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第2話 リヴェとの出会い
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不気味に笑いながら、去っていく二人を見送ると、私はリヴェを連れてその場を後にした。
ここにいては、使用人たちの邪魔になる。
ベリンダお姉様とお母様に気に入られたい使用人たちは、遠慮なく告げ口をするのだ。褒美などくれるのかどうかは定かではないが、目をかけてもらえる確率が高くなる、そうだ。
とにかく、何か言われる前に、早くここから離れよう。
「リヴェ、行きましょう」
「ワンッ!」
私の憂鬱な気持ちとは裏腹に、リヴェは元気良く返事をする。人間だったら、笑顔を向けてくれるかのような顔に、私の顔も自然と綻んだ。
***
リヴェと一緒に来たのは私の部屋。と言っても、狭くて小さな屋根裏部屋。元々倉庫と化していた場所を整理しただけの、粗末な部屋だった。
ベリンダお姉様とお母様によって追い詰められた私は、誰も近寄らない屋根裏部屋に身を潜めたのだ。お陰でベッドもない。
リヴェが来る前は、屋根裏部屋にあった長椅子をベッドの代わりにするほど、ブベーニン伯爵令嬢とは思えない暮らしをしていた。
けれど、リヴェと出会ってからは違う。寒い日は、この黒い毛並みにどれだけ温めてもらったことだろう。どれだけこの青い瞳に慰めてもらったことか。計り知れない。
使わなくなったシーツを床に敷き、同じく捨てられそうになっていた毛布にくるまって、夜を明かした。
リヴェはただ、あの日に報いてくれているだけであったとしても。私にとっては、一人じゃないことが唯一の救いだった。
そうあの日、リヴェと出会わなかったら、今頃どうしていたんだろう。
どんよりとした曇り空で、もうすぐ雨が降ってきそうな、そんな天気の日に、私はリヴェと出会った。
あの日も変わらず、ベリンダお姉様に言われて街へ買い物に行ったのだ。
前もって頼んでいた宝石商から、商品が納品されたという連絡があったから、受け取りに行けと命じられて。
使用人に任せる仕事でも、私に敢えて頼むベリンダお姉様。それも宝石商となれば、誰もが行きたがる場所だ。
そこに私を向かわせるのには、理由があった。勿論、私に指図する優越感というのもあるのだろう。けれど一番の目的は……。
「これを着て行きなさい。お前に相応しい洋服でしょう。あぁ、なんて私は優しい姉なのかしら」
ニヤニヤ笑いながら、床に放り投げたのは、汚れたワンピース。お付のメイドたちもクスクス笑っている。
「ありがとう、ございます」
「ふんっ。私のお下がりであっても、平民のお前にやる服はこれで十分なのよ」
とりあえず今はこれを着て行けば、ベリンダお姉様は満足するのだろう。あとで洗えばまだ使えそうなワンピースだった。
色を染め直して、余った糸で刺繍をすれば、誰も同じワンピースとは思わないだろう。
「何をグズグズしているの! さっさと行きなさいよ。目障りなんだから」
ワンピースを見つめながら、あれこれリメイクを考えていたら、罵声が飛んできた。これでは、ノロマと言われても仕方がない。
私は部屋に戻り、着替えてからブベーニン伯爵邸を後にした。
案の定、街を歩く私の姿に行き交う人々は、遠巻きにして囁く。
「あれって、ブベーニン伯爵家の……」
「また我が儘お嬢様の仕業ね」
「ちょっと、言葉には気をつけなさい。どこで誰が聞いているのかも分からないのよ。とばっちりを受けたら……」
そう、ここブベーニン伯爵領では、誰も私に手を差し伸べてくれる者はいない。私も期待していないから、真っ直ぐ前を向き、歩くペースを変えずに進み続けた。
「いらっしゃい。って、ダリヤお嬢さんか」
いかにも残念そうな声音で出迎えてくれたのは、目的地の宝石商「オリーヴェ」の店主だった。
ベリンダお姉様の嫌がらせを知っているため、この格好の私を見ても、嫌味を言ったり、出て行けと罵倒を言ったりしない。
街の人たちと同じで、極力私に関わらないようにしていた。だから私も、最小限の言葉しか言わなかった。
「荷物を受け取りに来ました」
「ほれ、これだ」
私が言う前から、店主は奥から小包を持ってきて、カウンターの上に乗せる。取ろうと腕を伸ばすと、その上にタオルを乗せられた。
「荷物が汚れた、とかでまた怒鳴られるんだろう。念のために、こっちも布に包んでやるよ」
「あ、ありがとうございます」
でも、ここで汚れを落とせば、店内を汚すことになる。私は店主に一言、告げて店の外に出た。それも人目につかない路地裏に。
「ん~」
「え?」
だ、誰かいるの? でも、この声は……どこか苦しそう。しかも、人……じゃない?
私はワンピースに付いた汚れを落とすことも忘れて、恐る恐る薄暗い方へと足を進めた。
汚い壁や、ゴミが散乱している地面。けれど、すでに汚れたワンピースを着ている私には関係なかった。感じるのは得体のしれない恐怖と好奇心。
その二つのせめぎ合いによって、私の体は動いていた。
「誰? 誰かいるの?」
薄っすらと見える輪郭に、私は無謀にも呼びかけた。相手が急に襲ってくることも考えずに。
けれど、返事が聞こえてこない。私はさらに相手に近づいた。
「怪我をしているんですか?」
路地裏の奥にいるのは大抵、浮浪者か怪我人だ。酒場で相手と喧嘩になり、行き倒れているパターンが多い。
私は慌てて駆け寄った。
すると、そこにいたのは……。
「犬?」
「……ワ、ワフン?」
それも大型の犬だった。
ここにいては、使用人たちの邪魔になる。
ベリンダお姉様とお母様に気に入られたい使用人たちは、遠慮なく告げ口をするのだ。褒美などくれるのかどうかは定かではないが、目をかけてもらえる確率が高くなる、そうだ。
とにかく、何か言われる前に、早くここから離れよう。
「リヴェ、行きましょう」
「ワンッ!」
私の憂鬱な気持ちとは裏腹に、リヴェは元気良く返事をする。人間だったら、笑顔を向けてくれるかのような顔に、私の顔も自然と綻んだ。
***
リヴェと一緒に来たのは私の部屋。と言っても、狭くて小さな屋根裏部屋。元々倉庫と化していた場所を整理しただけの、粗末な部屋だった。
ベリンダお姉様とお母様によって追い詰められた私は、誰も近寄らない屋根裏部屋に身を潜めたのだ。お陰でベッドもない。
リヴェが来る前は、屋根裏部屋にあった長椅子をベッドの代わりにするほど、ブベーニン伯爵令嬢とは思えない暮らしをしていた。
けれど、リヴェと出会ってからは違う。寒い日は、この黒い毛並みにどれだけ温めてもらったことだろう。どれだけこの青い瞳に慰めてもらったことか。計り知れない。
使わなくなったシーツを床に敷き、同じく捨てられそうになっていた毛布にくるまって、夜を明かした。
リヴェはただ、あの日に報いてくれているだけであったとしても。私にとっては、一人じゃないことが唯一の救いだった。
そうあの日、リヴェと出会わなかったら、今頃どうしていたんだろう。
どんよりとした曇り空で、もうすぐ雨が降ってきそうな、そんな天気の日に、私はリヴェと出会った。
あの日も変わらず、ベリンダお姉様に言われて街へ買い物に行ったのだ。
前もって頼んでいた宝石商から、商品が納品されたという連絡があったから、受け取りに行けと命じられて。
使用人に任せる仕事でも、私に敢えて頼むベリンダお姉様。それも宝石商となれば、誰もが行きたがる場所だ。
そこに私を向かわせるのには、理由があった。勿論、私に指図する優越感というのもあるのだろう。けれど一番の目的は……。
「これを着て行きなさい。お前に相応しい洋服でしょう。あぁ、なんて私は優しい姉なのかしら」
ニヤニヤ笑いながら、床に放り投げたのは、汚れたワンピース。お付のメイドたちもクスクス笑っている。
「ありがとう、ございます」
「ふんっ。私のお下がりであっても、平民のお前にやる服はこれで十分なのよ」
とりあえず今はこれを着て行けば、ベリンダお姉様は満足するのだろう。あとで洗えばまだ使えそうなワンピースだった。
色を染め直して、余った糸で刺繍をすれば、誰も同じワンピースとは思わないだろう。
「何をグズグズしているの! さっさと行きなさいよ。目障りなんだから」
ワンピースを見つめながら、あれこれリメイクを考えていたら、罵声が飛んできた。これでは、ノロマと言われても仕方がない。
私は部屋に戻り、着替えてからブベーニン伯爵邸を後にした。
案の定、街を歩く私の姿に行き交う人々は、遠巻きにして囁く。
「あれって、ブベーニン伯爵家の……」
「また我が儘お嬢様の仕業ね」
「ちょっと、言葉には気をつけなさい。どこで誰が聞いているのかも分からないのよ。とばっちりを受けたら……」
そう、ここブベーニン伯爵領では、誰も私に手を差し伸べてくれる者はいない。私も期待していないから、真っ直ぐ前を向き、歩くペースを変えずに進み続けた。
「いらっしゃい。って、ダリヤお嬢さんか」
いかにも残念そうな声音で出迎えてくれたのは、目的地の宝石商「オリーヴェ」の店主だった。
ベリンダお姉様の嫌がらせを知っているため、この格好の私を見ても、嫌味を言ったり、出て行けと罵倒を言ったりしない。
街の人たちと同じで、極力私に関わらないようにしていた。だから私も、最小限の言葉しか言わなかった。
「荷物を受け取りに来ました」
「ほれ、これだ」
私が言う前から、店主は奥から小包を持ってきて、カウンターの上に乗せる。取ろうと腕を伸ばすと、その上にタオルを乗せられた。
「荷物が汚れた、とかでまた怒鳴られるんだろう。念のために、こっちも布に包んでやるよ」
「あ、ありがとうございます」
でも、ここで汚れを落とせば、店内を汚すことになる。私は店主に一言、告げて店の外に出た。それも人目につかない路地裏に。
「ん~」
「え?」
だ、誰かいるの? でも、この声は……どこか苦しそう。しかも、人……じゃない?
私はワンピースに付いた汚れを落とすことも忘れて、恐る恐る薄暗い方へと足を進めた。
汚い壁や、ゴミが散乱している地面。けれど、すでに汚れたワンピースを着ている私には関係なかった。感じるのは得体のしれない恐怖と好奇心。
その二つのせめぎ合いによって、私の体は動いていた。
「誰? 誰かいるの?」
薄っすらと見える輪郭に、私は無謀にも呼びかけた。相手が急に襲ってくることも考えずに。
けれど、返事が聞こえてこない。私はさらに相手に近づいた。
「怪我をしているんですか?」
路地裏の奥にいるのは大抵、浮浪者か怪我人だ。酒場で相手と喧嘩になり、行き倒れているパターンが多い。
私は慌てて駆け寄った。
すると、そこにいたのは……。
「犬?」
「……ワ、ワフン?」
それも大型の犬だった。
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