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第一章 家族編

17話 これでハッピーエンド……だと思う!

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 兄さまや父さまは、よろこびで体を揺らしてしまっている僕のことを見て微笑みながら、乗ってきた馬を待たせている場所にどんどん戻っていく。父さまたちが乗ってきた馬は、あの金ぴかの馬車の横に待機させてあった。
 僕が乗ってきたはずの馬車は、ちょっとやそっとじゃ壊せないような硬い土で、格子状に覆われていた。まるで檻みたい。そしてびっくりしたことに、中にはいまだに息ができなくて苦しんでいる男たちがいた。

「こ、これは……?」
「リュカ様!! ご無事でよかったです!」
「マリー!!!」

 僕が兄さまに抱っこされているからあんまりそばに来てくれないけど、目を涙でキラキラとさせているマリーの姿が見えた。そっか、これは土属性のマリーがやったのか。
 もう一度中を覗いてみると、男の手首には手錠が嵌められていた。前世でよく見かけたような鉄製の手錠かと思ったら、なんとそれも土でできていた。多分これもマリーが作り出したものなんだと思う。

 ……え? こんなに大きな格子も作れちゃうし、手錠のような硬くて精密な物も作れちゃうなんて、マリーってかなりすごい人?

「私が彼女の魔法センスに目を張って辺境の地でスカウトしたが、これほどとは思っていなかったぞ……。あの手錠なんて、コンクリートのように硬くできているじゃないか」
「お褒めに預かり光栄です」
「わー! マリーすごい!!」

 ぱちぱちと兄さまの腕の中で手を鳴らす。マリーは照れながら「ありがとうございます」と口にしてくれた。そしたら兄さまがこっそりと顔を近づけてきた。

「リュカに渡したあのお守りの中に、水の魔法陣が書かれた紙を仕込んでおいたんだ。その魔法は人が死なない程度に水の中に空気が入るように設定しているから、あの人たちは死なないよ。……リュカは誰も殺していないから大丈夫」

 兄さまがささやくように僕に教えてくれる。それを聞いた僕は、ようやくほっと安心できた。僕が安心したことを確認した父さまが「さあ、私たちの家に帰ろう」と促したから、僕は兄さまにサポートされて、きれいに手入れされている白馬に跨った。


 でこぼこした道を進んで僕たちの住む街に向かう。ぱからっぱからっと軽快なステップを踏む馬を操るのは、たった10歳の兄さま。このお馬さんに乗る前に兄さまから、「リュカはお馬さんに乗るのに慣れていないから、舌をかんじゃうかも。おしゃべりしたらだめだよ?」と言われてしまったので、お口チャックで兄さまのお腹に背中をぽすりと預けている。いつもはもう寝ている時間だから眠たくなってきてぽけーとしていると、父さまが口を開いた。

「リュカに伝えておきたいことがある。……リリーも本当は君のことを愛そうとしていた。だが、殺すべきだという主張を撤回しようとしたときには、屋敷中に『奥様はリュカのことを嫌っている』ということが知れ渡ってしまっていて、タイミングがわからなくなっていたんだ。だからリュカを許してはいけないという暗示を、自分にかけるようにした」

 思わず「え……?」と口に出しそうになった。
 お母さまは僕のことを愛そうとしていた? でも、じゃあなんで今日は僕のことを殺そうと動いたの? そのまま無視してくれたらよかったのに……。
 僕が考えていることを察した父さまは、さらに言葉を続ける。

「急にこんなことを言っても信じられないと思う。だが、どうか私たちのように許してやってほしい。即座に撤回するということは、間違いを認めたということに繋がる。それは貴族として恥なのだ」
「……それでね、僕たちがリュカの元に駆けつけるのが遅くなった理由なんだけど、僕たちはお母様とちゃんと話し合ったんだ。そこで分かったことは、お母様には時間が必要なんだということ。公爵家の妻として、精神が弱っていることを相手に悟らせないよう、気丈にふるまわなければならないと思い込んでしまっている……それがたとえ間違っていたとしても。だから一度、お母様が貴族としてのプレッシャーを感じなくて済むように、別邸でのんびりと過ごしてもらうことにした」
「クラウスの言った通りだ。その馬車の手配をしていたから遅れてしまった」

 馬が軽快に駆けていく。そのスピードと同じくらい速く、僕の知らない情報が頭の中に入ってくる。
 つまり、お母さまは僕のことを心の底から嫌っているわけじゃなかったということ? ……殺そうとしたことはちょっともやもや~ってなっちゃうけど、貴族としてという言葉がお母さまの負担になっていたということは理解できた。

 僕はこの世界の常識とかまだよくわかっていないけれど、お母さまが一人で苦しんでいるのはいやだ! もしお母さまの馬車がまだ家から出ていないなら、アレン君に言われた通り僕の気持ちをまっすぐ伝えよう!

 僕は唇を噛みしめながらキリっと前を向いて、どんどん近づいてくる城壁を見つめた。


 お家の門の前。そこに一台の質素な馬車が止まっていた。夜に出かけるから盗賊に狙われないようにするために、わざと質素なものを使っているんだろう。
 まさに今、お母さまが御者の手を借りて、馬車に乗ろうとしていた。僕は近所迷惑になっちゃうかもしれないけど、そんなことなんて気にせず大声でお母さまに語りかけた。

「お母さま!!! 僕ね、お母さまのことおこってないよ! それにきょうはみんなとなかなおりできたの! だから……だから、お母さまともいつかなかなおりしたい!!」

 馬車のステップを踏んで上がろうとしていた足が止まった。だけど、お母さまはこちらを一瞥もせずに馬車に乗り込む。でも多分、お母さまの心に僕の気持ちはちゃんと届いたと思う。進んでいく馬車を見て、僕は言い切ったぞと緊張で上がってしまっていた肩をふっとおろした。

 そうやって緊張から解放された僕は、兄さまのお腹にもたれかかって、馬の上ですこーんと眠りに落ちてしまったのだった。

*************

 僕の腕の中で、愛しい子がスヤスヤと寝息を立てている。安心しきったその表情を見て、自然と僕の口が緩んでしまった。馬に乗っていて不安定なはずなのに寝ているってことは、僕の腕の中は安全だと思ってくれているということなのかな。
 そう考えるとさらに愛おしさが増す。閉じてしまったリュカの後頭部にチュッと唇を落として、僕は馬から降りた。

「なんだ、リュカは寝てしまったのか?」
「はい。寝てしまったようです……ふふっ」

 僕はリュカをお姫様抱っこで支えながら、離れて小さくなっていく馬車を寂しそうに眺める父様と一緒に執務室に向かおうとした。でもリュカを早くベッドで寝かせてあげたかった僕は、父様といったん別れて、目的地をリュカの部屋に変えた。

 リュカの部屋のベッドは、主がここに戻ってくることを予見していたようにしわひとつない。リュカを起こしてしまわないようにそっと置くと、んんっと顔をむずむずさせた後、寝ぼけた顔でふんわりとした天使のような笑顔を見せてくれた。
 リュカが5歳になった今でも、僕から見たらまだまだ赤ちゃんのように幼い存在。とんとんとお腹を叩いてもう一度寝るように促しながら、リュカが1歳半のときのことを思い出した。


『うぅー……ぅえーん!!!』
『リュカ様、こちらのぬいぐるみはどうですか?』
『うー、やー!!!』

 爆発するように泣き続ける声が、廊下にいる僕にも聞こえる。その時は部屋に入る予定もなかったのに、僕は誘われるようにいつのまにか部屋の中に入っていた。

『リュカ、どうしたの?』
『あぅ……やっ!!』

 リュカはマリーが渡そうとしているぬいぐるみをペシンと叩き、これも違うと拒絶する。机に並べられたぬいぐるみはすべて倒れているから、どれも気に食わなかったようだ。でもその中には、リュカが気に入っているはずのぬいぐるみもあった。
 ソファーの上でぐずぐずと泣いているリュカをあやしながら、侍女のマリーが眉を下げて話しかけてくる。

『どうやらリュカ様はイヤイヤ期に入りかけているようで……』
『ああ、イヤイヤ期か……』

 いつも笑顔のリュカが泣いているからには何か理由があると思っていたけど、もうそんな時期になったのか。でも、リュカの泣き声は一切不快に感じない。今も鼓膜が破れてしまわないか心配になるほどの大声で泣いているけど、イヤイヤ期なんだから仕方ないんだと思って癒されてしまう。

 貴族同士でお茶会をするときに会う僕と同年代の子は、最初から顔をこわばらせているか、公爵家の僕の前ではいい顔を作るけど、甘やかされて育ったせいで陰では傲慢にふるまっているかの2パターン。まあ、そういう子に注意したら泣かれるんだけど。その子たちの泣き声は不快に感じる。
 でも、今はただただ頬が緩む。僕はリュカが一番気に入ってるぬいぐるみを手に取った。それはシルバーの毛並みで、目のパーツに青い宝石が使われているくまのぬいぐるみだった。

『リュカ、これで遊ぼう?』
『やぁー!! ……にぃ』
『え?』
『にぃ、に』

 ……僕の聞き間違いじゃないよね? 初めて「にぃに」と呼んでくれた。
 僕が部屋に入ってきたことを知ったリュカは、ソファーからゆっくり降りる。手を伸ばしながらこっちに来て、僕が差し出しているぬいぐるみなんて目に入れずに、膝をついている僕にむぎゅっと抱きついてきた。ぐりぐりと僕のお腹に頭を押し付けた後、こっちを見てぷくーとほっぺを膨らませる。まるで、「なんでこんなに遅かったの! んもう……しかたないなぁ」と怒られているようだった。

『あら、ぬいぐるみじゃなくてクラウス様と遊びたかったのですか?』
『にぃに、にぃに!』

 やっぱりリュカは僕のことを兄だと理解してくれている!

 感動した僕は、即座にリュカを抱き上げた。リュカは僕の耳元で、「にぃに」とまだ呼び続けている。ちらりと顔を見ると、リュカの涙はもう止まっていた。不満げな表情はすでにそこにはなく、見ている者の心が落ち着くような、優しくて満足げな笑みを浮かべていた。

『じゃあ今からあそぼっか』

 僕はリュカが「にぃに」と言ってくれたこと、そして僕を探してくれていたことに感動して目元が熱くなった。だけど、せっかくリュカの涙が止まったのに僕が泣いてどうするんだと、むりやり口角を上げた。
 僕のこの笑顔を見て、リュカはさらにうれしそうに笑ってくれる。キャッキャっと笑って、ただの抱っこなのに特別なことのようによろこんでくれる。
 この時、僕は心に決めた。


「僕がリュカのことをずっと、ずーっと大切にするからね」

 ぽんぽんとお腹を叩いていた手を止めて、すよすよと寝ているリュカの瞼に唇を落とす。
 これからは僕と、僕たちと幸せな毎日を過ごそう。そのためには父さまとこれからのことを話し合わないといけない。だから……離れがたいけど、リュカのために我慢しないと。

 僕は音を立てないようにこっそり部屋から出て、父様が待つ執務室に向かった。
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