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その105.未発表の芸術家、ヘンリー・ダーガー<その2>
しおりを挟むヘンリーの身なりはホームレスのようにみすぼらしく、いつも決まった「汚れた軍用コート」。
壊れた眼鏡に、絆創膏を貼って直して使っていました。
ごみ捨て場からごみを漁っている姿も目撃されており、人付き合いは悪く、大家のネイサンのもとに「あいつを追い出してほしい」と苦情が寄せられることも一度や二度ではありませんでしたが、そのたびにネイサンは「そっとしておこう」と窘めたそうです。
ヘンリーは81歳の時、老人ホームで生涯を終えました。
大家のネイサンに、「私の部屋に置いてあるものは、すべて処分してほしい。あなたに任せた」と言い残します。
ネイサンがヘンリーの部屋を片付けるためにドアを開けると、床が見えないほどの大量の新聞紙、雑誌、ごみの山でした。
整理していくうちに、大きな旅行鞄の中にしまってあった、15冊の本と、3冊の画集を見つけます。
それは、ヘンリーが誰にも明かさなかった、秘密のライフワークでした。
原稿用紙換算で1万5千枚を超える文量を、コツコツと書き続け、自分で製本した、長い長い「小説」と、その世界観を説明する図解だったのです。
身寄りのない下宿人が残した奇妙な代物。それは、膨大な量の小説。
普通の大家なら、捨ててしまう「ごみ」だと判断したかもしれませんが、幸運にも、大家のネイサン・ラーナーは写真家・デザイナーという面を持っていました。
それゆえに、ヘンリーの残したものを「芸術品」だと判断します。
ヘンリーの「遺作」を発表すると、孤独な男が遺したファンタジー世界に、人々は大いに関心を持ったのです。
ヘンリー・ダーガーが下宿で40年間、いえ、そこの下宿に住み始める前から執筆活動は始めていたらしいので、40年以上もの間、コツコツと書き続けたのは、『非現実の王国で』という小説でした。
正確なタイトルは『非現実の王国として知られる地における、ヴィヴィアン・ガールズの物語、子供奴隷の反乱に起因するグランデコ・アンジェリニアン戦争の嵐の物語』。
内容は、子供奴隷制度が存在する「グランデリニア」という軍事国家を舞台に、ヴィヴィアン・ガールズという7人の少女たちが戦う、いわゆる「戦闘美少女」もののファンタジー戦記です。
次回に続く。
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