上 下
2 / 8

第2話 リヴェとの出会い

しおりを挟む
 不気味に笑いながら、去っていく二人を見送ると、私はリヴェを連れてその場を後にした。

 ここにいては、使用人たちの邪魔になる。
 ベリンダお姉様とお母様に気に入られたい使用人たちは、遠慮なく告げ口をするのだ。褒美などくれるのかどうかは定かではないが、目をかけてもらえる確率が高くなる、そうだ。

 とにかく、何か言われる前に、早くここから離れよう。

「リヴェ、行きましょう」
「ワンッ!」

 私の憂鬱な気持ちとは裏腹に、リヴェは元気良く返事をする。人間だったら、笑顔を向けてくれるかのような顔に、私の顔も自然と綻んだ。


 ***


 リヴェと一緒に来たのは私の部屋。と言っても、狭くて小さな屋根裏部屋。元々倉庫と化していた場所を整理しただけの、粗末な部屋だった。

 ベリンダお姉様とお母様によって追い詰められた私は、誰も近寄らない屋根裏部屋に身を潜めたのだ。お陰でベッドもない。
 リヴェが来る前は、屋根裏部屋にあった長椅子をベッドの代わりにするほど、ブベーニン伯爵令嬢とは思えない暮らしをしていた。

 けれど、リヴェと出会ってからは違う。寒い日は、この黒い毛並みにどれだけ温めてもらったことだろう。どれだけこの青い瞳に慰めてもらったことか。計り知れない。

 使わなくなったシーツを床に敷き、同じく捨てられそうになっていた毛布にくるまって、夜を明かした。

 リヴェはただ、あの日に報いてくれているだけであったとしても。私にとっては、一人じゃないことが唯一の救いだった。

 そうあの日、リヴェと出会わなかったら、今頃どうしていたんだろう。
 どんよりとした曇り空で、もうすぐ雨が降ってきそうな、そんな天気の日に、私はリヴェと出会った。

 あの日も変わらず、ベリンダお姉様に言われて街へ買い物に行ったのだ。
 前もって頼んでいた宝石商から、商品が納品されたという連絡があったから、受け取りに行けと命じられて。

 使用人に任せる仕事でも、私に敢えて頼むベリンダお姉様。それも宝石商となれば、誰もが行きたがる場所だ。

 そこに私を向かわせるのには、理由があった。勿論、私に指図する優越感というのもあるのだろう。けれど一番の目的は……。

「これを着て行きなさい。お前に相応しい洋服でしょう。あぁ、なんて私は優しい姉なのかしら」

 ニヤニヤ笑いながら、床に放り投げたのは、汚れたワンピース。お付のメイドたちもクスクス笑っている。

「ありがとう、ございます」
「ふんっ。私のお下がりであっても、平民のお前にやる服はこれで十分なのよ」

 とりあえず今はこれを着て行けば、ベリンダお姉様は満足するのだろう。あとで洗えばまだ使えそうなワンピースだった。

 色を染め直して、余った糸で刺繍をすれば、誰も同じワンピースとは思わないだろう。

「何をグズグズしているの! さっさと行きなさいよ。目障りなんだから」

 ワンピースを見つめながら、あれこれリメイクを考えていたら、罵声が飛んできた。これでは、ノロマと言われても仕方がない。
 私は部屋に戻り、着替えてからブベーニン伯爵邸を後にした。

 案の定、街を歩く私の姿に行き交う人々は、遠巻きにして囁く。

「あれって、ブベーニン伯爵家の……」
「また我が儘お嬢様の仕業ね」
「ちょっと、言葉には気をつけなさい。どこで誰が聞いているのかも分からないのよ。とばっちりを受けたら……」

 そう、ここブベーニン伯爵領では、誰も私に手を差し伸べてくれる者はいない。私も期待していないから、真っ直ぐ前を向き、歩くペースを変えずに進み続けた。

「いらっしゃい。って、ダリヤお嬢さんか」

 いかにも残念そうな声音で出迎えてくれたのは、目的地の宝石商「オリーヴェ」の店主だった。
 ベリンダお姉様の嫌がらせを知っているため、この格好の私を見ても、嫌味を言ったり、出て行けと罵倒を言ったりしない。

 街の人たちと同じで、極力私に関わらないようにしていた。だから私も、最小限の言葉しか言わなかった。

「荷物を受け取りに来ました」
「ほれ、これだ」

 私が言う前から、店主は奥から小包を持ってきて、カウンターの上に乗せる。取ろうと腕を伸ばすと、その上にタオルを乗せられた。

「荷物が汚れた、とかでまた怒鳴られるんだろう。念のために、こっちも布に包んでやるよ」
「あ、ありがとうございます」

 でも、ここで汚れを落とせば、店内を汚すことになる。私は店主に一言、告げて店の外に出た。それも人目につかない路地裏に。

「ん~」
「え?」

 だ、誰かいるの? でも、この声は……どこか苦しそう。しかも、人……じゃない?

 私はワンピースに付いた汚れを落とすことも忘れて、恐る恐る薄暗い方へと足を進めた。

 汚い壁や、ゴミが散乱している地面。けれど、すでに汚れたワンピースを着ている私には関係なかった。感じるのは得体のしれない恐怖と好奇心。
 その二つのせめぎ合いによって、私の体は動いていた。

「誰? 誰かいるの?」

 薄っすらと見える輪郭に、私は無謀にも呼びかけた。相手が急に襲ってくることも考えずに。
 けれど、返事が聞こえてこない。私はさらに相手に近づいた。

「怪我をしているんですか?」

 路地裏の奥にいるのは大抵、浮浪者か怪我人だ。酒場で相手と喧嘩になり、行き倒れているパターンが多い。
 私は慌てて駆け寄った。

 すると、そこにいたのは……。

「犬?」
「……ワ、ワフン?」

 それも大型の犬だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】虐げられた可哀想な女の子は王子様のキスに気付かない

堀 和三盆
恋愛
 ノーラはラッテ伯爵家の長女。けれど後妻となった義母も、そして父も、二人の間に産まれた一歳違いの妹だけを可愛がり、前妻との娘であるノーラのことは虐げている。ノーラに与えられるのは必要最低限『以下』の食事のみ。  そんなある日、ピクニックと騙され置き去りにされた森の中でノーラは一匹のケガをした黒猫を拾う。

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

辺境伯令息の婚約者に任命されました

風見ゆうみ
恋愛
家が貧乏だからという理由で、男爵令嬢である私、クレア・レッドバーンズは婚約者であるムートー子爵の家に、子供の頃から居候させてもらっていた。私の婚約者であるガレッド様は、ある晩、一人の女性を連れ帰り、私との婚約を破棄し、自分は彼女と結婚するなどとふざけた事を言い出した。遊び呆けている彼の仕事を全てかわりにやっていたのは私なのにだ。 婚約破棄され、家を追い出されてしまった私の前に現れたのは、ジュード辺境伯家の次男のイーサンだった。 ガレッド様が連れ帰ってきた女性は彼の元婚約者だという事がわかり、私を気の毒に思ってくれた彼は、私を彼の家に招き入れてくれることになって……。 ※筆者が考えた異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。クズがいますので、ご注意下さい。

妹に何もかも奪われてしまったと思っていましたが、ちゃんと見てくれる人はいたようです。隣国で、幸せになれるとは夢にも思いませんでした

珠宮さくら
恋愛
ヴェロニカは、妹によって婚約を奪われ、家を勘当されて、国も出て行くことになってしまった。 だが、そんなヴェロニカがひょんなことから王子と婚約することになり、姉妹が真逆の人生を送ることになるとは夢にも思っていなかった。 ※全4話。

お姉様、わたくしの代わりに謝っておいて下さる?と言われました

来住野つかさ
恋愛
「お姉様、悪いのだけど次の夜会でちょっと皆様に謝って下さる?」 突然妹のマリオンがおかしなことを言ってきました。わたくしはマーゴット・アドラム。男爵家の長女です。先日妹がわたくしの婚約者であったチャールズ・ サックウィル子爵令息と恋に落ちたために、婚約者の変更をしたばかり。それで社交界に悪い噂が流れているので代わりに謝ってきて欲しいというのです。意味が分かりませんが、マリオンに押し切られて参加させられた夜会で出会ったジェレミー・オルグレン伯爵令息に、「僕にも謝って欲しい」と言われました。――わたくし、皆様にそんなに悪い事しましたか? 謝るにしても理由を教えて下さいませ!

虐げられ聖女の力を奪われた令嬢はチート能力【錬成】で無自覚元気に逆襲する~婚約破棄されましたがパパや竜王陛下に溺愛されて幸せです~

てんてんどんどん
恋愛
『あなたは可愛いデイジアちゃんの為に生贄になるの。  貴方はいらないのよ。ソフィア』  少女ソフィアは母の手によって【セスナの炎】という呪術で身を焼かれた。  婚約した幼馴染は姉デイジアに奪われ、闇の魔術で聖女の力をも奪われたソフィア。  酷い火傷を負ったソフィアは神殿の小さな小屋に隔離されてしまう。  そんな中、竜人の王ルヴァイスがリザイア家の中から結婚相手を選ぶと訪れて――  誰もが聖女の力をもつ姉デイジアを選ぶと思っていたのに、竜王陛下に選ばれたのは 全身火傷のひどい跡があり、喋れることも出来ないソフィアだった。  竜王陛下に「愛してるよソフィア」と溺愛されて!?  これは聖女の力を奪われた少女のシンデレラストーリー  聖女の力を奪われても元気いっぱい世界のために頑張る少女と、その頑張りのせいで、存在意義をなくしどん底に落とされ無自覚に逆襲される姉と母の物語 ※よくある姉妹格差逆転もの ※虐げられてからのみんなに溺愛されて聖女より強い力を手に入れて私tueeeのよくあるテンプレ ※超ご都合主義深く考えたらきっと負け ※全部で11万文字 完結まで書けています

デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~

バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。 幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。 「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」 その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。 そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。 これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。 全14話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

【本編完結】婚約破棄されて嫁いだ先の旦那様は、結婚翌日に私が妻だと気づいたようです

八重
恋愛
社交界で『稀代の歌姫』の名で知られ、王太子の婚約者でもあったエリーヌ・ブランシェ。 皆の憧れの的だった彼女はある夜会の日、親友で同じ歌手だったロラに嫉妬され、彼女の陰謀で歌声を失った── ロラに婚約者も奪われ、歌声も失い、さらに冤罪をかけられて牢屋に入れられる。 そして王太子の命によりエリーヌは、『毒公爵』と悪名高いアンリ・エマニュエル公爵のもとへと嫁ぐことになる。 仕事を理由に初日の挨拶もすっぽかされるエリーヌ。 婚約者を失ったばかりだったため、そっと夫を支えていけばいい、愛されなくてもそれで構わない。 エリーヌはそう思っていたのに……。 翌日廊下で会った後にアンリの態度が急変!! 「この娘は誰だ?」 「アンリ様の奥様、エリーヌ様でございます」 「僕は、結婚したのか?」 側近の言葉も仕事に夢中で聞き流してしまっていたアンリは、自分が結婚したことに気づいていなかった。 自分にこんなにも魅力的で可愛い奥さんが出来たことを知り、アンリの溺愛と好き好き攻撃が止まらなくなり──?! ■恋愛に初々しい夫婦の溺愛甘々シンデレラストーリー。 親友に騙されて恋人を奪われたエリーヌが、政略結婚をきっかけにベタ甘に溺愛されて幸せになるお話。 ※他サイトでも投稿中で、『小説家になろう』先行公開です

処理中です...