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忘れてしまう少年と、忘れることが出来ない少女の話

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少年は困っていた。
何でもすぐ忘れてしまうから。
忘れる。すなわち忘却。
楽しかった出来事も、悲しかった出来事も、段々と記憶が薄れていって。
半年前の出来事はもう何一つ思い出せない。
今日の事だって、半年後にはもう、一つも、これっぽっちも思い出せないのだ。
この「忘れてしまうことが悲しい」と悩んでいた今日のことさえも。

少年は呟いた。
青い青い、ただどこまでも青が続く空に向かって。
寂しいんだよ、と。



△▲△▲△▲


少女は悩んでいた。
この、「忘れることが出来ない」という体質に。
少女は頭が良かった。
誰からも羨まれるほど。
周りは彼女を褒めたたえ、天才だと崇めた。
ただその言葉は少女にとって無意味だった。
一度聞けば、見てしまえば、彼女は二度と忘れることはなかった。
どんなに楽しいことも、悲しい出来事も。
彼女は忘れることが出来なかった。

彼女は空を見上げた。
空はどこまでも青かった。

私は寂しかったんだ、と。
言葉にしてようやく彼女は、気付いたのだった。


△▲△▲△▲


ある日、そんな少年と少女が出会った。
彼は話した。
彼の辛い過去を。
彼女は話した。
彼女の辛い過去を。

ただ、悲しいことに互いに互いの気持ちが分からなかった。
当然といえば、当然だった。
彼の、忘れてしまうという悩みは、忘れてしまうことが出来ない彼女にとって、理解出来なかった。
また彼も同じく、忘れてしまう彼にとって、忘れることが出来ないという悩みは到底理解できるものではなかった。
むしろ、互いに羨ましいとさえ思った。

少年は言った。
忘れない君が羨ましい。
僕は忘れてしまうんだ。楽しかったことも、君と会った今日のことさえ、半年後には覚えていないんだ。

少女は言った。
忘れるあなたが羨ましい。
私はなんでも覚えているわ。
悲しい記憶も、嫌なことも全部。忘れようとしても、頭から離れないの。


「君たちはお互いが羨ましくて、羨ましくて、仕方がないんだね」


二人の話を聞いていた店主が口を挟む。


彼は、忘れてしまうこともなければ、何でも覚えてしまうこともなかった。
ただの、普通の人間だった。


「私は忘れることも、覚えることもできる。
だからと言って、どちらが羨ましいと感じたことはない」

どうして、と彼女は言った。
辛いことを忘れられるのは羨ましいわ。

楽しかった出来事を覚えていられるのは羨ましいよ。
少年も続いて店主を批判した。


お互い、自分のことしか見えてないんだね。
後は君たち次第だよ。

答えはもう出ているんだけどね、
そう言って店主は店の奥に戻っていった。

沈黙が続く。

ふと目を瞑ると、コーヒーの香りがした。


そういえば、と先に口を開いたのは少年だった。

さっき、辛いことを忘れられるのは羨ましいって。


そうね、言ったわ。


それだけは、僕の、唯一と言ってもいい長所かもしれないね。


少年は笑った。

初めて見た笑顔だと、少女は思った。


少女は呟いた。

あなたも私のことが羨ましいと言っていたけれど、
楽しかった出来事を忘れないのは、私の、唯一の美点かもしれないわ。

二人は笑った。

羨ましかったのは相手の長所ではなかった。

自分が持っていないものを、相手が持っていることが羨ましかったのだ。


僕は今日のことを、半年後には綺麗さっぱり忘れてしまう。

なら、私が代わりに覚えているわ。
覚えることだけは、得意なの。

少年は考えた。
なら僕が彼女にできることはなんだろう、と。

もし君が悲しい思いをしたときは、僕が代わりに忘れるよ。
忘れることだけは、得意だから。

彼女は嬉しかった。
自分は覚えていても彼が忘れてくれるなら、そんな悲しい思い出はなかったのだと、思えることが出来るから。


コーヒーはもうぬるくなっていて、二人は一気に残りを飲み干した。


ドアを開けると、吊るしていた鐘がチリンと音をたてる。


店の奥で、店主が微笑んだような気がした。


………………
あとがき
 


今日祖母が、入院したときのこともう忘れてるって話をしていて、辛いことを忘れられるのいいな~と思ったんですけど、祖母からすると忘れるのってかなり嫌なことだと思うので、ないものねだりだよな~
なんて思って出来た物語です。

過去に辛いことがあって、知らないうちに思い出して、なんで忘れられないんだろうって、嫌になる。
辛いことほど思い出して、楽しいことほど忘れてしまう。
この矛盾ってなんなんでしょうね…
逆だったら、いいのにね


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