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第一章 家族編
4話 おねつでぽわぽわ
しおりを挟む真っ暗な視界に光が入ってくる。僕はぐっすり眠っていたみたいで、まだ頭がぽわぽわする。それになんだか身体が重たいし寒い。背伸びをしようと、「んー!」と声を出しながら腕を動かしたつもりだったのに、少しも腕があがらない。
視界も白っぽいし、いつもより見えづらい……目が完全に開いてないのか……。
そこでようやく僕は、怪我のせいで熱が出てしまったんだということに気付いた。
やっぱり体が小さいと少しの傷でも熱が出ちゃうんだ……しょんぼり。
すこしふてくされながら自分の右手の甲を目だけ動かして見ると、兄さまの白いハンカチはそこになくて、代わりに斜めにスパッと切れている大きな切り傷だけが残っていた。
僕が思っていたよりも深い傷だったんだなぁ。あの時は兄さまに好かれようと奮闘していたから、アドレナリンが出ていて痛くなかっただけなのかな?
僕は首も動かせないくらいしんどいから、目だけ動かしてマリーが部屋にいないか探す。だけど、どこにも見当たらない。さらに目を動かし続けると、何か赤いものが見えた。がんばってそれに目を向けると、ベッドサイドにあるテーブルに見覚えのない花瓶が置かれていた。その中には、僕が手折った1輪のバラが元気に花を咲かせていた。
お花はまだ元気みたいでよかった!と心の中で安心していると、ノックもなしに僕の部屋のドアが開いた。ノックが無かったから家族の誰か。マリーだったら必ずノックするし、他の使用人はそもそも入ってこないから候補から除外。
お母さまじゃないといいなぁ……僕はまだ5歳じゃないから殺されないよね? 怖いなぁと考えていると、銀髪の人が僕の部屋に入ってきたのが見えた。お母さまは金髪だから、兄さまか父さまのどっちかだ!
ちょっとしか目が開かなくても色はわかるんだなぁと、心の中でふんふん頷いていると、その人はいつの間にか僕のベッドの近くまで来ていたみたい。
寝っ転がっている状態で見てもかなり上の方に頭があるから、身長的に兄さまじゃなくて父さまだということがわかった。なんで来たんだろ……僕のこと嫌いなのにどうして?
父さまはガラスでできた緑色の小さな瓶をポケットから取り出し、その蓋を引っ張り開けた。蓋が取れると同時にキュポンという音がでる。いつもなら気にしないくらいの些細な音なのに、熱がでているせいでそれも不快に感じて、「んー」と声を漏らしながら僕は眉を顰めた。
父さまはそれに気付いたみたいで、「リュカ、起きているのか?」と声をかけてきた。
ごめんね父さま。本当は父さまにも僕のとっておきのにこにこ笑顔を向けたかったんだけど、ちょっと今は無理そう……。
もちろん声に出して返事できるわけもなく、僕はただただ眉を顰める。そんな僕のことを、父さまは穴が開くほどじーっと見つめてくる。
そこでなにを思いついたのか、父さまは蓋ごと瓶をサイドテーブルに置いて、僕の体を起こすように背中に手を入れてきた。僕はしんどくて身体に力を入れることもできないから、されるがままだ。貴族特有なのか分からないけど、ベッドに枕がたくさんあるからそれをクッションになるように縦に並べて、そこに僕の背中がいくように優しく置いてくれた。
その後、父さまは元々サイドテーブルに置きっぱなしだった水差しの中身を少しだけコップに入れて、僕の口元に運んでくれた。
「飲めるか?」
そう声をかけてくれるけれど、あいかわらず父さまは睨むような目つきで僕のことを見てくる。僕もずっと眉を顰めているから、はたから見るとおそろいじゃない?
なんだかそう思うと面白く感じてしまって、僕はふふっと心の中で笑った。そしたら父さまは僕がしんどすぎて喋れないということを察したようで、口元に水がつくようにコップを傾けてきた。熱のせいで寒くて震えているから、常温でぬるいのがちょうどよくて気持ちいい。
ゆっくり、でも順調にコクコクと飲んでいると、表情は相変わらず変わっていないけど、まるでよくやったとでもいうように父さまは頷いた。
僕が飲みきるまでにかなりの時間がかかってしまったけど、父さまは最後まで付き合ってくれた。もしかして父さま、僕のこと好きだったりする?とか楽観的に考えていると、父さまは緑色の瓶を手に持って、その中の液体が僕の口に入るように軽く傾けてきた。
口の中にちょっとだけ入った液体は、いままでに経験したことがないくらい苦いものだった。思わずこれ以上口の中に入らないように父さまの手を掴み、うぇーと吐き出してしまう。さっきまで背伸びしようとしても腕が動かなかったのに、今は反射的に動いて父さまの手を掴んでいた。
これがポーション……! やっぱり苦いー!!
僕は涙目になって身悶える。掴んでいる父さまの手を、僕の小さい手でぎゅっと握りしめた。自分ではすごく強く掴んでいるつもりだけど、僕の握力がなさすぎるから父さまは何も思ってなさそう。
でも僕がポーションを吐き出したのを見て、父さまは傾けていた手を戻した。それと同時に僕の手は離れる。父さまは瓶に蓋をして、サイドテーブルに置いてからため息を吐いて一言。
「やはりダメか……」
うるうるした目のまま父さまをちらりと確認すると、父さまはあいかわらず僕を睨んでいる。うぅ、絶対嫌われちゃったよぉ……。
もう熱でぐったりしてるのか、ポーションのせいでぐったりしてるのかわからない。でもさっきまで掴んでいた父さまの手が、寒くて仕方ない僕には気持ちよかったから、僕は無意識のうちに父さまの手をもう一度掴んでいた。
「……あったかい」
そう言って、父さまの手を引っ張る。多分、熱でいつもより力はないと思うけれど、僕が引っ張ると父さまは僕のさせたいようにさせてくれた。僕は全身全霊で引っ張っているから、ずりずりとクッション代わりにしていた枕から位置がズレていく。
結局引っ張りすぎちゃって、枕じゃなくてシーツの上に頭がいっちゃった。だけど気にせずに、そのままぐでーっと寝転んだ。
あたたかい父さまの手をほっぺたの下に敷いて、すりすりとほっぺを動かす。
んー、硬くてちょっと痛いけど、あったかくて気持ちいいなぁ。
しばらくぽけーっとしていると、ある考えが思いついた。
この生けているバラを父さまにあげたら、今よりも好感度がアップするんじゃないかな。兄さまに1番にあげれないのはちょっと悲しいけれど……今後の僕の命がかかっているんだし、熱が治ったらまた取りに行こう!
「あのね……それあげる」
「……このバラは、クラウスにあげるものではなかったのか?」
父さまのあったかい手を堪能しながらバラに目を向けて、か弱い声で言う。父さまは訝しげな顔をして尋ねてきたけど、僕にはもう返事をする体力がなくて、どーぞの意味で「ん」と声を出し、父さまの手をずっとにぎにぎしていた。
そのままあったかいのを感じていると、だんだんまぶたが閉じてきた。マリーがいなくても人肌を感じられて、あったかくて、安心して……。
そこで僕は完全に眠りに落ちた。
翌朝、僕が起きると花瓶の中に真っ赤なバラはなく、代わりに達筆な字で「お誕生日おめでとう」と書かれたメモが置かれていた。
これが僕の3歳の誕生日のできごとだった。
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