もないと自分に言い聞かせてみるけれど、心の中は、こんな真夜中に突然現れた彼を呪う気持ちでいっぱいだった。
先ほどの、自分を見つめる詩織の瞳を思い出してしまい、律は唇をかむ。
あの時、何も言えなかったのは、あの空気のせいだ。
彼が自分をどんな目で見ていたか、まったく気づかないほど律も鈍感ではない。
だから余計に、この後が気まずく思えた。
どんな顔をして彼と話せばいいのだろう。
いたたまれなさに、律は深いため息をついた。
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